悪手しか選択肢がない
「待ってください。『夢の国』の都市型魔導陣を対竜用に使えということはッ 」
「当然、邪神封印が弱まるかもしれんな」竜を倒して邪神復活の可能性があるそうだ。
「ダメじゃん」「ダメだな」「どうしようもない。絶望だ」
各々に勝手なことを言うメンバーに頷く爺。
「だが、このままだと確実に皆死ぬぞ」
都市の防壁なしに皆が生き残れるとはとても思えないし、村々だって難民を受け入れる余地がない。
「世界を救う為に、竜に皆殺しにされていい者は前に出てくれ」
皮肉げに。乾いた笑みを浮かべる『はなみずき』。
「世界を滅ぼしても俺たちだけは生き残りたい。業ですよね。人間の」
残った自転車を必死で修理していると嫌なことを忘れられる。以前『はなみずき』が言ったことだ。
機械用のグリース油はこの世界にはない。魔物の皮脂から作った油を塗っていく。
あまりいい匂いがしないうえ、なんか変な気分になる。
耐性の無い人間には不安になったりある種の興奮を伴ったりする。
カチャカチャと工具を動かし、本来機械油で手を汚すようなことのないはずの皇族の娘は壊れた自転車たちを直したりニコイチにしたり廃棄して『悪魔の金属』の管理を担当するドワーフ族に委ねるかを決めていく。
「店の規模が落ちるな」「と、なると経済回復の予想は下方修正しないといけませんね」
「ないより遥かにマシだがな」「とんでもない。『貸し自転車屋なのにお客さんが来店しても借せない』は最も痛いですよ」
抗議するぼくに乾いた笑みを浮かべる『はなみずき』。
「前は態度の悪いお客や犯罪者や国外の人間には貸さなかったじゃないか」まぁね。
「私もかわった。お前もかわった。皆変わっていく」
車輪をはずして、この世界の技術による最新式の車輪に差し替える彼女。
「自分だけは生き残りたい。自分たちだけは生き残りたい。世界を滅ぼしても生き残りたい。確かに人間は自分勝手でどうしようもない。
竜に逆らえば更に人間は、人間全体が多大な損害を受けると解っているのに抗おうとする」ええ。
「だからこそ。私は人間が愛しい」
綺麗に一台の自転車を磨き上げ、彼女は艶やかな笑みを浮かべた。
「徹夜になってしまったな。開店しよう」「はいはい。皇女様。お手伝い感謝しております」
徹夜で少しハイになってふらつく僕を後ろから暖かいものが抱きしめた。
柔らかくて、暖かい。少し機械油の臭いが混じった花の香り。
「開店まであと五分」この世界では貴重な宝であるソーラー式の時計を眺めながら僕はつぶやく。
「なら、あと三分」そうですね。そう思います。