【コラム】今日の幸せは明日続かない
「かそーのお兄ちゃんッ カラスノッ 何処ッ? 」
火山が爆発し、もうもうと火山灰が舞い降りる。既に視界は利かない。
悲鳴を上げる声もほとんど聴こえなくなった中で少女は知り合いの姿を探そうとする。
「見つけたッ 仮想人格ッ 何処だッ 死んでいないかッ 」
げほげほとマスクをつけた男が少女の手を繋いで強く引く。
「携帯くらい持っててくださいよ……」
「この時代に持っていても無意味だろ。持つならトランシーバーだ」
飛ばしますよ。しっかりつかまってくださいね。青年が叫ぶ。
「まって! 何人か生き延びているはずッ 」少女の叫びに被りをふる青年。
「基本的にボクの能力は『背景を変える』だけなんです。
手を触れている対象と鴉野さんしか飛ばせません」「そんなっ?! 」
「というか、一日二回も転移したらナニが起こるか保障できません。ランダムワープでいいですよねッ 」
ヘタするとビックバンの瞬間に立ち会ってしまって即死だったっけ……。
……。
……。
ちょっとさかのぼる。
三人はローマ帝国風の美しい街を訪問していた。
「ここがポンペイかッ 」鴉野は興味深げにあっちこっちうーろうろ。
「ナニこの酷い街」厳格な性モラルをもつ少女は眉をしかめる。
元を言えば男性に視線を寄越すだけで原理主義者に親族の名誉殺人を受けかねない宗教の娘である。
男性器を模した看板だのなんだの、あるいは勃〇した男の全裸像だのある町は普通にいい気分はしないらしい。
「このワイザツであっけらかんとしたのがこの時代と街の魅力なんだが」「信じられない。ありえない」
男女ともに仲好さそうである。厳格な宗教の娘から見たらちょっとあり得ない狂乱も少なからずだが。
美と恋愛の神『ウェヌス』に守護された町だからな。ここは。
鴉野がWiki先生片手に解説すると少女が呆れる。「ちゃんと調べてから来てよ」へいへい。
「火山で滅びる前はワインでも有名だったそうですよ」おかげでこれかい。
ある程度許容できる俺でもこれは読者様には見せられないし解説できないな。
たまらず目をつぶって耳を覆う少女を抱きかかえた青年と共にその場を離れる鴉野。
「しかし皆楽しそうだな」「慣れると良い街でしょうね」
この時代は海面近くにあって港湾都市としても栄えていたらしいし。
「娼館多いな」「寄っていきます? 」冗談を飛ばす青年の首。彼におんぶされている少女の両脚が締め上げる。
「この街は火砕流とそのまま延々と降り注ぐ火山灰で一夜で滅んだらしいな」「もったいないですよね」
冗談抜きで死の寸前まで元気に過ごしていた人々が今や石膏の型どりになっている。
「子供だけでも守ろうとして死んだ母親とかの石膏もあってね」ちょんちょん。
「(鴉野さん。軽率ですよ)」「(すまん)」
青年にツッコミを受けて反省する鴉野。いまいち配慮が足りない。
ローマ時代の流れをくむ都は結果的に火山灰に守られて今の研究者に当時の状況を伝えているらしいけど。
「実のところ、発掘のお蔭で一気に時が動き出して、今は建物のうちのいくつかは倒壊しちゃっているそうだよ」「へぇ」
「幸せって、明日続くとは限らないのですね」
「だからこそ、今日だけは幸せに生きるっていうのも正しいのかもねぇ」
少女を伴った男たちは、狂乱の町のさらなる奥へ。