炎竜襲来
「なんか変なにおいがする」
くんくんと『つきかげ』が鼻を動かす。
つられてくんくん。花とワインのにおいしかしないけど。
「いぬとか言ったら怒るから」「なんも言っていない」言いかけたが。
涙目できりっと睨む少女。もうちょっと落ち着いていたら美女で通るんだが。
「血……死……火……」ククク。素敵。
全員の冷たい瞳を向けられて『かげゆり』がはっと正気に戻る。
胸と股の間を押さえて上気した顔をしていた彼女はあわふたあわふた。
まぁ、魔族ってそういう連中らしいけど。
「『かげゆり』。『つきかげ』。どういうことだ? 」
「沢山人が死んでいます。皇女様」「甘美……悲鳴……恐怖……はっ?! 忘れて~! 」
相変わらず『かげゆり』は厨二が治らないな。
「ここからは何も見えないのだが」「多分、異国です」
うん? こないだドンパチやったばかりで、戦争する余裕なんて三国何処にもないはずだが。
「紛争は事務局に持ち込まれる。そんな兆候はないぞ」「でも沢山人が死んでいるのは事実です」
はぁ。はぁ。はぁ。
黒い頬を赤らめ、潤んだ瞳で身体を押さえる『かげゆり』を冷たい目で眺めつつ、流石に哀れなので布をかけてやる。
「はうっ?! 」なんて声出すんだ。軽く頭を殴る。
「ヒドイ」抗議する娘の頭を撫でながら話を聞く。
「人が焼ける臭いがします。あと砂漠の匂いが」「砂漠王かっ?! 」
軍事力も海軍力も三国一だが。あの王は隣国より好戦的ではない。
「あ」「うん? 」「収まりました」意味が解らん。
ばきばきばき。
轟音と共に空が割れた。
「伏せろッ 」空が割れるのが解るより早く、『俺』が気合を発すると『俺』の背後にある村や皆を除いてずたずたに引き裂かれ、炎上していた。
ごうごうと火がついて呆然とするぼく。「あ」「火を消せッ 」
正気に返るのは『はなみずき』のほうが早い。騎士団が普段の訓練の成果を見せる。
トロール君が怪力を発揮して火を消し、騒ぎが済んだぼくらの元に凄い勢いで突っ込んでくるナニか。
「報告ッ 」
全身を火傷に冒された青年に回復魔法をかける『かげゆり』。
「『立夏の嵐』に炎竜襲来! 都は壊滅! 」「はっ?! 」え?
「姉上はッ?! 中の姉上はッ?! 砂漠王はどうなった?! 」
「炎竜の巻き起こす音速移動の衝撃波により都は壊滅したと魔導通信が。
加えてかの竜の炎は一撃で城を消し飛ばしたと」はい?!
じゃ、さっきの破壊はまさか。
早々に『悠久の風』の都に走った。
必死で自転車をこぐ。炎の、煙の。人の焼ける臭いがする。
悲鳴が、断末魔がここまで聞こえてきそうだ。
「うわっ! 」何台かの自転車のチェーンが吹っ飛び、騎士の何人かが脱落する中、ぼく等はなんとか都に帰還したが。
「あはは……あはは……うそだろ……」
がっくりと膝をついて泣き笑いしている『はなみずき』。
炎に包まれ、人間の原型も留めていない血の海に破壊の痕。
「まだ、聞こえる」『風の声』を聞きつける『かげゆり』の長い耳。
「今度は、『艶月の雪』が襲われてい……た」過去形。
この日。三国は壊滅した。
国民を逃すために無謀にも剣を取り邪龍に戦いを挑んだという国王は行方不明。
腹いせに邪龍は『艶月の雪』に襲来。『悠久の風』を百年単位で苦しめた隣国はあっさり消滅した。
ぼくらは生き残った人々を率い、残ったわずかな自転車を使って『夢の国』へと落ち延びたのである。