ピクニックに行こうよ
「こらっ 『つきかげ』ッ やめろっ あははっ 」「皇女さま動いちゃだめ~ 」
ふぁさ。ぼくの目の前に花冠。
可憐な笑みを浮かべた魔族の少女がくれた花冠を頭に被り、花の香りを楽しむ。
あたり一面は花畑。冬ばかりのこの世界ではそれだけで貴重な光景だ。詩人はこぞって歌を作る。
はやくも騎士団の中で歌の上手いものや楽器の巧みな者達が各々の楽器を手に取り、あるいは頬や手を鳴らし、木靴を打ち合わせて踊り、舞う。
「ククク。花の血。痛み。苦しみ……ふふふとかいわないの? 『かげゆり』」
その言葉を聞いた娘は花の上で悶絶を始めた。花には不幸だが元気で何よりだ。
「やめろって?! 花を髪に編み込むなッ 」「だめだめだめ~ 皇女様うごいちゃダメ~! 」
ぷっるんぷっるん。巨大な胸を揺らし、『はなみずき』の細いが鍛えられた腕にしがみつく『つきかげ』。
こうしてみると凄い美人なんだな。あんまり気にしたことないけど。
そういえば、以前変な事あったけど。
「こちょこちょこちょこちょ」「あははっ あ~はっっ?! 不敬だぞッ 『つきかげ』ッ 」
ダメだ。今の二人にあの時の話は出来ないな。
色々あってふさぎ込んでいた騎士団や『かげゆり』を見かねた『つきかげ』は「花が咲いているからピクニックに行こう」とぼく等をつれて秘密の花畑に連れていくと宣言した。
「えっ?! お花ですかッ?! 」「おおっ 用意します用意しますッ 」「『はなみずき』様ッ 明日は休暇にしてくださいませッ 」「俺も俺も」「あ。私も」
先ほどまでの幽鬼のような表情もどこへやら、彼らの上司に掛け合う騎士団に苦笑する『はなみずき』。
「そうだな。色々あったし、他の騎士団に仕事を任せ、我々は慰問として花畑……もとい近辺の『秘境探索』に乗り出すことにする! 」
楽しそうに宣言する『はなみずき』にわっと喜ぶ騎士団。
たちまち大量の酒、鉄パン、シチューにスープの具、干し肉に塩魚が用意され、
ぼく等は光曜日を待って自転車に飛び乗って旅立った。所要時間は『つきかげ』曰く自転車ならば日帰り可能とのこと。
「久しぶりですねッ 」「おおっ! トロール君ッ 」
パァンとぼくの頭よりでかい手とぼくの手が打ち鳴らされる。
肩が抜ける。ハイタッチには気を付けてくれ。
いやぁ突然来るというから村の皆で総出でお祭りの準備ですよ。
ケタケタと笑う彼。「この花は皆様のおかげで出来たんですよッ ほらっ ワインもッ 」
岩の身体をパラパラと揺らし、芳香を放つ器をぼくに差し出す彼。
……恐る恐る試飲。この世界の酒で美味かった試しがないからだが。
ふわりとした甘い口当たり。鼻を突き抜ける爽やかな酸味。喉をすっと通るのど越し。
胃袋をどきどきと温めるほのかな酔い口……。
「どうです? 」これは。
「……美味い」本当に美味い。
驚愕に目を開くぼく。遠目にはワインを作るために果実を踏む娘たちが見える。
「去年のものなのですが、保存技術が向上しまして」「へぇ」
くりかえすが。本当に、本当に美味い。
「私も一口」勝手にひょいと白い指先が伸び、ピンクの唇にぼくの呑んでいた器が吸い込まれた。
「勤務中に呑むのはどうかと思いますよ。皇女さま」「この世界にはそのような感覚はない」
この間泥酔していた部下に減給処分してなかったっけ。「やりすぎは何処の世界でもダメだ」なる。
「うわっ これ本当に美味いですよっ?! 」「うわっ これがトロールの神酒かっ! 」
トロール橋の村人たちが作ったワインを手にはしゃぐ騎士団。
「そーれっ! 」村娘たちが花弁を空に投げる。
ふわふわした白い花弁が舞い。歓声を上げるぼくたち。
ところで。
『かげゆり』じゃないが小さな花だって命がある。
戯れに手折ると、根は大丈夫ならいいが、花によっては枯れることもある。
血も流すし、怒りも感じるだろう。ぼくらはそのとき、そのことを確かに忘れていたのだった。