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19<愛しのあの子と、会いたいひと>

 私の幼馴染みの東七緒には、贈り物のセンスがない。


 クリスマスプレゼントはスーパーで売っている大福1つだったし、ホワイトデーにくれたお返しは柔道部の合宿で買ったという富士山くんストラップ(笑顔の富士山に手足が生えている)と、「○○に行ってきました」のプリント付のお土産感を全面に出したバニラクッキー。

 どう贔屓目に見ても、イケてるメンズのおしゃれで小粋なプレゼントとはいえない。


 だけど私はじゅうぶん嬉しくて、大福もクッキーももりもり美味しくいただいたし、ストラップは携帯電話につけて眺めてはニヤついていた。

 好きな人からの、大切な贈り物だった。


 しかし。





「富士山くんが……ない……」

 1人ぼっちのプラットホームで、自分でも驚くほど絶望的な声が出た。携帯電話を持つ手が、微かに震える。

 そこにぶら下がっているはずの富士山くんは忽然と消えていた。

 ポケットの中を探っても、辺りを見回しても、その姿はない。


 なんで? いつ? どこで?


 ぐるぐると回る頭で必死に考えても答えは全く出ない。

 とりあえず、大通公園に入ったとき携帯電話で時間を確認した記憶はある。あのときは確かにストラップがあった。

 ということは公園内、もしくはそこから駅に向かう途中で落としてしまったのだろうか。

 本当に、どこまでもついていない。最低だ。


 そのとき、手の中の携帯電話が某ボクシング映画のファンファーレを奏でた。

 着信。美里だ。

「も、もしもし……」

「もしもし心都? どうしたのよ? 急にホームで動かなくなるからびっくりしちゃった」

「ごめん。ちょっと、その……目にでっかいゴミが」

「大丈夫?」

「うん」

「なら良かった。私たち駅で待ってるから、次の電車に乗ってきてね。早く合流しましょ」

 心底ホッとしたような美里の声。やはり相当心配をかけていたようだ。申し訳なくもあり、有り難くもある。

 だけど私は、快い返事をすることができなかった。

「……ごめん、美里。一生のお願い。1時間……ううん、30分だけ、別行動させてくれないかな……」

「えぇ? ちょっと何言ってんのよ」

「3人で先に次の観光場所行ってて。用事済ませたらすぐ追いつくから。……お願い!」

 本当に勝手なことを言っていると、自分でもよくわかる。

 だけどどうしても、このままここを去るわけにはいかない。

「心都、どうしちゃったの。やっぱりなんか変よ。別行動って、何するの?」

「……ごめん! あとでじっくり説明させて! 30分だけちょうだい! 本当に本当に本当に、ごめん!」

 ホームの端の駅員さんがぎょっと振り向くほどの大声でそう言うと、私は電話を切った。

 ごめん、美里、田辺、そして七緒。

 心の中で必死に念じる。

 旅行先でグループ行動を外れて1人だけ落とし物探しだなんて、あまりの和乱しっぷりに自分でも呆れてしまう。

 けど、どうしようもなく強い衝動が私を突き動かしていた。


 探しにいかなきゃ。


 1秒だって無駄にできない。私は思わず走り出した──のだが、左足の捻挫をすっかり忘れていたため、がっつりダメージを食らってしまった。

「いってぇぇぇ!」

 痛さに絶叫する。あぁ、女子力マイナス500。いけない、いけない。

「い、痛い、でございます……」

 再び駅員さんの不信感溢れる視線を感じながら、私は今度は慎重に、一歩を踏み出した。

 うん、大丈夫。

 痛いけど歩けないほどじゃない。

 私は足元を注意深く見渡しながら、もと来た道を辿りだした。


 待ってて、私の富士山くん。
















 駅の改札付近、そこから大通公園までの道のり、そして公園内。

 思い当たる場所を全て辿る。

 地面を凝視しながら歩いて、たまに後ろを振り返りながら歩いて、もしかしたら蹴飛ばされたかもしれないなと道脇の植え込みまで漁りながら、歩く。

 何しろ、小さくて地味なストラップだ。見落としてしまう可能性だってある。今までの人生で1番なんじゃないかってくらいの集中力で、捜索を続けた。

 しかし、最後にストラップの存在を確認した地点──公園の入り口付近まで来ても、富士山くんは見当たらない。

 私は呆然と足を止めた。

「どこいっちゃったの、富士山くん……」

 もうすぐ約束の30分が経過してしまう。このままじゃ結局見つからないパターンもありえる。

 更に不運は重なるもので、先ほどからのダメージが蓄積されたのか、左足首の状態はかつてないほど最悪だった。歩かずに立っているだけでズキズキと痛む。


 思わず、ため息をつく。


 ……これはもう、神様からの「諦めろ」ってメッセージかな。

 ストラップも、贈り主への恋も、全部今日でさよならしなさい──そういうこと?

 心身ともに弱ってくるとどうも思考がファンタジー寄りになる。

 こんなに感受性豊かだったっけ、私。


 ゆっくりと目を伏せ、富士山くんストラップに思いを馳せる。

 見事な富士山型の体に、全ての悩みを打ち消してくれるような無邪気な笑顔、赤いほっぺ。申し訳程度に付けられた細い手足は、見る者に彼が山寄りなのか人寄りなのかを混乱させ、ミステリアスな一面を演出している。そして背中には「富士山麓にオウム鳴く」と明朝体の文字。可愛い上にミステリアスで、ルート5の語呂合わせまで覚えられてしまうのだ。

 愛しの愛しの、富士山くん。


 私は顔を上げた。

 もしかして、公園の入り口でストラップを確認したのは記憶違いかもしれない。

 もう少しだけ、戻ってみよう。

 もし戻ってみて見つからなかったら……それは、そのとき考えよう。うん。



 2、3歩踏み出した瞬間。

 がし、と後ろから右手を掴まれた。

 驚いて振り向く。




「……何してんだよ、心都」


 まさか走ってきたのだろうか、ぜぇぜぇと肩で息をして、髪の毛もぐちゃぐちゃで、眉間にしわを寄せた表情のまま、

 幼馴染みは言った。














 何してんだよ、って。そんなの自分でもわからないよ。


 私、どうしてこんなに諦めが悪いんだろ?































富士山くんはさりげなく6章-1が初登場だったりします。

何はともあれ今年もよろしくお願いいたします。

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