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9<肩凝りと、理由>

…せんせぇ。いくらなんでも時代錯誤しすぎです、これ。






「どう?このセンス」

「古い」

自分の机で頬杖をつきつつ、ズバッと美里は答えた。

「だよね」

と、私はげんなり呟く。

紐を通して私の首からぶら下げられた四角い板には、『私は今日遅刻をしました。』とでかでか書いてある。

1時間目、大幅に遅れて教室に現れた私と七緒に、鬼理科教師の橋本がかけさせたものだ。

はっきり言ってレトロすぎ。

「こうなったら私、明日の登校中はトースト齧りながら男の子とぶつかるしかないじゃない」

「で、それが美形の転入生で隣の席なのよ。素敵!」

美里がミラーボールの如く瞳を輝かせる側、私はやれやれと肩を揉み解した。

今日1日外すなと橋本に命じられているため、楽しい昼休みだってのに首と肩はガチガチだ。

「あー、もうっせめてダンボールか何かで作ってくれればいいのに、どうしてわざわざ木の板?こんな物ぶら下げてうろついてるだけで恥ずかしいんだから、重さでまで苦痛与えなくても!」

「…どーかん」

数メートル先から気合いのない平仮名発音で割って入ったのは、同じく首から板を下げた七緒。

どーかん…あ、同感。頭の中で変換するまでに少し時間がかかった。

七緒は慣れない肩凝りに負けて机に突っ伏している。

「なぁなぁ東ーそんな疲れきってないでさー校庭でバスケやろーぜー」

七緒の隣でブーたれているのは、バスケ部の田辺だ。

「…悪りぃ、今日は止めとく」

それでいいのか柔道少年、とそのぐったりした七緒の背中に突っ込みたい。

「昨日約束したじゃんかよぉ東ー!」

普段から年中お祭りをしているような性格の田辺だけど、今日は一段と声がでかい。

彼は、七緒を誘いながらもさっきから視線が美里に行っている。

わかりやすい奴。

それを知ってか知らずか、小悪魔美里は彼ににっこり笑いかけ、

「田辺君うるさい」

…田辺撃沈。頑張れ。

「それにしても朝は本当にびっくりしちゃったわよ」

そ知らぬ顔の美里が、私にだけ聞こえる声で囁いた。

「2人そろって遅れて来るし、七緒君はほっぺに手形で心都は目が真っ赤なんだもん。しかもその言い訳が…」

美里が笑いを噛み殺した。

「あれは私も無理があると思うよ」

登校中の細い道でボクが後ろから杉崎さんに声をかけたら変質者と勘違いされ泣きながら平手をくらい和解するのに時間を要したので遅刻しました。

怒り狂う橋本に、七緒はペラペラとそう説明した。

信じてもらえるはずもなく、お前らどうせ寝坊だろう、と説教をされてこの時代遅れの罰まで与えられた。

「朝から大変だったのねぇ」

しみじみと美里が言う。

彼女には、1時間目が終わった後に(小悪魔スマイルの質問攻めにあいながら)ちゃんと本当の事を説明した。

「でもおかげ様で一段落だよ。ありがと美里」

「お礼はばっちり彼氏彼女になってから言ってよねー」

「いや本当に、美里には感謝してるよ。昨日も裏庭までついてきてくれたし」

それに今、私の髪が朝より落ち着いているのも、美里が貸してくれたスタイリング剤のおかげだ。

朝の質問攻めの後、「ちょっとは可愛くなれるように努力する」と小声で宣言した私に、あぁやっと心都もやる気出してくれたのね嬉しいわじゃあまずぐしゃぐしゃの寝癖を直すのが第1歩よいやそれよりそのダっサいの着替えなさいよ、と句読点の入れ場がないくらいの激しいエールをくれた。

そんなわけで私は今、きちんと制服姿で髪も人並みにまとまっている。

「ふふっ、ジャージ登校は今日で封印だからねー心都!」

甘い声で、でも絶対NOとは言わせない雰囲気を醸し出す美里に、私は間抜け面でこくこく頷いた。

確かに、常にジャージでいるっていうのは止めなきゃな。別に制服になったからって急に可愛く変身できるとは思わないけど、小さな変化にはなるだろう。

よし、頑張ろ。

と、秘かに決意したその時、教室のドア側にいるクラスメイトが私を呼んだ。

「杉崎、お客様だぞー」

「オキャクサマ…?」

見るとそこには、ふわふわヘアーが美しい女子生徒。

「…げ。黒岩先輩」

無表情の黒岩先輩は、私に向かって手の指だけを動かし来い来いのジェスチャーを送っている。

「あの…何のご用で?」

恐る恐る近付き尋ねると、

「あんた今、げって言ったでしょ。…何そのダサい板」

「えっ、いえ…ハイ。板は気にしないでください」

先輩はなぜか、少し笑った。

「…ちょっと、また裏庭来てくんない?」

ひ。ま、また?

先輩は、泣きたい気分でつっ立っている私の肩越しに、少し赤くなって怒鳴った。

「もう変な意味の呼び出しじゃないからっ!」

――誰に言ってる?不思議に思い振り返ると、すぐにわかった。机に突っ伏したまま何か言いたげな顔でこっちを睨んでいる七緒への言葉だ。

「別にあたし、またシメようとか考えてるわけじゃないし」

今までの黒岩先輩と比べたら驚くほど控えめで、そして何だか信じられる態度。

「わかりました、行きます」

私は、昨日から飽きるくらいに通った裏庭へと向かった。



目的地に着くやいなや、先輩は言った。

「東君、痛かったって言ってた?」

「え?」

あぁビンタの事か、とようやく気付く。

「地味に痛てぇって言ってました」

「そう」

黒岩先輩は、私が予想もしなかった行動に出た。

わざとらしく咳払いをするとちょっと頭を下げ、

「悪かった」

素直に、謝った。

「……」

「……」

「…ちょっとあんた何、そのマジかよ信じらんねーみたいな顔は」

「え、私そんな顔してますか?」

「あんたはもーちょい自分の顔に責任持った方がいいよ」

「は、はいっ」

先輩はもどかしげに首を振り、

「あー違う違う、説教したいんじゃなくってぇ、あたしは謝りたいの!…朝はどーもごめんでした!!」

吠えるような口調だけど、今度は勢い良く頭を下げた。そして、そのまま上げようとしない。

私はどうすればいいのかわからず目をしぱしぱ瞬いていた。

…あ、こういう時は「顔を上げてください先輩」とか言うべきかな。

「か」

最初の1文字目で先輩はグォッと顔を上げた。

「東君にも謝っといて」

「…」

この人と喋っていると、私ってめちゃくちゃトロいんじゃないかって気分にさせられる。

…まぁ実際そんなに機敏な方ではないけどっ。

「――何だかなぁ」

誰に向けるでもなく、先輩は独り言のように呟いた。

「あたし、東君のあの可愛い顔と声が好きだったんだ」

「そ、そうなんですか」

「だってあれはもう半端ないじゃん!?初めて見て2秒で惚れたっつーの!ヤバい可愛いから!ね、そう思うでしょっ?ね!?」

すごい勢いで質問をしておきながら私に返事をさせる間もなく、先輩は続けた。

「でもさー。あんたの代わりに殴られた時の東君、全っ然可愛くねーの」

そう言いながら先輩は、私を見つめた。

相変わらず強い視線だったけど、あの睨むような感じとは少し違う。

「顔も声も、っていうかオーラが、あたしの好きな東君とは全然別人になっててさぁ。あんたはあんたでついに『大好きなんだもんっっ!!』とか言って本音ぶつけてきやがっちゃうし」

「…あは」

笑えない。我ながら顔から火が出そうな本音。

「あの時はカッとなって手が出たけど、実はあたし結構びびってたんだぁ」

「びびってた…?」

先輩は苦笑いして軽く頷いた。

「『嫌です邪魔しまくります!』なんて言っちゃって。そうやってマジで逆らってきた生意気な後輩は前例がなかったもんでさー」

「…前にも何人か呼び出してるんですか」

「ま、それは置いといて。とにかくたいていの奴は怒鳴れば泣いて従うんだけど、そうじゃない相手は初めてだったから、何だコイツって感じで」

先輩は私からバツが悪そうに目を逸らし、

「…何かバカみたいだけど謝るしかねーじゃんって気になったんだよ。あんたにも、東君にも」

私は何て言えばいいのか迷って、先輩のパワーに負けないように早口になってみようかとも思った。

でも、やっぱりゆっくり口を開いた。

「…あの、私も、謝ったんです。七緒に。私の代わりにごめんって」

先輩は少し寒そうにポケットに手を入れて、私の話を聞いてくれた。

「でも七緒、私も黒岩先輩も関係なくて、俺が嫌だから動いたんだぁぁって、えっらそーに言ってました」

「…」

「だから、あいつに本気で謝ろうって考えるのは、多分…時間の無駄じゃないかと思うんです」

最後の1文で先輩は笑った。

「何、それ」

「ノンフィクションです」

確かに無駄っぽいわ、と先輩は呟いた。

それから目を眇めて私の顔を見て、

「あんた東君の事話す時、にやにやしすぎ」

こう指摘した。

「にやにや、ですか…」

何か今日の朝、七緒にも言われた気がする。

これじゃまるで、私がものすごぉぉっく怪しい人間みたいじゃない。

私としてはせめてにこにこって言ってもらいたい。

「そ、にやにやしすぎ。ベタ惚れバレバレ」

ベタ惚れバレバレ、早口言葉みたいだ。どうでもいい事を考えてしまった私は、次の先輩の質問でようやく正常に戻った。

「あんたさぁ、何で好きなの?」

「え?」

「そこまでバカみたいに東君の事好きなんだから、何か理由があんでしょ?」

理由?

「…正直もう多すぎて自分でもわけわかりません」

そう答える私は、懲りずにまたにやにやしていたんだろうか。

思い出していたのは、朝の七緒のえっらそーな台詞。

「…きっかけみたいなものはきっと、ある……です」

半ば独り言で呟いた言葉を、無理矢理ですます調にした。

「へー、どんなん?」

「いいんですか?ワタシ長々と語っちゃいますヨ?」

「…どーせ喋り終わるまでにやにやし続けるんでしょ?」

そう先輩が嫌味っぽく言う頃には、私はもうどうしようもなく笑いを抑えきれなくなっていた。












七緒は覚えてる?

今よりずっと子供だったあの日の事を。

2人で泣いたあの日の事を。


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