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11<動揺と、夕闇の中>

「……かっこいい……?」

 私は驚きを隠せず、呟く。

 七緒が後輩女子からモテ始めた。しかも『可愛い』ではなく、『かっこいい』という言葉と共に。

 こんなの15年間の経験と教訓をもってしても全く予想外の出来事だ。

 ゆえに、私はそれをなかなか上手く消化することができない。

「心都、白目むいてるけど大丈夫?」

「だ、大丈夫……」

「ねぇ、どうしてそんなに驚くのよ」

 目の前の美里は私を見て、小首を傾げた。

「……だって、七緒だよ? ちっちゃな頃から可愛くて、12で七不思議と呼ばれてさ、天使みたいに輝いて、触るもの皆キュンとさせた……」

「言っとくけどその替え歌、ゴロ悪いし全然上手くないからね」

「だ、だから、とにかく、七緒が『可愛い』じゃなくて『かっこいい』って言われることなんて今まで全くなかったから……ちょっと動揺するっていうか……」

 しどろもどろになってしまう。私自身、今の気持ちに整理がつけられないからだ。

 美里は指を顎に当て、何やら思惑を巡らせるように目を細めた。

「でも私も、最近ちょっと七緒くん変わったなーって思うわ。前より美少女美少女してなくなったとゆうか……」

「そう?」

 いまいちピンとこない。

「心都はきっと、近すぎてわからないんじゃない? ほら、久しぶりに会った親戚の子の成長には気付くけど、自分の家のハムスターが大きくなってるのってなかなか実感できないじゃない」

「う、うーん……」

 果たしてその例えは適切なのか。

 私の煮え切らない態度に、ついに美里はぎろりと目を光らせた。

「もうっ! 腑に落ちないのは心都の勝手だけど、ぼやぼやしてるとどっかの1年女子に七緒くんとられちゃうわよ! いいの!?」

「そ、それは嫌だ!」

 思わず背筋を伸ばし、答える。

「じゃあ頑張りなさいよ! マッチョに誘われてふらふらついてってカラオケで声枯らしてる場合じゃないでしょ!」

「ご、ごもっともな意見です……」

 あぁ、耳が痛い。

 春は恋の季節というけれど、4月になって桜が咲いても、私の恋は依然足踏み状態だった。

 七緒との関係はいまいち変わっていないような気がするし、小学生並みのちっちゃな口喧嘩ばかり。しかも本日発覚した事実、新たな支持層を加えての恋愛サバイバル状態はまだまだ続くみたいだし──。

 最近、少し真面目に考えてしまう。

 果たしてこの恋に、ちゃんとハッピーエンドがくることはあるのかな、と。

 私の5年間の片思いの前には、10年間の幼馴染みの期間がある。そしてこの間に形成された、私たちの色恋沙汰いっさいなしのフランクすぎる関係──不本意だけど七緒の言葉を借りるなら、「男兄弟」と表現することもできる──は、あまりにも強力だ。

 だから私はなかなか「女の子」になれないし、七緒との仲も発展しない。

 こんな私が恋を実らせることなんて、できるのだろうか?

「……」

 ついつい、暗い顔でため息を吐いてしまう。

「ねぇ心都。来月の修学旅行、せっかく七緒くんと同じ班なんだから。これ、進展する大チャンスよ」

 美里が私を励ますように言った。

「そっか、もうすぐ修学旅行か……」

 そう。来月に予定されている2泊3日の北海道修学旅行──その行動班を決めるホームルームが、先日あった。男女混合4〜5人グループを自由に組むというアバウトなやり方だったのだけど、美里の計らいと田辺の熱烈なアタックにより(この2人の利害が一致するなんて珍しいことだ)、私と美里、七緒と田辺の4人班が結成されたのだ。

「北海道の雄大な自然の中で、心都と七緒くんがくっついてくれたら最高だわ」

「はは。そんな夢みたいことがあったら……本当に夢みたいだよ」

 滅茶苦茶な日本語になってしまった。

 何も私は今すぐに、一刻も早く、七緒と恋人になりたいなんて言わない。

 でも、たとえ「いつか」の遠い話だとしても、そんな夢みたいな日が──本当に、本当に、くるのだろうか。

 心の中で自問した。

 もちろんそうなってみせるわ! と強気で前向きな答えは、今は出せない。

 ……あぁ、なんだか私、ネガティブな気持ちに押されてしまっている。

 だって七緒いわく、今日の私は「酒飲みで赤ら顔で気のいい中年のおっさん」だ(実はこれ、けっこう尾を引いていたりする。しつこいのかしら、私)。

 おっさんと中3少年の恋なんて、完全アウトでしょ?

 そもそもそんな2人の恋、誰が見たい?

 ──少なくとも私は見たくないぞ。

 私の周りに漂うどす黒オーラを吹き飛ばすように、目の前の親友はキラキラとした表情で語る。

「粉雪舞うロマンチックな街並みを歩きながら、心都がクチンと女の子らしいくしゃみをかませば、きっと七緒くんは『寒い?』って聞くでしょうから、そこで心都は『私、末端冷え性なの……』と上目遣いで可愛く答えて、七緒くんは心都の手をそっと取り、『本当だ、手が冷たい』『お願い七緒、この手をずっと離さないで』『心都、それってどういう意味だ?』『言葉通りの意味よ。一生あなたと手を繋いでいたい』そう言った瞬間、街並みが一斉にライトアップ! 2人を優しく照らす……!」

「……」

「完璧じゃない! ね、頑張りなさいよ心都! 合い言葉は『末端冷え性』よ!」

 美里は本当に友情に厚く、姉のように頼もしく、優しい。こんなにも力強く背中を押してくれる彼女には、いくら頭を下げても足りないくらい心から感謝している。

 だから私は、5月の北海道は雪なんか全く降っていないし春らんまんだよ! とは、とてもじゃないけど言い出せなかった。




















「よっ、杉崎ぃ!」

 もはや毎度お馴染みとなってしまった、豪快に私の名字を呼ぶその声が、耳に届く。

 と同時に、声の主は後ろから両手を回し、私の目をふさいだ。

 大きな手があっという間に視界を遮る。

 即席で出来た暗闇の中、私は自分でも驚くほど冷静な気持ちで背後の彼に語りかけた。

「あのさ……それ、『だーれだ?』とか言いながらやらないと意味ないから」

「あっ、そうか!」

 と、勢い良く両手を外したのは、もちろん山上だ。

「あちゃー。俺、うっかりしてたな!」

「『杉崎ぃ!』って地声で叫びながらじゃあ、名乗ってるようなもんだよ」

「そうだよな、いやー失敗失敗。次から気をつける!」

 あははと山上が頭をかいて笑い、私もつられて吹き出し、あらあらなんだか和やかムード──

「──っじゃなくて! 山上! こんな所で何してんの?」

 我に返って問い詰める。

 私の家の近所の公園前。学校の行き帰りに必ず通るこの場所を、部活後のちょっぴり疲れた体で歩いていたら、夕闇の中に山上がいた。それも「だーれだ未遂」のおまけつきで、だ。

 山上はあっけらかんと答えた。

「何、って……こないだと同じこと聞くんだな、杉崎。お前を待ってたんだよ」

「え……な、何用?」

「用事という用事はないけど、会いに来た。強いて言うなら『ガンガン積極的にいくため』に来た」

 どうしてこの人は、少しの恥ずかし気もなくこういう類のことが言えるんだろう。

 さすがにもうアメリカナイズを理由にはできない。明らかにこれは山上の性格によるものだ。

 逆に、なんだか恥ずかしくなってしまったのは私のほうだった。

 さっき目隠しされたときは平然としていられたのに──いや、今まで何度も山上からは割とストレートな言葉を言われて、それで唖然とすることはあってもいちいちもじもじすることはなく過ごせてきたはずなのに。

 この夕闇の中、不意打ちの『会いに来た』の一言は思ったよりパンチがあった。

 私はほんの少し顔が赤くなるのを感じ、慌てて俯いた。

「この辺に私の家があるってどうして知ってるの?」

「小学生のとき、この公園で一度だけ東と毛虫探して遊んだことがあるんだ」

 私は、幼い頃の彼らにそんな交友関係があったことに驚いた。やはり七緒が言うように、山上が私以外にはさほど「嫌な奴」ではなかったというのは本当らしい。

 それにしても毛虫探しって、一体何が楽しいのだろう。小学生男子の、謎。

「多分杉崎もこの辺に住んでんじゃないかと思って、ダメ元で待ってみた。こないだ杉崎が『校門で待ち伏せはちょっとほんとマジで勘弁してくださいマジで無理ッスすいません』って顔してたからさ。だからここで待ってたんだけど、結構すぐに会えて驚いた。すげー嬉しかった」

 山上は笑顔でそう言った。

 あらそうアタシも嬉しいわ、と笑顔を返せるはずもなく、私はぎこちなく固まってしまった。


 なぜだろう。

 今日はなんだかいつも以上に、どんな言葉をどんな顔して言えばいいのか、よくわからない。


 少しの、沈黙。

 それを破ったのは、予想外すぎる間抜けな声。


「あれ、心都……と、山上じゃん」

 そう言って少し意外そうに目を丸くするのは、部活帰りの見慣れたジャージ姿で、公園前を通りかかった七緒だった。











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