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10<バイオレンスと、『彼』>

 放課後デート(という名のカラオケ地獄)の、翌日。

 私は朝の通学路を歩きながら悶々と考えていた。

 結局昨日、山上による絶叫系ソングのリクエストは夜まで続いた。

 彼曰く、私の魅力は「恥じらいを持たずなりふり構わず大声で叫べるところ」だそうで。

 女子としては複雑すぎる心境だけど、それより何より考えるべき問題は、山上が「これからもガンガン行く」と予告してきたことだ。

 私は当然その気持ちには答えられない。だけど彼はそんなこと全く気にしない様子で、あまつさえ「もうすぐ俺を好きになる」なんて呪文めいた言葉まで言ったりする。

 もちろんその通りになるとは到底思えないけど、一体これからどうすればいいのだろう。

 私だって5年間もしつこく七緒が好きなんだ。こんなに真っすぐ気持ちを伝えてくれる山上を、うとましく思うことなんて、できない。

 だからといって、はい喜んでと山上の気持ちを受けることも────

「……」

 そこまで考えて、私はため息を吐いた。

 なんだ、これ。

 本当に私の人生か?

 悩みすぎて頭はパンク状態。昨日からずっと堂々めぐりだ。

 自分がこんなことに悩む日が来るとは、夢にも思わなかった。

 だってずっと、おばさんや変態や男兄弟と称される女子力低めな私だったのに。

 誰かに想われるなんて(いくら妙な理由とはいえ)、本当に縁のない出来事だったのに。


「よ、心都」

 と、聞き慣れたのん気な声と共に肩を叩いてきたのは、もちろん七緒。

 私にとっての通学路は、大部分が彼にとってもそうなのだ。

 私はゆっくり振り返り、口を開く。

「……おはよう、七緒」

「うわ、何その声!?」

 私の第一声を聞いた七緒が、信じられないような顔でのけぞる。

 七緒が驚くのも無理はない。絶叫だらけのカラオケから一晩明け、私の喉はボロボロ、声はガラガラだった。

 だからなるべく喋りたくなかったのに、まさか朝一で会ってしまうなんて。ご近所さんが今日ばかりは徒となる。

「ちょっと声枯れちゃって……」

「枯れたってレベルか? 完全おっさんボイスじゃん!」

 前言撤回。男兄弟なんてまだ可愛いものだ。ついに私、「おっさん」とまで言われる領域に達してしまったらしい。

「何それ、失礼な! せめておばさんとか……」

「ほら、こうやって目ぇ閉じるとまるで、酒飲みで赤ら顔で気のいい中年のおっさんと喋ってるみたいな錯覚に……」

 そう言いながら七緒は私に向き合い、目を閉じた。

 長い睫毛が滑らかな頬に影を落とし、まるで天使みたい。

 そのたいそう可愛らしい顔の真ん中より少し上、つまり額に、私は重めのデコピンを打ち込んだ。

「いってぇ! 何すんだよ」

「ぴちぴち10代女子をそんな細かな設定付きでおっさん呼ばわりするほうが悪い」

 私は悶絶する七緒を尻目に、さっさと歩き出した。

 清らかな天使顔を見せられたところで、悪いけど今は全く「きゅん」とか「どきん」はしない。

 悩みは尽きないし、喉は痛いし、好きな人にはおっさん呼ばわりだし。

 私の心は若干やさぐれていた。

 そりゃ多少の暴力行為に出たくもなる。

 隣に追いついた七緒はわざとらしさ満点の悲壮感漂った声を上げながら、額をさすった。

「あー、脳が揺れる。頭が割れる」

「大袈裟」

 七緒は言い返そうと口を開いたけど、突如、何か思い出したように「あ」と手を打った。

「そういえばさ、昨日校門のとこに山上が来てたって本当?」

「え?」

「昨日、柔道部の奴らが『こないだの試合のときにいた西有坂のマッチョマンが来てる』って言ってたから。まぁ俺は見てないけど、西有坂のマッチョっていったらほぼ間違いなく山上だろ」

 私は動揺していた。

 山上が待っていたのは私で、そのあと手を引っ張られて2人で「放課後デート」に行ったことは、絶対に言えない。言いたくない。

「さ、さぁ……私も会ってないからわかんないけど。他の友達にでも会いに来たんじゃない? ほら、山上5年前まではこの辺に住んでたんだから、その頃の知り合いも多いんだよ、きっと」

 知らんぷりを決め込む私の言葉を、どうやら七緒は信じてくれたらしい。納得しきった顔で頷いた。

「あー、なるほど。そうだったのかもな」

「うんうん、そうそう」

 我ながら上手く誤魔化せた。

 山上とのあれこれは、七緒にだけは知られたくない。

 だって、鈍感で善良な幼馴染みの彼のことだ。恐らく間違った優しさ炸裂で「山上いい奴だもんな。応援するよ」だなんて輝く笑顔で言ってくれてしまうことは、悲しいかな、私には容易に想像できる。想像だけでもこんなに辛いのに、実際にそんな応援をされてしまった日にはきっと私、どん底まで落ち込んでしまって立ち直れないと思う。

「こないだ心都が言ってた『小学生時代の山上はいじめっ子だった』説さ、やっぱり俺はピンと来ないんだよな」

 七緒は難しい顔で腕を組んだ。

「あいつ、今みたく底抜けに明るくて気さくってわけでもなかったけど、別に性格悪くもなかったよ。……やっぱり、いじわるは心都に対してだけだった説が有力だと思うなー」

「……」

「お前、当時なんか山上の気に障るよーなことしたんじゃねぇの?」

 ひひ、といたずらっぽく七緒が笑う。

 だけど私は笑えない。

「……そ、そうかな?」

 先日の山上の『好きな子ほどいじめたくなるっていうじゃん?』という台詞がエコー付きで私の頭を占領する。

 それを打ち消そうと首を振った瞬間、喉がひりりと痛み、私は激しく咳き込んだ。

「ごほっごほ! ぐぇほっ」

「えぇ? なんだよ、大丈夫か? そんなおっさんみたいな咳して……」

「う、るさいっ。おっさん言うな! ごほっ」

 七緒はまじまじと私を見つめた。

「そんなになるまで喉痛めるなんて、本当にどうしたんだよ。風邪?」

「……んん。まぁ、そんな感じ」

 曖昧に頷く。

「しょうがねーな、これやるよ」

 と、七緒が私に差し出したのは、ピンクに白のドット柄の包装紙に包まれた、小さな飴玉ひとつ。よく見ると『いちごミルク』とプリントされている。

「いちごミルクって、七緒……これまた期待を裏切らず可愛らしいものを……」

「別に俺の趣味じゃねーよ。なんか昨日知らない1年女子たちがくれたんだけど、そのまま制服のポケットに入れっぱなしにして忘れてた」

 何とはなしに七緒が言ったその言葉に、私は愕然とした。

「い、1年女子……?」

「うん。なんか最近、やたらたくさん1年生の女子が柔道部の見学に来るんだよな。マネージャー希望らしいんだけど、練習中キャーキャーうるさいから浮ついて駄目だって、主将が断ってた」

「へ、へぇ……」

「まぁ確かに練習中、急に名前叫ばれたりしてちょっと困るときもあるんだけど……。でも華も何もない柔道部の応援してくれるなんて、珍しい子たちもいるもんだよなー」

 のん気な顔で言うこの男、絶対にわかっていない。

 キャーキャーうるさいって、名前叫ぶって、飴玉くれるって。

 ──そんなの、七緒目当てで練習を見に行っている以外の何者でもないじゃないか。

 ショッキングな事実に、わなわなと指先の震えが止まらない。

「……」

 しかし私はいまいち腑に落ちなかった。

 美少女と見紛うような七緒の顔は、後輩や同級生から愛でられこそすれ恋愛対象にはなりにくいらしく、これまで彼の熱烈な支持層はほとんどが先輩女子だった。

 だから3年生となった今、少しはこの恋愛サバイバルも落ち着いたかなぁと思っていたのだけど。

「何、飴いらないの? いちごミルク嫌いだっけ?」

 不思議そうに訊ねる七緒の顔を、私はじっと見つめた。 

 どうやら、私の読みは大きく外れていたらしい。

「いや、好きです、ありがとう、いただきます……」

 普段は美味しいはずの飴が、今は全く味がしない。



 七緒が後輩女子にモテ始めるだなんて!




























「七緒くん、1年の女の子たちから結構人気よ。知らなかったの?」

 何を今更、といった表情で美里が告げる。

 私は思わずよろめいて、教室の壁に手をついた。

「嘘……そんなの初耳」

「ファンの数も多いみたいよ。私の部活の後輩たちも騒いでたわ。てっきり、心都は知ってるけど特に気にしてないもんだとばかり」

 そんな余裕のある女っぷりを発揮できるはずがない。裏付けされた衝撃的真実は、私の心を激しく揺さぶった。

「今、当の七緒くんは?」

「あ、朝練中……」

「じゃあ今頃また体育館ではファンたちがキャーキャー見学してるかもねぇ」

 ズシンと来る、美里の一言。

 私は白目をむきそうになるのを必死で堪え、なんとか発狂手前で踏みとどまった。

「信じられない! って顔してるわね、心都」

「だ、だって信じらんないもん! なんで……?」

「なんでって、七緒くんがモテてるのなんて今に始まったことじゃないでしょ。何そんなに初々しく動揺してるのよ」

 確かに私の幼馴染みは、そのとてつもなく可愛いお顔を持って生まれた宿命で、幼い頃からたくさんの女子とたまにいる特殊な男子にモテていた。

 しかし先ほど言ったように、その支持層の大半は年上のお姉さん方。

 七緒が後輩の女の子に黄色い声をあげられていたなんて記憶は、15年間の付き合いでほぼ皆無だ。

「七緒が年下にモテるなんて、異常事態だよ! ずっと先輩女子にかわいーかわいー言われてたんだよ?」

 あら、と美里が意外そうに目を見開く。

「七緒くん、多分1年生の間では『可愛い』なんて全然言われてないわよ」

「え……」

 美里は形の良い大きな瞳で私を覗き込み、少し笑って言った。

「かっこいい! って、1年生たちは大騒ぎしてるみたいよ」

「……かっこいい?」









 その瞬間の不思議な気持ちは、ちょっと説明し難い。

 ジェラシーとは限りなく似ているようで、少し違う。


 七緒がかっこいいことなんて、私、ずっと前からわかっていた。

 周りは七緒を見ては「可愛い可愛い」と目をハートにしていて、もちろん私も奴の美少女っぷりなんか痛いほど認識していたけれど。

「かっこいい」七緒を知っていて、そんな彼が好きなのは、自分だけだと思っていた。


 わがままで身勝手で自信過剰で、我ながら呆れるよ。


 七緒が遠くに行ってしまうようで。

 私の知らない七緒になってしまうようで。


 とにかく、なんだか無性に寂しかったのだ。












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