9<未来予想と、ハウリング>
急に「デートだ!」なんて言われて。
手なんか引っ張られて。
そういうことに全く免疫のない私が笑顔で軽くかわす業を持ち合わせているはずもなく、急な出来事に対する不安と、やっぱり単純な性格ゆえ感じてしまう少しのときめきがごちゃまぜになってしまい、ああ私どうしてこんな気持ちなのかしら、私が好きなのは七緒だけよと心で呟いて、瞬間的にちょっとこのヒロイン的ポジションに酔っているフシがある自分に気付いてげんなりして、更に今朝の七緒との喧嘩も思い出してイラッとして、そうこうしている間にも山上はぐいぐい私の手を引いているから、もうただただ動揺するのみで、これからどこに行くのだろうとそればかり気になって……
とにかく、私はドキドキしていた。
──しかし。
* * * *
町のメインストリートにあるカラオケ屋。
その一室に、私と山上はいた。
「そしてー! 輝ーく! ウルトラソウッ!!」
決して広いとはいえない部屋に、私の大声が響き渡る。
うおぉ、と拳を突き上げ、嬉しそうな顔の山上。
ここに来て1時間、ずっとこんな感じだ。
山上に半ば無理矢理連れられカラオケへ入ったものの、彼は私に歌わせるばかりで自分では全くマイクを持とうとしない。
しかもリクエストするのは絶叫系の曲ばかり。
「ね、ねぇ、山上……そろそろ止めにしない?」
酷使され続けた私の喉は、もうとっくに限界だ。
しかし山上は、私の提案を笑顔で却下した。
「なーに言ってんだよ! まだまだこれからだろうが!」
「じゃあ山上も何か歌おうよ」
「いや、俺はいいんだよ。今日は杉崎の大声を聞くために来たんだから」
そう言うと山上は電子パネルのリモコンを手にし、再び曲を選び始めた。
……本当に一体何がしたいんだろう、この人は。
昨日の告白から丸1日、再び会った瞬間、なぜかカラオケに直行だし。特に上手くもない私の歌を1時間も聞きっぱなしだし。
全くもって理解不能。さっきの葛藤とドキドキを返せ。
私の心の呟きが聞こえたのか、山上はひょいと顔を上げる。
「俺、声が大きい女の子が好きなんだよなー!」
「……は?」
不信感を隠せず目を細める私に対し、彼はどこまでも穏やかな顔で言った。
「杉崎さ、昨日の試合のときも、普通の人だったら恥ずかしくてとても出せないような大声と気合いで東を応援してただろ。それを見て、俺は5年前の気持ちを思い出したんだ……『杉崎が好きだ』って」
うんうん、と自分自身で納得するように山上。その周りにはキラキラとした空気が漂っている。
何これ?
「俺は杉崎の、恥じらいを持たずなりふり構わず大声で叫べるところが大好きで、最高に可愛いと思ってるんだ!」
「……」
「だから今日は元気な歌声が……っていうか、鼓膜がびりびりするような大声が聞きたいんだ」
「……そ、そうっすか」
なんだか良い雰囲気で語る山上にうっかり流されそう──にはならなかった。さっきからどう考えても誉められている気がしない。
やっぱりこの人、ちょっと変だわ。
声が大きいから好き。そう言われて手放しで大喜びする女子は一体どのくらいいるのだろう?
正直言って複雑な気持ちだ。
山上がおもむろにマイクを持つ。
「だから!」
と、彼はなぜかマイクを通して言った。拡声された言葉が部屋に響く。
「俺はこれからもガンガン積極的にいくからな!」
「え?」
「ガンガンいって杉崎との5年間の空白を埋めて、それでまたあらためて告白キィ────ン」
後半、別に彼はアラレちゃんの物真似をしたわけではない。
山上の大声に、マイクがハウリングを起こしたのだ。
それでもかろうじて、言おうとしたことは伝わった。昨日と全く同じ宣言だ。
だけど「またあらためて告白する」なんて言葉自体が、もう既に告白のような気がしないでもない。
「あの……山上、そのことだけど、やっぱり私……」
「はいストーップ!」
山上の大声に、再びマイクがキィンとハウリングを起こした。耳、痛い。
「どうせ『七緒が好きだから気持ちには答えられない』とか言うんだろ。だからこそ時間をくれって言ってんだよ」
山上は豪快に笑うと、言った。
「しばらく経ったらきっと、東より俺のこと大好きになってる」
なってる、なってる、なってる…………とエコー全開(近頃のカラオケマイクのクオリティーはすごい)の山上の言葉。それはまるで一種の呪文みたいに、私の頭の中で繰り返される。
何なんだ、その自信満々の未来予想。
私が七緒への気持ちをなくして、山上に恋をする──なんて。
「山上、何言って……」
「本気だからな。さて、歌おうぜ」
山上がリモコンを操作して、曲を入力した。
「よーし、杉崎! 次は『蝋人形の館』だ!」
「……それ私が歌うの?」
「杉崎ならいけるだろ!」
有り得ない。
本当に、有り得ないよ。