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6<勝利と、幻>

「……ねぇ、何それ?」

 美里が怪訝な表情で指さすのは、私の額にキリリと結ばれた鉢巻き。力強い毛筆で「勝利」と書かれている。

「今日のための応援グッズ。やっぱり試合観戦もアイテムがあると気合い入ると思ってさ」

 なんだかやたら照れくさくて、私は頭をかきかき答えた。

「こんなのも作ったんだけど、いざ試合会場に来るとさすがにちょっと恥ずかしいナー」

 私は持参した紙袋から、同じく毛筆で「必勝」と書かれ、縁にスパンコールのデコレーションが施されているうちわを取り出した。

「作り始めたらなんか楽しくて結局昨日徹夜しちゃったよ、へへ」

「すごいわね」

「ありがとう。そう言ってくれると思って、はい、これ! 美里の分も作ってきた!」

「あ、私は大丈夫。おかまいなく」

 差し出したうちわを、笑顔の美里が力強く押し返す。あら、なんだか奥ゆかしい。

 仕方なく私は両手に2人分のうちわを握り締め、試合に備えた。

 少し前までは、応援することしかできない自分にもどかしさを感じていた。でも七緒は、そんな私が力になると言って感謝してくれた。

 だから私は全力で応援する。

 七緒が勝つことを約束してくれたとき、私もそれを誓ったのだ。














私は思わず、口をあんぐりと開けた。

「…………か、」

 体育館の中央で組み合っていた七緒の体が、突如素早く動き、相手を押さえ込んだ。

 見事な一本、だ。

「勝っちゃった……」

 あっという間の出来事に、私は隣の美里の腕を揺すった。

「勝っちゃったよ、七緒」

「すごいわね、七緒くん。この間の試合とは全然違うわ」

 パチパチと拍手をして、美里が嬉しそうに言う。

 私はあまりの興奮に、体中が小刻みに震えていた。

 絶対勝つ! と大口叩いて約束してくれた七緒だし、私もそれを信じていたけど、まさかこんなにあっさりキメてしまうだなんて。

「す……」

 うちわを持つ手に力が入る。

「すごいー! 七緒、すごいよー!」

 観客たちの歓声の中、感極まった私の声は、思ったよりも響いた。

 それは会場の真ん中で、勝利のあと凛々しい表情で道着を直していた彼にもばっちり届いたらしい。

「あ、七緒くんずっこけた」

 ドリフばりの綺麗な『こけ』だ。

 七緒がこっちを睨んでいる。

「あぁ、あとでキレられる……」

 だって嬉しくて、つい。

 前回は体調不良もあり発揮できなかった七緒の努力の結果が、こうして今日ばっちり出たのだ。

 これで嬉しくなかったら、私にとって世の幸せなんて全部幻だ。

 

 試合後、出入り口の側で、ぞろぞろと体育館を後にする我が校の柔道部の面々と会うことができた。

「七緒、お疲れ様」

「おー」

 私たちに気付き、ひらっと手を振る七緒。

「心都、栗原、来てくれてありがとうな」

「いーえ。面白かったわ」

 美里がにこりと微笑む。

 やべぇ栗原さんが見に来てたのかよ、と柔道部員たちが一気に色めきだした。

 美里は美里で、浮つく部員たちにとびきりの笑顔で手を振ったりしている。さすが校内一の美少女、慣れたものだ。

 私はあらためて七緒に向き直った。

「おめでとう、七緒。勝っちゃったね」

「へへ、さんきゅ」

 七緒が嬉しそうに頭をかく。

「すごかったよ。私、感激した」

「……感激ついでにあんなに叫ばれるとは思わなかったけど」

 少しげんなりと七緒。

 それでも、思っていたよりは怒っていない──のかな。

「ごめん、ごめん。なんか七緒があまりにもかっこよくてさ」

「なんだよ、それ」

 呆れたように七緒が言う。いつもみたいな冗談の延長で、私が茶化していると受け取ったらしい。

 だけど、それは誤解だ。冗談なんかじゃない。

「本当だって。もうね、震えちゃったよ私! わなわなと!」

 私は思わず七緒の肩をぐわしと掴んで、力説した。

「本当に本当に、かっこよかった! 七緒は、すごいよ!」

 こうして肩を掴んで近くで見合うとあらためて、あ、やっぱりこの人背が伸びたんだな、と実感する。

 今になって思えば、どうして制服のせいなんかにできたのだろう。

 15年間ほとんど同じ高さだったはずの目線が、僅かに離れた。

 この差は、思っていた以上に大きい。

 私がそんな場違いな認識をしている間、七緒は少し驚いたような顔でこちらを見ていた。

 が、やがて、

「……な、なんだよ、急に」

 パッと視線を逸らすと、肩に置かれた私の手を振り払った。

 七緒の顔が、少し赤い。

 ──あれ?

「……七緒、ちょっと本気で照れてる? マジ照れってやつ?」

「てっ……照れてねーよ! わけわかんねーこと言うなよ、馬鹿、阿呆、馬鹿」

 うわ。口、悪っ。馬鹿って2回言ったし。

「……」

 まじまじと七緒の顔を眺める。

 私は今、ツチノコやネッシー並みに、とんでもなく珍しいものを見ているのかもしれない。



 七緒がこんなにわかりやすく照れるなんて!



「ぷっ」

「なに笑ってんだよ」

 今までの七緒は、私との間に何があっても、どんなにからかわれても、まっとうに赤くなって照れることなんてなかったように思える。

 いつも勝手に照れたり動揺したりするのは私の役目だったのだ。

 それが今は、可愛らしく頬を染め、意味もなくジャージの襟を直す七緒が、目の前にいる。

 この鈍感野郎も、私の言葉でちゃんと照れたりするんだ。

 なんだか嬉しい以上に、すごくおかしい。

「あー、愉快愉快」

「何が愉快だよ、ニヤニヤすんな。っていうか、頼むからそれ外してくれ」

 もう耐えきれないといったふうの七緒が、つけっぱなしになっている私の額の鉢巻きを指さす。

「あぁ、忘れてた」

「忘れてた!? ってことは俺が言わなきゃ家までそのまま帰ったってことか!? 勝利鉢巻きのまま!?」

 恐ろしい奴、と今度は青ざめた顔で七緒が言う。

「こんなんもありますけど」

 私がスパンコールぎらぎらの必勝うちわを取り出すと、七緒は2、3歩後ずさった。

「うわ、こんなうちわとか実際に作っちゃう人初めて見た」

「ちょっとちょっと、引かないでよ」

「別に引いちゃいないけど……よく作るなぁと思って。結構手間かかってんだろ、これ」

「そんなことないよ。本当は旗とか太鼓とか銅鑼も欲しかったくらいだし」

 恐らくそれらを使って応援される自分の姿を想像したのだろう、七緒の目が急に虚ろになる。

「…………俺、もう心都を試合に呼ばないかも」

「え!? いや今の軽い冗談なんだけど! ジョーク、ジョーク!」

 本当は、半分くらい本気だった。だけど七緒がそこまで拒絶反応を示すなら大人しくやめておこう。


 今日はあんなに「珍しいもの」を見せてもらえたんだから。

 それだけでもう、お腹いっぱいだ。












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