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1<桜並木と、ルートの5>

 暖かい風が頬を撫でる。

 桜の花びらが目の前を舞い、それがあまりにも綺麗で、私は歩みを止めた。

 通学路の桜並木は満開だった。

 きっと今が1番の見頃、あと2、3日もすれば緑がちらほら混じり始め、あっという間に葉桜となるのだろう。出来ることなら、綺麗に咲いているうちにゆっくりと見ておきたい。

 しかし残念ながら今は、ここに留まってしみじみ情緒を感じている暇はない。新学期早々遅刻だなんて間抜けすぎる。

 私は学校へと急いだ。







 校門をくぐり校舎前へ進むと、そこは多くの生徒でごったがえしていた。

 毎年お馴染みの光景だ。

 ここには大きな掲示板があり、4月最初の登校日──つまり今日は、新しいクラス編成が貼り出されているのだ。

「心都、おはよう」

 人混みの中から奇跡的に私を見つけてくれたらしい美里が、小走りでやって来た。

「おはよ、美里」

「私たちまた同じ2組よ」

「えっ、本当に? 良かったー!」

 思わずきゃあきゃあ歓喜の声をあげ、美里と手を取り合う。

 彼女とは1年生のときも同じクラスだったから、これで中学3年間一緒ということになる。1番の親友と卒業まで一度もクラスが離れないなんて、こんな幸運は滅多にないだろう。

 喜びを噛み締める私たちの間を裂くように、すぐ傍でやかましい声があがった。

「もちろん俺も一緒だぜ!」

 確認するまでもない、年中無休のお祭り男・田辺は色黒の笑顔を美里に向けた。

「2年間も栗原と同じクラスなんて、これはもうステファニーとしか言いようがねーな!」

「……」

 恐らくだけど彼は、ディスティニー、運命と言いたかったのだろう。あぁダサい、ダサすぎるよ田辺。かっこつけて横文字を使うからこういうことになるのだ。

 しかし自分の間違いに全く気付く様子もなく、田辺は笑顔を振りまく。

 そんな彼を無表情にチラリと見やった美里は、再び私に視線を戻し、

「まぁ、うちの学年2クラスしかないから確率50パーセントだしね。やっぱり少子化の影響って大きいわよねー」

 さも現代日本を憂えているかのように眉をひそめる。完全に無視されてしまった田辺は、そのまま固まった。

 この2人の間にほんの僅かでも愛が生まれるのは、一体いつになるのだろうか。

 めげるなよ田辺、とエールを送った後、私は掲示板のほうに目を向けた。クラス発表を見るために留まる生徒、更にその結果を喜んだり悲しみ合ったりする生徒がそこら中に溢れ、相変わらずの大混雑状態。

この距離だと掲示板の文字は見えないし、かといって近付くこともできない。

 私はどうしようもなくそわそわしていた。先程からあることが気になっているせいだ。

 そんな私を見かねたのだろうか、美里が耳元で囁いた。

「七緒くん、2組」

「ほ、本当?」

「うん。さっきばっちりチェックしてきてあげたわよ」

「ありがとう美里。……そっか、七緒ともまた同じか……」

 ふつふつと嬉しさがこみ上げる。いくら家がご近所の幼馴染みでも、やっぱりクラスが別れてしまっては、一緒にいられる時間が大きく減るのだ。

 あぁ、今日ばっかりは少子化に感謝。

「ところでその七緒くんは? 全く姿が見えないけど」

 と、辺りを見回しながら美里が言った。私もブレザーの内ポケットから携帯電話を取り出し、時間を確認する。

「遅いね。あと5分で遅刻になっちゃうよ」

 基本的に七緒は部活の朝練がある日以外遅刻ぎりぎりだ。とはいえ、新年度の初日くらいは余裕を持って登校するのが学生のあるべき姿だろう。

「ねぇ心都、そのストラップ何?」

 私の白い携帯電話には今、真新しいストラップが1つぶら下がっている。

「あ、これ? 富士山くんストラップ」

「富士山くん……」

 それはにこにこ笑顔の富士山に手足が生えているという、10代女子の持ち物としてはなんとも微妙なセンスのものだ。ちなみに背中(?)の部分には明朝体の黒文字で「富士山麓にオウム鳴く」と書かれている。

「これ、春休み中に七緒からもらったの。ホワイトデーのお返しだって」

「斬新ね」

 美里が少しの哀れみを込めた目で、私とストラップを交互に見る。

「柔道部の合宿で富士山の近くに泊まったんだって。このストラップと、あと定番の『○○に行ってきました』的なパッケージのバニラクッキーもらったよ」

「それってお返しっていうより、おみやげ……」

「言わないで美里。いいの、わかってるから……」

 心底不憫そうな顔の彼女を、右手で制する。

 そもそも私はあの七緒が女子のツボを的確につくような可愛くてこじゃれたプレゼントをしてくれるなんて、1ミリも期待していなかった。それどころか、お返しすらもらえないんじゃないかと若干考えていたくらいだ(だって私が渡したチョコレートは無惨に潰れていたし、おまけに彼はそれを本命からのお下がりだと勘違いしているのだ)。

 だからこれは、私の初めてのホワイトデーの、じゅうぶんすぎるくらいの結果だった。

 それにこの富士山くん。七緒からのお返しだと思って四六時中眺めていたら、不思議と愛着が湧いてきた。今では結構お気に入りだ。

「おかげでルートもばっちり覚えられたし!」

「まぁ心都が幸せならいいけど」

「ほら。よく見ると結構可愛い顔してんだよ、富士山くん……」

 私はうっとりとストラップを見つめた。しかし、

「またニヤニヤしてる。好きな人からのプレゼントを眺めるときくらい可愛らしく微笑みなさい。正直、今の心都の顔より富士山くんのほうがだいぶ可愛いわ」

 意に反して、美里からのお叱りを受けてしまった。

 ううむ。今の私、自分の中の計画では結構な「恋する乙女っぽい」佇まいになるはずだったのに、な。

 いまいち腑に落ちず、私が首を傾げたそのとき、慌ただしい足音と共に七緒がやって来た。

「セ、セーフ……」

 恐らく家から走ってきたのだろう、七緒は乱れた呼吸を整え、呟いた。

「相変わらず朝練ないと朝が弱いね、七緒」

「低血圧なんだよ」

 そう言いながら、暑そうにネクタイをゆるめる。なんだか久しぶりに七緒のちゃんとした制服姿を見た気がする。3学期中、朝も昼も放課後もほぼ欠かさず部室で汗を流していた彼は、ジャージで過ごすことが多かったのだ。だから今日の七緒は、本来ならこれが男子中学生の正しい姿であるにも関わらず、私には少し新鮮に見えた。

 美里による無視のダメージからようやく立ち直ったらしい田辺が七緒の肩を叩いた。

「よっ、東! また同じクラスだぜ。俺も栗原も杉崎も」

「あ、そうなんだ」

 そのあまりにも薄すぎる七緒のリアクションに、私はちょっとがっかりしかけて──思い直して、止めた。

 こんなの至極当然の反応じゃないか。もし七緒が「また心都と同じクラス!? きゃー嬉しいっ!」なんて言ってくれたとしても、それはそれでなんだかすごく嫌だし。

「あと、2年のときも同じだった奴だと、藤川とか新井とか平野とかー」

「おっ、マジで? なんか賑やかそうなクラスだなー」

 だからこのように、彼が2組の友人男子たちの顔ぶれを知ったときのほうが嬉しそうなのも、当たり前のことだ。

 ……けど、まぁ、正直言うと。今の半分の笑顔でもいいから、私と同じクラスだということに対して向けてくれないかなぁというのが本音だ。

 そんな私のないものねだりが、どうやら顔に表れていたらしい。

 七緒が私をじっと見て、不思議そうに訊ねた。

「……心都、なんでちょっとしゃくれてんの?」

 心外だった。

 せめて「むくれてる」とか言ってほしい。

「……そんなつもりはなかったんだけど」

「猪木の物真似は公の場ではやめとけって言ったじゃん」

「いや、だからそんなつもりじゃ……」

「けっこう引くレベルで似てるんだから、これからは本当に心を許した人の前以外ではやんないほうがいいぞ」

「聞けよ」












 今日から中学3年生。


 といっても、急に大人になれるわけでも、心に余裕が生まれるわけでもなく。

 私は今まで通り、七緒の何気ない言動にドキドキしたりニヤニヤしたり、はたまたしゃくれてしまったりしている。

 なんとしても卒業までにはこの状況を変えたい──いや、変えなきゃ駄目だ。


 春の麗らかな陽気の中、そんな切迫感にも似た強い思いが、私の胸に湧き上がっていた。












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