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7<瓶詰めキャンディと、疾走>

 黒岩は七緒からのプレゼントを両手で抱きしめ、言った。というか、ほとんど絶叫した。

「きゃー、ありがとう! 東くんにプレゼントもらえるなんて、感っっ激!」

 そんなに喜ばれるなんて予想外だった。

 何を贈るべきなのか見当がつかず、結局ホワイトデーの定番ともいえる小さなキャンディの詰め合わせをチョイスするという無難ぶり。加えて、そのパッとしないプレゼントに「誕生日祝い」「ホワイトデー」「合格祝い」という3つの意味を込めるセコさ。

 いくらしがない中学生とはいえ、それらのことに七緒は若干の負い目を感じていた。

 しかし目の前の黒岩は早速袋を開封し、嬉しそうに中身を眺めている。七緒は心底安心した。

「わぁー、可愛いキャンディ! 今1つ食べていい?」

「あ、はい。どーぞ」

 黒岩は瓶に入った色とりどりのキャンディから、黄色い包み紙のものを選んだ。そして中身を取り出し、口に含み、

「おいしー。東くん、ありがとね!」

 満面の笑みで言う。

 その一連の動作を見て、七緒はふと思いついたことを訊ねた。

「先輩、レモンが好きなんですか?」

「どうして?」

「昼飯食べたカフェでもここでもレモンティーだったし、今もわざわざ瓶の底のほうからレモン味のを選んでたから」

 黒岩は肩の下で柔らかくウェーブした髪を撫で、頷いた。

「よくわかったねー。そうなの、あたし昔っからレモン味のものが好きなんだよね。可愛く苺とかさくらんぼとか言いたいんだけど、レモン系の商品があるとどうしてもそっちいっちゃうからさー」

「へぇ。でも、俺もレモンは好きです。一時期毎日のようにレモンの砂糖漬け作ってたら、洗脳みたいな感じで好きになったっていうか……」

「砂糖漬け?」

「はい。うちの柔道部はマネージャーいないんで、くじ引きで当たりを引いた俺が冬休み中の差し入れ係になっちゃって。それで練習毎にレモンの砂糖漬けを持ってく羽目になったんです」

「東くんが、差し入れに、レモンの砂糖漬け……」

 黒岩はしばらく宙に視線をやり、顎に手を当て、何やらじっと考えていた。そして、

「かーわーいーいー!」

 突如、叫んだ。

 どうやら先ほどまでの沈黙は、七緒のマネージャーもどきの姿を想像していたらしい。

「やばい! 超可愛い! 超似合う!」

「……やばくもないし可愛くもないし、似合いもしません」

 とても暗い声で、しかしきっぱりと七緒は言う。

 心外だった。自分は男であり、バリバリの柔道部員であり、レモンの砂糖漬けが似合うはずがない。

 黒岩はそんな七緒の様子を見て、ますますウフフと微笑んだ。

「でも、東くん意外と料理とかできるんだねー。砂糖漬けっていっても、ある程度はコツがいるでしょ」

「あー……それは、心都に教わったんで」

 唐突に出てきたその名前に、黒岩の眉がわずかにぴくりと動いた、ような気がした。

「あぁ、あの子……料理部なんだっけ」

「はい」

「ふぅーん……」

 と、どことなく不機嫌そうな表情の黒岩。

 ──あれ? この2人、仲悪かったんだっけ?

 七緒は不思議に思い、首を傾げた。

 確かに裏庭への呼び出しだの口喧嘩だの色々なゴタゴタはあったが、1対1のいわゆる「タイマン」を経て、結局は和解に至ったはずだ。

 しかし、七緒が心都の名前を出した途端、黒岩はまるで因縁の仇敵に向けるかのような形相を浮かべ、レモンティーを一気に飲み干した。

「……」

 なんだかよくわからないが、心都も敵が多い奴だなぁ。禄朗ともなぜかしょっちゅう喧嘩しているし。みんな穏やかじゃなくて、まったく困ったものだ。

 七緒は、しみじみと溜め息を吐きかけ──いや、と思い直す。

 喧嘩といえば、今は自分も偉そうなことは言えない。昨日は久しぶりに心都と小学生のような言い争いをしてしまったのだから。

 一晩立った今も、七緒は全く理解できなかった。なぜあの幼馴染みはあんなにピリピリしていたのだろうか。なぜ自分はあんなにブチ切れられたのだろうか。

 そもそも昨日は、心都の忘れ物を届けに杉崎家に寄ったのがきっかけだった。それは完全なる親切心だ。感謝されるならともかく、なにゆえ、あのようにやれ馬鹿だの鈍感だの罵られ、変質者に遭う心配をされ、しまいには「帰れ」と庭を追い出されなくてはならなかったのだろうか。

 全くもって腑に落ちない。

「東くん、どうしたの?」

 はたと我に返ると、向かいの黒岩がこちらを覗き込んでいた。

「眉間にしわ寄ってるよ」

「あ……すいません」

 慌てて表情を元に戻す。

 駄目だ。

 今日はこの卒業を控えた先輩とパーッと楽しく遊ぶための日なのだ。過ぎたことを引きずってもやもやすべきではない。

「なんか考え事?」

 黒岩が、七緒の目をじっと見つめながら言う。

 その表情は、純粋に疑問を持って訊ねているというよりも、明確な目的があって発言しているような、どこか挑戦的なものだった。七緒は思わず、少し怯んだ。

「……いや、大したことじゃないんです。実は昨日心都と喧嘩して結構派手に言い合ったんで、ちょっと思い出してムカムカしてただけです」

「喧嘩したの? どうして?」

「さぁ……よくわかんないんですけど。なんか心都の奴、昨日は虫の居所が悪かったみたいで」

 ふーん、と表情を変えずに黒岩が相槌を打つ。

 なんとなく場の空気が変わったことを察した七緒は、やはりこの人の前で心都の名前を出すのは良くないみたいだ、と再び感じた。

 話題を変えた方がいいよな。そう思った七緒は何か違うトークテーマを模索したが、その発見を待たずして、意外にも積極的に会話を掘り下げてきたのは黒岩のほうだった。

「あの子はさー、今日あたしと東くんが一緒に遊んでること知ってるんだよね?」

 七緒はこくりと頷く。

 それを見た黒岩は、今度こそ本当に挑むような表情で七緒に訊ねた。

「ねぇ、東くんって、あの子のことどう思ってるの?」

「え?」

 唐突な展開に、七緒は固まった。

「眉間のしわもそうだし、さっきからずっと、なんかもやもやした顔してるよ。そんなに昨日の喧嘩を引きずってるの? あの子のこと気になるの?」

 畳み掛けるように黒岩が質問を浴びせる。

 七緒は完全に押され、椅子に座りながらも数歩後ずさった。

「あの子ってどんな存在なの?」

「どんな存在って……」

 黒岩の目は鋭く輝き、例えるならまるで獲物を捕らえる狩人のようだ。何か答えなければこのまま取って食われそうな勢いだった。

「そりゃあ……」

 と、七緒が口ごもる。

 その時、隣のテーブルに、小学生とおぼしき少年2人組が賑やかに着席した。

 それぞれジュースの紙コップを片手に、男児特有のけたたましい声で会話を繰り広げる。

「今日うちのかーちゃん変な大会に行ってんだー。なんかひたすら玉ねぎを刻みまくるんだって」

「なんだよそれ、変なの」

「通ってる料理教室の先生に、人が集まらないから出てくれって頼まれたんだってさ」

「だっせーじゃん」

「きっと今頃商店街の端っこで玉ねぎ刻んでるよ」

「ぎゃはははは」

 その聞き覚えがありすぎるシュールな競技内容に、七緒は動きを止めた。

 頭の中でいくつかの場面が、浮かんでは消え、また浮かんで、繋がる。


 ──心都がエントリーすると燃えていた、玉ねぎみじん切り大会。

 ──その直後、誘いに来た黒岩。

 ──あっさり取り消された参加表明。

 ──昨日、杉崎家で見た奇妙な心都のゴーグル。絆創膏だらけの左手。

 ──やたらピリピリしていた幼馴染み。


「あー!」

 全ての事柄が繋がった七緒は思わず立ち上がり、手を打って叫んだ。

「なんだよ、あの嘘つき!」

「ど、どうしたの東くん」

 突然ハイになった七緒に、黒岩が戸惑いの目線を向ける。

 きっ、と七緒はその目線をまっすぐに受け止め、見つめ返す。

「先輩、ちょっと行きたいところがあるんですけど! いいですか?」

「え? うん、ようやく思いついた東くんの行きたいところなら、もちろん……」

 黒岩が全て言い終わる前に、七緒は右手に彼女の手を掴み、左手に全ての荷物を抱え、走り出した。

「えぇ? ちょっと……」

「すいません、走ります!」

 ファーストフード店を飛び出し、繁華街を抜け、ショッピングモールを通り過ぎ、手を繋いだまま2人は全力疾走する。

 その光景はなかなか異様であるらしく、道行く人々はすれ違うたび驚いた顔で凝視した。

「東くん、どこに行くのか知らないけど、とりあえずさっきの質問。まだ答えてもらってないんだけど」

 手を繋ぎ走りながら、黒岩が言う。

「さっきのって……」

「あの子は東くんにとって、何?」


 黒岩の少し前を行く七緒は、速度を緩め、振り返った。
















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