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2<デートと、ダイブ>

「……でえと?」

 まさに目が点、といった表情で七緒が言う。

 対する黒岩先輩は、うきうきと頷いた。

「ほらー、ホワイトデーの頃にはあたしもう卒業しちゃってるじゃない? だから、その代わりと言っちゃ何だけど1日限定でもデートに付き合ってほしいなーなんて思ってて。しかも実は、来週の土曜日ってあたしの誕生日なんだよねー。だからその日に2人で楽しくデートしない? ねっ? ねっ!」

 これだけの長台詞を一気に言ってのけると、黒岩先輩は輝く瞳で七緒を見つめた。

「あー……そっか、来月にはもう卒業式なんですよね」

 なんだか七緒がちょっとしんみりしている。同じく私も時の速さを実感し、物思いに耽りたいような気分になって……間一髪、はたと我に返った。

「ちょっと待った。先輩、受験生ですよね。のん気にデートなんかしてていいんですか?」

 私の問いに、黒岩先輩はふんと鼻を鳴らした。

「とっくに推薦で合格決めてるっつーの。こう見えてあたし成績はいいんだから」

「へー! おめでとうございます」

「おめでとーございます」

 私たちは祝福と尊敬を込めた拍手を贈った。

 黒岩先輩は満足そうにかかかと笑い、再び七緒に迫る。

「だから、東くん、デート! デートしよう! あたしと!」

 七緒は至近距離の先輩の目を臆することなく見返し、

「あ、はい了解です」

「!」

 あっさり、かよ!

 七緒の返事のあまりの軽さに、私はもちろん、黒岩先輩までもが拍子抜けしてその場につんのめった。

 七緒は1%の照れも戸惑いもない、なんとも晴れ晴れとした表情をしていた。……こいつ、デートするという意味をわかっているのだろうか。

「運良く来週の土曜は部活がテスト前で休みなんです。俺でよければ、卒業前にパーッと楽しい思い出作りましょう」

 まるで『良い後輩』のサンプルとして提出できそうな笑顔と言葉と、爽やかさ。やはり、七緒はデートの意味を全くといっていいほど深く考えていない。

 恐らく、自分の役割はさしずめ『思い出作り要員』だとでも思い込んでいるのだろう。なんだろう、この信じられない鈍感具合。もはやビョーキか?

「……うーん」

 黒岩先輩もその違和感に若干気付いているようではあるけど、それでも僅かな葛藤の後、デートの約束を取り付けた嬉しさのほうが上回ったらしい。

「……ま、いっか! 超嬉しい! じゃあ東くん、来週の土曜日、朝10時に駅前で待ち合わせね」

 ぽん、と七緒の肩に手を置くと、黒岩先輩は私に視線を向けた。

 ほんの数秒間、無言であったはずなのに、その勝ち誇った目は明らかに私にこう言っていた。

 ──悪いわね、小娘。

「くっ……」

 私は拳を握りしめた。

 七緒(鈍感、無防備、美少女顔)と黒岩先輩(強引、過激、ボンキュッボーン)がデートだなんて、不安だ、怖い、嫌だ──けれど、私は七緒のただの幼馴染みであって、この肩書きには2人のデートを邪魔する効力はない。

 不幸中の幸いというべきか、当の七緒は今回の「デート」が持つ甘くふわふわした意味をよく理解していないらしい。

 あぁ、何も起きないといいのだけど。



 しかし私の願いも虚しく、悪い出来事は更に重なるのだった。






















「え! 七緒くんのデートと、心都の変な大会が同じ日?」

 受話器の向こうで美里が叫んだ。

 変な大会って、真剣勝負の玉ねぎみじん切り大会に対して、ちょっと聞き捨てならない。

 しかし私が文句を言う前に、更に美里の悔しそうな声が耳に飛び込んできた。

「あぁもう、何よそれ。怪しげな大会とはいえせっかく七緒くんが心都の応援に来てくれるっていう、2人の距離が縮まりそうなラブチャンスだったのにー。しかもそれじゃあデートの尾行もできないじゃない」

「美里美里、怪しげな大会じゃないから。しかもラブチャンスって、なんか田辺みたいなワードチョイスになっちゃってるから。あと日付重なってなくても尾行するつもりなんてないから」

 ひと通り訂正を終え、私はあらためてがっくりと肩を落とした。

 そう。本日帰り道、再び掲示板の貼り紙を確認したところ、玉ねぎみじん切り大会の実施日は来週の土曜日、まさに七緒黒岩ご両人のデートの日と丸被りであることが判明したのだ。

 私は自分のあまりの運の悪さに30分ほどその場で呆然と立ち尽くした後、なんとかふらふら家まで辿り着いた。そして今、こうして自室で美里に電話をかけている。彼女にささやかなお願い事をするためだ。

「で、どうするのよ。七緒くんに言うの? 『同じ日なんだけど! 私と先輩どっちを取るのよ!』って」

「いやいや、まさか」

 そんな強気な態度はとてもじゃないけど無理だ。大体、これはきちんと大会の日程を控えていなかった私の落ち度なのだ。

 私は背中からベッドにダイブした。ボフッという鈍い音と共に、埃っぽい空気が舞う。

「もともとその日に先に約束取り付けたのは先輩だし……きっと七緒もすっきりした気分で過ごせないと思うんだよね。だから言わないことにしたよ」

「いいの?」

「うん、いーのいーの。七緒には、エントリーするのやめたーとか適当に言っとくよ。だから美里、お願いなんだけど……奴が側にいるときに大会の話はしないようにしてほしいんです……気ィ使わせて悪いけど」

 幸い、大会のことはまだ美里と七緒にしか話していない。美里にだけ口止めをお願いしておけば、私の大会参加が彼にバレることはないだろう。

 それは構わないんだけど、と美里は珍しく遠慮がちな口調で続ける。

「ねぇ、本当にいいの? 正直に話して、デートの日をずらしてもらえば? そりゃ黒岩先輩には睨まれるだろうけど、何もその日じゃなくてもいいじゃない」

「……黒岩先輩、誕生日なんだって。しかももうすぐ卒業だし。中学最後の特別な日だから、やっぱり好きな人と一緒にいたいんだよね」

 片思い歴が長い私だからこそ、そういう恋する気持ちは痛いくらいわかってしまう。

 それに、「デートしよう」とあんなにも堂々と言える黒岩先輩が私は少し羨ましく、また悔しいけれど密かに尊敬もしていた。

 そうやってまっすぐに自分の気持ちをぶつけている時点で、「その日」を巡る戦いは、もう先輩の勝ちなのだ。

「それにその分、美里が応援してくれるでしょ?」

 私が言うと、受話器の向こうで美里が小さく笑うのが聞こえた。

「そうね。あんなにぐじぐじ悩んでた心都が初めて見つけた、夢中になれるかもしれないことだもんね。しょうがないから私が七緒くんの分まで声援を送ってあげるわよ」

「ありがとう」

 電話を切った後も、私はしばらくベッドでごろごろしていた。

 窓の外に目をやると、朝からの雪が未だに降り続け、町を白く染めている。

 あらためてすごい降雪量だ。間違いなく、しばらくはこの地域の観測史上に残るだろう。

「……まさか本当に私のせいだったりして」

 思わず1人呟いた冗談を、今度はなぜか笑い飛ばせなかった。




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