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4<火花と、青春のよろめき>

 3年生3人組は、禄朗の強烈すぎる言葉の暴力を食らい、蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。

 もちろん「うざい!」「キモい!」「ありえない!」という憎しみたっぷりの捨て台詞付きだったけれど。

 廊下に残されたのは、鼻息の荒い禄朗と、呆気にとられた七緒、そしてなんとなく教室に入るタイミングを失った私。

「七緒先輩、大丈夫っスか!」

 禄朗が七緒の肩を掴みガクガクと揺すった。

「う、うん。禄朗、助けてくれたのは非常に有り難いんだけど、お前そんなんじゃいつか刺されるぞ……」

 私もさっき全く同じ感想を持った。まるで歩く暴言生産マシーンのような彼がもしも明日殺されたとしても、動機を持つ人間が多くて容疑者を絞るのは大変だろう。

 しかしそんなことは微塵も気にしていない様子の禄朗、どうやら七緒の感謝の言葉だけをピックアップして受け取ったらしい。

「これくらいお安いご用っスよ! あいつらまるで小うさぎを狙う飢えたハイエナみたいな目をしてたっスから! ……しかも! こいつは見て見ぬ振りで助けようともしないし!」

 と、禄朗が私に人差し指を突きつけた。

「このボサボサ女、最低な薄情者っスよ!」

「こ、この髪は体育のあとだからちょっと乱れてるだけ! 普段はちゃんとしてるから!」

「は! どーだか」

「くっ、ムカつく! このツンツン馬鹿頭!」

「はいストップ、ストップ」

 火花を散らす私たちの間に、七緒が割って入る。その表情は明らかにぐったりしていた。

 あぁ、いけない。ここで禄朗の挑発に乗るなんて大人気ない、可愛気ない、常識ない。私は咳払いして笑顔を作った。

「うふ。ねぇ禄朗くん、何か用があってここまで来たんでしょう」

「あ、そうそう、七緒先輩に言いたいことがあって。ボサボサと話してる暇はねぇよ。あとどうでもいいけどその顔と喋り方気持ちわりーぞ」

 私は拳を握りしめた。やっぱりこいつは敵だ。

 禄朗がおもむろに七緒に向き直る。

「先輩! 来週の14日は、お腹空かせて学校来てくださいっ!」

「え?」

 怪訝そうな七緒に対し、禄朗は笑顔全開だ。14日ということは、もちろん彼が言うのはバレンタインの話だろう。

 正直、この事態は予想していた。七緒先輩ラブな禄朗が、瞳にバラを咲かせてしまう乙女な禄朗が、こんな行事をスルーするはずがないのだ。

「俺、料理はしたことないっスけど、頑張って美味しいミルフィーユ作るっス! 14日の昼休みにお届けするんで楽しみに待っててください!」

 バレンタインにミルフィーユだなんて、ずいぶん思い切った選択をしたものだ。確かにいつだったか、禄朗と七緒がミルフィーユ談義で盛り上がっていたような記憶もあるけど。

「んじゃっ、それだけ言いに来たんス! 失礼しまっス!」

 それだけ宣言すると、禄朗は風のように去っていった。

「なんだったんだ今の……」

 七緒はわけがわからなさそうに、禄朗が消えた方向を見つめた。

「直訳すると『バレンタインは俺の愛をドーンとぶつけるっス! 覚悟しといてほしいっス!』だろうね」

「え!?」

 私の答えに、七緒は驚いて目をむいた。

「愛って、そんなまさか」

「モテる男はつらいねぇ」

「何言ってんだよ」

 私は少しの同情を込めて、七緒の肩を軽く叩いた。そしてその時になって初めて、彼が柔道着を肩に掛けていることに気付いた。

「もしかしてこれから昼練?」

「うん。部室行こうとして廊下出たら、さっきの人たちに捕まったから」

「ご飯は?」

「5分で済ませた」

 なんという俊敏さだろう。朝と放課後に加えて昼まで部活だなんて、よほどの情熱がなければできることではない。そういえばここ最近昼休みに七緒の姿が見えなかった気がするのは、練習に打ち込んでいたからか。

「そっかー……大変だね」

 私が七緒の顔をまじまじと見つめると、彼は飄々と言った。

「いや別に。好きでやってることだから苦じゃないし、大会も近いし。……それにこの頃、ようやく柔道の本当の楽しさが少しだけわかってきた気がするっていうかさー」

 七緒の顔が輝き出す。

「うまいこと言えないけど、最近部活がすっげー楽しいんだ」

「……うっ」

 どうしよう、七緒が眩しい。眩しすぎる。

 一生懸命な彼の笑顔はどうしてこんなに素敵なんだろう。私は思わず両手で目を覆い、よろめいた。

「心都? なんだよ、ドライアイか?」

「いや、なんかやけに輝いてるから……」

「は?」

 いまいちピンとこない様子の七緒。

「……ううん、なんでもない。昼練頑張ってね」

「おー」

 そう言って歩き出す七緒の肩で、使い古された柔道着が揺れている。そこにしがみつくように括り付けられているのは、私がクリスマスにあげた手作りの柔道着型のお守りだ。もちろん着るときは外すんだろうけど、七緒はあの日以来、このちゃちな手作りプレゼントを律儀に持ち歩いてくれている。

 私は七緒の後ろ姿を見送りながら、なんだかくすぐったいような気持ちを噛みしめた。

「それにしてもキラキラしてるなー……あいつ」

 七緒が楽しそうで嬉しいのはもちろんだけど、実は少し羨ましかったりもする。私もあんなふうに何かに打ち込んだりしたいな……なんて思う。

 私が夢中になれるものって、一体なんなのだろうか。








「そりゃあ七緒くんでしょ」

 美里があまりにもハッキリと言うものだから、私は喉に卵焼きを詰まらせてしまった。

「ぐ……っげほ」

「やだ、何むせてるのよ」

 お上品にお弁当を食べながら美里が笑った。

 私も何かに夢中になれるかなぁという質問に対して間髪入れずにこう答えられたら、むせても当然だろう。なんとか卵焼きを飲み下し、目の前の美里を見据える。

「……美里ぉ、私は真面目に相談してるのに!」

「私だって真面目に答えてるわよ」

 そう言う美里の表情は間違いなく真剣だ。

「心都が今一番情熱を注いでるのは七緒くんへの片思いじゃない」

「うーん……」

 確かに美里は間違ったことは言っていない。言っていない、けれど。

「……なんかそれ、男のことしか頭にないパッパラパーな女みたいで、やだ……」

 ぷっと美里が吹き出した。

「心都、どうしたのよ急に」

 自分でもおかしいと思う。でも、私は少し焦り始めていた。

「いや、なんか最近、真剣に柔道に取り組んでる七緒がやけに輝いて見えてさ……私はこんなんでいいのかなって」

 目標や趣味や取り柄や生きがいも特にない。ないない尽くしの平凡すぎる私はこのまま貴重な青春時代を消費していくのだろうか。考えたら少し頭がくらくらしてきた。

「ねぇ、ちょっと考えすぎじゃない? この歳でそんなに打ち込めるものが見つかる人ってそうそういないわよ。心都らしくゆっくり見つけてけばいいじゃない」

 ね、と美里が私の肩に手を置く。こういうときの彼女はまるで姉のように温かく頼もしい。

「ありがとう……ごめんね、取り乱して」

「いーえ」

 どうやら私、七緒の眩しすぎる笑顔に少しあてられてしまったようだ。まったく、あの美少女顔の鈍感野郎には変な影響力があって困る。

「あ、土曜に七緒の大会応援に行くんだけど、美里も行かない?」

「うん、行こうかな。七緒くんが柔道やってるところって見たことないし、なーんか想像できないのよね」

「じゃあぜひ見たほうがいいよ! 結構かっこいいからさ! 行こ行こ!」

 意気込んで立ち上がりながら言うと、勢い余って椅子を倒してしまった。

 美里が呆れたように言う。

「ほら、やっぱり首ったけ」


 ――穴があったら入りたい。






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