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3<真昼の尋問と、動乱>

 私がバレンタインという乙女な行事に参加の意を表したことで1番喜んだのは、美里だった。

「バレンタインにチョコレートだなんて、心都もようやく普通の恋する女の子って感じになってきたわねぇ……」

 4時間目の体育が終わり、グラウンドから戻る途中、美里はしみじみと言った。

 普通の恋する女の子の以前はなんだと思われていたのだろう。嫌な予感がするから聞かないでおく。

「あの、美里。言っとくけど私、告白するわけじゃないよ」

「わかってるわよ。心都のことだから、どうせ好きのすの字も言えないで渡しちゃうんでしょ」

「うっ」

「で、七緒くんは七緒くんで、『心都がチョコくれるなんて珍しいなー。幼馴染みだからってそんな気ぃ使わなくていいのに』とか言っちゃうのよ」

「うううっ」

 やはり美里、長い間私の恋の行方を見守ってくれているだけあって、痛いところを突いてくる。

 可愛気のない私と、鈍感な七緒。こんな私たちだから、美里の言うそれはかなり実現の可能性が高い未来だ。

「……なんていうか、七緒が義理チョコだって思うんなら、それはそれでいいの。今の私はまだ告白なんてできるレベルじゃないし」

「へぇ」

「とにかく渡すだけでいっぱいいっぱいだもん。……でも私からは絶対、『義理チョコ』って言わないけど」

「なるほどー。多くは語らず嘘は吐かず、心を込めたチョコを渡すのが唯一の目標ってことね」

 さすが美里だ。私の言いたいことを上手くまとめてくれた。

「うん……やっぱり駄目かな? スローすぎるかな? もっとガンガン進むべきかな?」

 思わず美里にすがりつく私。昨日は華ちゃんのおかげで気合いを充電できたものの、やっぱりふとした瞬間に不安でたまらなくなってしまう。

 ――受け取ってもらえないかもしれない。

 ――また可愛くない言い方をして、喧嘩になってしまうかもしれない。

 ――義理チョコだと解釈されて、想像以上に傷つくかもしれない。

 ――そして万が一、普段は鈍感な彼が今回に限りこれは本命チョコだということに気付き、そして……ふられるかもしれない。

 いま少し考えただけでも、こんなにも様々なバッドエンドが頭をよぎって、雄叫びをあげたい衝動に駆られる。そんな私に、美里は諭すように言った。

「まぁ、心都らしいんじゃない。ゆっくりでも前進は前進でしょ。焦ってもいいことないわよ」

「……そうだよね」

 うじうじするのは好きじゃないのに、恋に関してだけはどうしてもネガティブになってしまうのだ。良くない、良くない。

 とりあえず頭を振って、悪い想像を追い払う。何か楽しい話がしたくて、私は話題を変えてみた。

「ねぇ、美里は? 田辺にチョコあげるの?」

「は?」

 綺麗な笑顔はそのまま、美里の声だけがぐっと低くなった。すごい迫力だ。

「どうして私が田辺くんにチョコを?」

「いや、最近仲良しだし……あげるのかと思って……」

「あげないわよ、ただのお友達だもの。確かに最近甘いものが食べたいナーとかわざとらしく言ってくるけど。コンビニで板チョコでも買えばって言ったら泣いてたけど」

「……そっか」

 やっぱり愛が生まれるまでの道のりは、長く険しいらしい。田辺の恋もきっと私に負けず劣らずのスローテンポだ。

 頑張れ、田辺。

 私も、頑張る。

「あ」

 もうすぐ更衣室というところで私は足を止めた。

「どうしたの心都」

「グラウンドにタオル忘れてきちゃった。美里、先に戻ってて!」

 了解と手を振る美里を残し、私はグラウンドまで走った。

 鉄棒の端に掛けっぱなしになっていたMyタオルを掴み、また校舎へと戻る。昼休み中ということで、廊下は賑やかな雰囲気だ。

 1階から2階へ上がる途中の踊場で、私は後ろから小さく肩を叩かれた。

 振り向くと、見知らぬ女生徒3人組が、なんとなく浮き足立った様子でそこにいた。3人とも長めの髪が綺麗。雰囲気からして後輩ではない気がするから、多分3年生だろう。

「2年の杉崎さんでしょ」

「はぁ、そうですけど」

 警戒心を隠しきれずにそう答えると、3人組はにこりと笑った。

「東くんと幼馴染みなんだよね?」

 私は首を縦に振る。

 ほらやっぱりこの子だよーと3人組が笑顔で小さく言葉を交わし合った。

 なんとなくわかってきた。たいそう女性からおモテになる七緒との仲も15年目に入ると、この手の質問には嫌でも慣れてしまう。恐らく次に続く言葉は――、

「ねぇねぇ、2人は付き合ってるの?」

 予想は的中した。

 普段から七緒の近くにいる機会が多い私は、このような誤解を受けることがたまにある。別にそれで何か危害を加えられたりするわけじゃないから、特に気にしてはいないのだけど。

「付き合ってないですよ」

「マジでー! あぁ良かったー」

 女の子たちの甲高い声が弾ける。耳の奥が少しキンとした。

「じゃ東くんフリーなんだ。バレンタイン渡せるじゃーん」

「ひと安心だわー」

「頑張んなきゃねー」

 3人それぞれが隣の者の肩を叩き笑い合う。どうやら全員が七緒ファンらしい。今に始まったことではないけど、私はこういう事態がある度にあらためて驚く。

 なんだあいつ、アイドルかよ。

「ねぇ東くんってどんなチョコが好きか知ってる?」

「いや、ちょっとそこまでは……」

 ついつい苦笑いで答える。

 七緒は甘いもの割と好きだし、なんでも食べてくれるんじゃないですか? とは言わない。なんとなく(性格が悪いのでしょうか、私)。

「そっかー。じゃあ本人に直接聞きに行っちゃおっか」

「だねー」

「杉崎さん、ありがとう。じゃあね」

 用事が全て済んだらしく、3人組はスキップでもしそうな勢いでその場から立ち去った。

 私はもう今更、七緒がモテていることくらいでは焦らない。

 ただ今日は、なんとなくいつもより疲れた。














 着替えを済ませて教室のほうへ向かうと、昼休みの廊下ではさっきの言葉通り、件の3人組に呼び出されたらしい七緒がきゃぴきゃぴの質問攻めにあっていた。

「東くん、うちら来週チョコあげるねー?」

「……はぁ、それはどうも……」

「東くんはどんなチョコが好きなの?」

「え、どんなって、別に特には……」

 明らかに困っている様子の七緒と、ばっちり目が合う。その視線はSOS信号を発していた。

 助けてあげたいのは山々だけど、残念ながら幼馴染みという肩書きには人様の恋路を邪魔する力はない。薄情かもしれないけど、黒岩先輩のキス未遂事件の時のように強引に何かされているわけじゃないし。私にはどうしようもない。

 ま、頑張れ。これも宿命だ。

 私は同じく目でそう伝えてフフンと笑うと、教室のドアに手をかけた。この薄情者ー! という七緒の心の叫びが聞こえてくるようだ。

 と、その時。

「おらおらおらー! どけブサイクども!」

 凄まじい大声が辺りに響いた。聞き覚えがある声だけど、間違いであってほしいなと私は思った。しかしブサイクどもって……ひどい、ひどすぎる。

 恐る恐る声のほうを向くと、

「七緒先輩が困ってんじゃねーか! 空気読めゴルァ!」

 やはりというべきか、進藤禄朗。七緒の前にドンと立ちはだかり3人組を蹴散らしていた。

 相変わらずの、限界まで重力に逆らったツンツンヘアーに、引きずりそうな丈の制服ズボン。目はナイフのように鋭いけど、その奥に七緒への一途な想いが燃えたぎっているのを、私は見た(そして、できれば見たくなかった)。

 突然の乱入者にブサイク扱いされてしまった彼女たちは、ハラワタが煮えくり返ったような表情を浮かべている。

「いやー! なんなのこいつ!」

「ありえない!」

「超うざーい!」

 当然といえば当然の反応だろう。3人は間違ってもブサイクではないし、「空気読め」なんて横暴でお馬鹿な彼にだけは言われたくない台詞だ。

 しかし、そんなことで引っ込む禄朗ではない。

「うっせぇ年増ババア! 散れや!」

 禄朗、あんた、いつか刺されるよ。

 私は呆れて、占い師のおばさんよろしく呟いた。

 だけど心の隅のそのまた隅で少しだけ、本当にほんの少ーしだけ、スカッとしている自分がいることもまた否定しがたい事実だった。

 やっぱり私、そこそこ性格が悪いのかもしれない。




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