13<この世の無情と、魔力>
「美里と田辺、仲良くなれてるかなー」
「さぁ」
「今日初めて思ったけどあの2人意外といいコンビな気がするんだよねー」
「へぇ」
「……ちょっとちょっと。反応薄くない?」
私が声を低くすると、隣の七緒は負けじと目を細めた。
「べっつにー。ただ、心都の変な芝居に巻き込まれて俺まで緑茶で腹下してることにされたなんて心外だなって」
「だからそれはごめんってば」
私たちは今、観覧車乗り場から程近い壁際で、列に並ぼうとするでもなく他のアトラクションに移動しようとするでもなく、手持ち無沙汰に突っ立っていた。
美里と田辺を乗せたゴンドラはまだ帰ってこない。この観覧車、見た感じだと一周するのに大体10分強。だとしたら今ようやく半分を過ぎた頃だろうか。
楽しい遊園地で何も行動せずにただただ寒さに耐えているなんて、きっと私たちだけだろう。
七緒が作った怒り顔をやめて、いつもの調子で言う。
「冗談だよ。でもどうしてそこまであの2人をくっつけたがるか不思議なんだけど」
「別にくっつけたがってるわけじゃ……」
「だって、俺が偉そうに言うことでもないけどさ、どう贔屓目で見てもあれは……田辺の一方通行だろ」
あら、鈍感野郎のくせに厳しいこと言うじゃない。
つまりそれほど、日頃の田辺の思いは誰が見てもわかりやすく報われていないということだ。
ドンマイ、田辺。
生きろ、田辺。
希望はある。
「でもそれは昨日までの話だよ! 今日の別行動のあとの2人、なんか雰囲気が良かったもん」
「そう?」
「うん! 特に美里。なんかオーラが和やかというか、田辺に向ける視線が今までより優しいというか」
普段の美里からしたら考えられないことだ。田辺のしつこさややかましさを、いつも「田辺くんうるさい」の一言で黙らせてきたのだから。
七緒はいまいちピンとこない様子で首をひねった。
「ふーん……オーラねぇ。全然気付かなかった」
無理もない。日頃から美里と一緒にいる私だって、よく見てようやく感じた位の些細な変化だ。
「……美里って普段あんまり自分の恋の話はしないんだよね。たまーにしたと思ったら、なんか冗談まじりだったり、心なしかちょっと不機嫌ぽい顔だったりして」
だから実は少し心配になっていたのだ。小悪魔と称されモテモテの彼女だけど、実際はあまり恋にいい思い出がないんじゃないだろうか、と。
もしも、可愛い人気者故の悩みなんかがあるんだとしたら、きっと私には到底わからない話だろう。
けど、わかろうがわかるまいが、心配なものは心配なのだ。
だって美里は大切な友達だ。いつも私を誰より応援してくれている子だ。
私だって、美里には幸せな気持ちでいてほしい。
「そんでさ、田辺ってアホでうるさいけどいい奴でしょ」
「まーな」
「だから、美里といい恋してくれたらいいなーなんて……ちょっと勝手に思ってるんだよね」
こんなこと恥ずかしくて本人たちにはとても言えないけれど。
それに、そんな余計な心配する暇があったら自分のほうを頑張りなさいよ! なんて美里にどやされそうな気もする。
「って、私またお節介おばさんになっちゃってるかな……」
「いや」
七緒は首を横に振った。
「いいんじゃない、友達なんだから」
さらりとした口調。だけど七緒にそう言ってもらえると、なんだか安心する。
私は笑って観覧車を見上げた。ゆっくりと回るゴンドラが夕陽を受けて輝いて、どこか神秘的だ。
「綺麗だねー」
「うん。田辺はしゃいでるだろーな……メリーゴーランドもだけど、栗原と観覧車乗るのも夢だとか言ってたし」
そうだったのか。ただでさえさっき浮かれすぎて不気味な田辺だったのに、2つ目の夢まで叶ってしまったら、一体どんな状態で帰ってくるのだろう。想像すると少し怖い。
でも好きな人との観覧車に憧れる気持ちは、やっぱり痛いほどわかる。
「夕暮れ時の観覧車なんてロマンチックすぎるもん。好きな人と乗れたりしたら、もう最高だよね」
「そんなもんか?」
「そんなもんよ」
たちまち七緒が難しい顔になる。
「……俺にはまだわかんねぇな」
でしょうね、と声に出さず私は頷いた。
だって柔道が1番楽しくて、今は誰とのお付き合いも考えられないと言う七ちゃんだ。恋だとか愛だなんて彼にとっては全く理解しがたいものなのだろう。
たくさんの女子たち(たまに男子)から思いを寄せられまくっているというのに、当の本人はこんなに色恋沙汰に疎い奴だなんて。世の中ってなんだか無情だ。
私は七緒にバレないように小さく溜息をついた。
だけど七緒のこの性格は、片思い歴5年目の私にとっては少し寂しくもあり、また安心できる要素でもあった。なぜなら、自分の思いが実る確率と同じ位、七緒が他の誰かとどうにかなってしまう危険性も極めて低いといえるからだ。
こんな共倒れみたいな考え方に希望を持つ自分が情けないけれど、本心なのだからしかたがない。恋する乙女は臆病なのだ(……うん、自分で言って少し恥ずかしい)。
ふと、七緒が観覧車から私に視線を移す。寒そうにポケットに両手を入れた彼は、他愛のない世間話でもするような口調で言った。
「もしかして心都、好きな奴いるの?」
「…………えっ?」
声が掠れた。
動揺を隠すために、ゆっくり瞬きをする。
長い付き合いだけど、七緒にこんなことを訊ねられるのは初めてだ。そもそも、こうして恋について七緒と話すなんてこと自体が珍しい。これも夕暮れの観覧車の魔力なのだろうか? 私たち、乗ってもいないというのに。
こんなの、七緒にとってはまさに世間話以外の何でもないのかもしれない。
でも私は違う。
この質問は、困る。
非常に困るよ、七ちゃん。
けれど――
七緒は無邪気すぎる表情で、私を見ていた。
そして私は毎度のことながら、この人って綺麗な目をしているなと思った。
「…………うん」
どうしてだろう。
今日はその目で見られたら、嘘なんか、つけない。
「いるよ」
気付いたら私はそう答えていた。
自分でも驚くほど、しっかりとした声で。