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11<夕焼けのゴンドラと、女優魂>

 観覧車の乗り場に到着すると、予想外の事態が私たちを待っていた。

「申し訳ございません。観覧車は今の時間たいへん混み合っております。4名様のグループの場合、皆様で1つのゴンドラへのご乗車になります」

 受付のお姉さんが完璧な笑顔で告げる。

 迂闊だった。確かに夕日が綺麗なこの時間帯、観覧車に人が集まるのは当たり前の話だ。

 皆様で1つのゴンドラへ……。これはちょっと困った。

 私としては、せっかく少し仲良しになっている美里と田辺を、ロマンチックな観覧車で2人きりにしてあげたい。なのに私と七緒も一緒に入った4人ぎゅうぎゅう詰めのゴンドラじゃ、きっと普段学校にいるときの雰囲気とあまり変わらないだろう。生まれる愛も生まれない。

 だからといってストレートに「私たちは下で待ってるから、美里と田辺2人で乗ってよ」と言うのも、なんだか強引すぎる気がする。これじゃ今更ながら『ラブチャンス同盟』の意図が見え見えだ。それに何より、さっき私にエールをくれた美里は、自分たちだけの乗車にはきっと難色を示すだろう。「じゃあ観覧車は諦めて皆でもう帰りましょう」なんて言うに違いない。

 ──つまり、私と七緒が自然に乗車を辞退するような流れに持っていけばいいのだ。

 必死で頭をフル回転させ、僅か3秒の間に以上のことを考えた。人間、本当になんとかしたいときには驚くべき速さで脳が働くものだ。

 そして私は行動に出た。

「う……っ! 下腹部に、生まれてこのかた感じたことのない激痛がー!」

 お腹を押さえて、精一杯の苦悶の表情を作る。

「えぇ? どうしたの心都!」

 3人が唖然として私を見た。

「さっき自販機で買ったホットドリンクが悪かったみたい! あいたたた! ……七緒も一緒に飲んでたから、きっと七緒のお腹も痛いはずだよ! そうでしょ七緒!」

「はぁ? お前、何めちゃくちゃ言って……」

 この鈍感野郎。

 恐らく14年間の付き合いの中で最も強烈な顔で、七緒を睨みつけた。

「な、な、お。――お腹、痛いよね?」

 七緒の表情が一瞬のうちに引きつる。

 それでも空気を読んだ(読まざるを得なかった?)らしい彼は、やがてこくりと頷いた。

「…………い、痛いです……」

「よっし! じゃあ私と七緒はトイレとか行きつつ下で待ってるから! 観覧車は2人で乗ってきてね!」

 そう言って私は、美里と田辺の背中を押した。

「え? え?」

 と、よく事態が飲み込めていない様子の田辺。

「ねぇ、心都、ちょっと……」

 と、何か言いたげな美里。

 そんな2人の背中をもう一度押してゴンドラに乗せると、私は列を外れた。

「じゃ、私たちの分まで楽しんできてね! ばいびー!」

 未だに納得しきれていない表情の美里と田辺を乗せたゴンドラは、ゆっくりと動き出した。

「ばいびーって……古っ」

 後ろの七緒の呟きは無視する。

 私は2人の顔が見えなくなるまで手を振り続けた。

「……ふぅ、我ながらいい仕事したわ。将来は女優もアリかな」

「どこがだよ。あんなん演技力0だし強引だしバレバレじゃん」

 目を眇めて完全に呆れ顔の七緒。

 だけど田辺の絶叫マシーン恐怖症を汗だくになりながら誤魔化していたやつに、演技力どうのこうの言われたくない。

 まぁ、もっとも、それにコロッと騙されていたのは他ならぬ私なんだけど。










 *  *  *







 ゴンドラ内の丸窓を覗くと、地上でぶんぶんと力強く手を振っている心都と、一歩引いている七緒が小さく見えた。

「杉崎のやつ、あんなに腹痛そうだったのにもう治ったのかな?」

 田辺が心都の驚異の回復力に驚きを隠せず言う。

 向かいに座る美里は溜め息をつくと、丸窓に目をやり、

「……心都の馬鹿」

 少し頬を膨らませた。

 普段あまり見たことのない彼女の表情に、田辺は思わずポーッと見とれてしまう。普段の小悪魔スマイルとはまた違う、むくれた顔の彼女もとても魅力的に見えた。しかし『怒った顔もチャーミングだね』なんてキザに囁ける恋愛スキルは、もちろん田辺にはない。

「相当2人で乗せたかったみたいね」

「へっ!?」

「観覧車。あのままだったら4人乗りだったでしょう。だからお腹下しただなんて、あんな下品な嘘までついて」

「え! あれ、嘘だったのかよ……!」

 衝撃だった。田辺は完全に心都の迫真の演技に飲み込まれていた。

 それと同時に『いっちょラブチャンス作っちゃおうじゃん同盟(正式名称)』の絆の強さを感じ、ついつい目頭が熱くなる。

「くっ……、粋なことするじゃねーか……」

 同志の計らいを無駄にはするまい。この観覧車が一周し終わるまでに必ずやこの片思いを一歩でも、いや、半歩でも前進させよう。

 田辺は目元を拭いながら、自分の胸に誓った。

「それにしても今日は楽しかったなー。栗原の意外な一面も見れたし!」

「意外?」

「絶叫マシーンとかヒーローショーとかが好きなんてさ」

 美里は白い手で自分の髪を撫でつけながら軽く笑った。

「ヒーローショーは好きっていうか、今日たまたま見てみたくなっただけ。でも意外と面白かったわ」

「本当に?」

「うん」

 その言葉を聞いた田辺の頭には一足早く春が到来した。

 正直、最初にこのチケットを渡したときは、あまりにも美里の反応が悪すぎてもうこの世の終わりのような思いだった。

 それがこうして今日一緒に出掛けて、2人で観覧車に乗って、楽しそうな笑顔まで見ることができるなんて。これを幸せと呼ばずして何を幸せと呼ぼうか。自然と頬も弛む。

「田辺くんって、感情の起伏が本当に全部顔に出るわよね」

「そ、そうかな」

 確かに普段からどこか掴みどころのない美里に比べれば、田辺の表情筋は遥かにわかりやすいものだろう。

「いやー、そんなに誉められると照れるぜ」

 心なしか美里の表情がげんなりしている。しかし田辺は脳内に吹き荒れる春一番の威力によって、それを気にする余裕もなかった。

「俺も今日は超楽しかったし! ゴーカートもメリーゴーランドもヒーローショーも最高だったなー」

 正確に言うと、ゴーカートで豪快にハンドルを切る美里や、メリーゴーランドで優雅に乗馬する美里や、ヒーローショーで悪役が倒された瞬間に本気で喜ぶ美里を傍で眺めているのが最高に楽しかったのだ。

 相変わらずだらしのない笑みを浮かべ続ける田辺の顔を、美里がじっと見つめる。長いまつ毛に縁取られたその綺麗な瞳に凝視され、さすがの田辺も少したじろいだ。

 美里はそのまま視線を逸らさず、小首を傾げた。

「ねぇ、そんなに楽しい?」




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