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10<世界平和と、バケツプリン>

「おーい、こっちこっち」

 私が右手を挙げると、少し離れた所にいた美里と田辺がそれに気付いた。

 ……うーむ、美里の美少女っぷりは、やはり人混みの中でも目立つ。妙に感心してしまった。

「心都、久しぶりね」

 長い髪をなびかせながら、美里が私に微笑みかけた。

 約3時間に及ぶ別行動も終了し、私たちは今再び合流した。そろそろ日も暮れて始めている。

「ほんと、久しぶりって感じするねー」

「心都たちは今まで何してたの?」

 美里が、私と七緒を交互に見て訊ねる。その瞳からは何かを期待するかのような輝きが爛々と発せられている。

 まぁ、あいにく美里が望むような色っぽい展開は私たちにはなかったわけだけれど。

「ジェットコースター、大回転宇宙旅行、超速ゴンドラ地獄、垂直落下タワー……」

 七緒が指折り数えた。

「えぇ? それ全部今の時間に乗ったの?」

 美里と田辺が驚いた顔で私たちを見る。

「うん! 絶叫マシーン乗り倒したよ。楽しかったね七緒」

「おー。やっぱり他の遊園地とは恐怖レベルが違うなー」

「だよねー。それに結構どれもさくさく乗れちゃったしね。美里が言ってた通り、お昼過ぎってどこのアトラクションも比較的空いてるんだね」

「……そうね」

 美里の目が呆れているのが痛いほどわかる。確かにこれほど色気のない別行動の過ごし方もなかなか珍しいだろう。

 だけど私は大満足だった。だって七緒の『久しぶりに一緒に遊びに来れて楽しい』の言葉が聞けてしまったんだから。

「美里と田辺は? どこ回ってたの?」

 そう訊ねた瞬間、田辺の頬がでれっとだらしなく弛んだ。うっとりした目は、何もない宙を見ている。

「ふふ、ふふふ……。楽しかったぞ、最高に……。ゴーカートにメリーゴーランドにヒーローショー……大満喫だよ……ふふふ」

 どうしよう、田辺がちょっと怖い。恋する男の小さな念願が叶うと、こんな状態になってしまうのだろうか。

 美里を見遣ると、彼女は隣の田辺の気持ち悪さなんか気にも止めず(相手にせず?)、くすっと笑って言った。

「田辺くんたら面白かったのよ。チェストなんて使う人、今どきあんまりいないわよね」

「ち、ちぇすと?」

「うん。もう私、笑いすぎてお腹痛くなっちゃったわ」

 あれ。……なんだか予想以上に和やかな雰囲気が2人の間に流れている。

 田辺がデレデレなのは相変わらずとして、変化が見られるのは明らかに美里の方だ。以前よりも彼に向ける態度が大分穏やかになっている気がする。何があったのか詳しくはわからないけれど、もしかして、これは、まさか……。

「……い、いけるかもしれない……?」

「なーに? 心都、何が『いける』の?」

 美里が不思議そうにこっちを見ている。私は慌てて口を押さえた。

 危ない危ない。興奮して思わず思考が口に出てしまった。ここで私が無粋なことを言ってせっかく良い感じになっている2人の雰囲気をぶち壊したりしたら、一巻の終わりだ。

「んん、なんでもない! それより七緒、明日も朝早いんでしょ?」

「あー、一応8時から部活だけど」

「じゃあそろそろ日も暮れてきたし、シメに観覧車でも乗って帰らない?」

 この提案は全員の賛同を得て、私たちは観覧車へ向かうことになった。

 やっぱり最後に乗るものといったら観覧車だ。そして観覧車といったら、密室で好きな人とじっくり話ができる絶好のチャンスだろう。少女漫画から得たイメージを頭の中に描き、私は1人頷く。

 頑張れ、田辺。相変わらず夢見心地でふらふらと歩く彼の背中に念を送った。

 と同時に、びりびりとした視線をうなじに感じて振り返ると、美里がこちらを見ていた。彼女は、女子なら誰もが羨ましくなってしまうようなその大きな瞳をきらきらと――いや、もはやぎらぎらとさせている。

『頑張ってよ、心都』

 美里が声を出さずにそう伝えてくる。

 私はそのあまりの目力に少し怯みながらも、とりあえず顔の横で小さなガッツポーズを作って美里に答えた。

 自分が美里みたいな小悪魔美少女でないことは百も承知だ。いわゆる恋の駆け引きだとか、相手を落とすテクニックだとかは操れない。だけどせめて素直になることくらいはできる。それは知っている。

 だから私は素直に頑張るよ、美里。

 私のガッツポーズを確認して、美里がにっこり微笑んだ。

 思えば、今回の遊園地デート(?)では、全員が自分以外の誰かを応援していた。

 私と田辺は『ラブチャンス同盟』でお互い叱咤激励し合っていたし、美里は私のなかなか実らない恋を誰より応援してくれている。七緒も七緒で、田辺の絶叫マシーン嫌いを隠そうと汗だくになっていたわけだ。

 結局全部が良い方向に行くのかはまだわからない。

 けれど、とにかく――

「みんな幸せになれればなぁ……」

「なんだよ、急にスケールでかいな」

 隣を歩く七緒が目を丸くして私を見た。

「別にー。ただ、やっぱり1番の願いは世界平和だなって考えてただけだよ」

「へぇ、去年の七夕の短冊に『バケツプリン食べたい』って書いてたくせに?」

「……うっさい」

 七緒の家の庭には大きな木がある。明美さん指導のもと、そこに毎年短冊を吊すのが東家の七夕の恒例行事となっていて、幼馴染みの私も小さな頃からちゃっかり参加させてもらっている。ちなみにその木は笹じゃない。まごうことなき立派な梅の木だ。

 明美さん曰わく『笹だろうが梅だろうが、とりあえず吊しときゃ織り姫と彦星も願い叶えてくれんだろ。吊したもん勝ちだよ』だそうだ。

 また、七緒(こっそり)曰わく『あの人、元ヤンのくせにわりとシーズン毎の伝統行事を重んじるんだよ。逆らうと暴れるし。だから吊して気が済むんなら吊しとくべきかと』だそうだ。

 その信仰深いんだかてきとうなんだかよくわからない行事での、今となっては恥ずかしい願い事を、まさかここで掘り返されるとは思わなかった。

 付き合いが長いということは良い思い出もたくさん共有できるけど、その分弱みも数多く握られているということだ。

 七緒に恋をしてから何度も痛感している悔しさを噛み締め、私は観覧車への道のりを歩いた。






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