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9<ファンファーレと、免疫>

 自動販売機で買ったホットココアを一口飲むと、温かさが胸に広がっていくのを感じた。私は思わずホッと息を吐く。

 年が明けて5日目。昨日までと比べてぐっと気温が下がって冷え込んでいる。冬の寒さが好きな私にとって、こんな日は嬉しい事この上ない。冷気の中で晴れ渡った空はとても綺麗で、見ているだけで爽やかな気持ちになる。今日は冬の遊園地日和だと思う。

 隣に座る七緒は温かいお茶の缶を両掌で包んでいた。さっきからまだ一口も口を付けていない。彼は猫舌なのだ。

 ――そう。こんな顔して猫舌って、熱いものふうふうしちゃうって、あんたどこまで可愛いんですか? 何、それは世の女子たちに対する挑戦なんですか? もはや挑発なんですか?

 片思いも5年目になるというのに、未だに彼のこんな姿を目の当たりにすると上記のような不穏な思いが頭を過ぎり、更に追い打ちをかけるかのように先ほどの自分の醜態(苺の国の妖精の件)がフラッシュバックした。その結果、ついつい缶を持つ手に力が入ってしまう。

「うわ、心都の缶ベコベコにへこんでる! すげー力……!」

 七緒が私の手元を見て驚愕の声をあげた。

「あぁ、ちょっとしたやつあたり。気にしないで」

 頭上にクエスチョンマークを浮かべる七緒を尻目に、私はへこんだ缶をぐいっとあおった。

 そのとき、私のコートの右ポケットから、某ボクシング映画のファンファーレが鳴り響いた。

「あ、メール。田辺からだ」

 白い携帯電話を開いて、七緒と一緒に内容を確認する。


 ――『おれたちこれからメリーゴーランド乗るゆ!(^o^)』


「……乗るゆ?」

 誤字と無邪気な顔文字が目立つその報告メールからは、田辺のテンションが上がりに上がっていることが伝わってくる。

「かなり楽しんでるみたいだね」

「うん。あいつ、栗原とメリーゴーランド乗るのが夢とか言ってたし」

 そうだったのか……ずいぶんとまた乙女チックな夢だ。

 でも確かに、きらきらと装飾された白馬に座る美里は、さながらファンタジーの世界のお姫様のように見えるだろう。想像しただけで少しうっとりしてしまう。

 念願叶って良かったね、田辺。私は心の中で『ラブチャンス同盟』の相棒に大きな拍手を贈った。

 ようやく冷めたらしいお茶を一口飲んで、七緒が問う。

「心都は? 本当に何か乗りたいのないの?」

 乗りたいものがあるのかないのかと言ったら、そりゃあ、なくはない。ここの遊園地の目玉であるジェットコースターにはとてつもない魅力を感じるし、パンフレットに『この冬からのnewアトラクションだぴょん!』と紹介されていた『ウサゴリの大回転宇宙旅行』はどう見てもスリル満点で面白そうだった。

 だけどそんなこと、今はどうでもいいのだ。

 七緒の朝からの疲労感を想像すると、アクティブにアトラクションに乗りにいくよりも、断然ベンチに座ってまったり過ごすほうを選びたくなる。そしてそれと同時に、彼は今日かなり無理をしてこの場に来てくれたのではないか、という不安がどうしても心の中で幅をきかせてくる。

「いや……かたじけない」

「なんで急に武士みたいになってんだよ。かたじけないって何」

 私は少しの逡巡の後、思い切って口を開いた。

「……七緒さ、今日楽しい? 無理してない?」

「え?」

「冬休み中ずーっと部活で、今日が唯一のお休みなんでしょ? それなのになんか今日も1日色々あってごちゃごちゃしてるし……。疲れてない?」

 前にも言ったように、この幼馴染みは基本的にどこまでもいい奴で、それ故に本人も気付いていない苦労人体質でもある気がする。だから今日みたいな日、私は心配になってしまう。七緒に恋をしているからとかそんなことは関係なしに、多分、幼馴染み兼お節介おばさんとして。

 七緒は私の目をじっと見つめて、そして言った。

「え、全然。」

 ギャグ漫画なら、ズコーと派手な効果音付きでずっこける所だ。それくらい七緒の返答は私の予想と正反対であっけらかんとしていた。

 そうだ。七緒はすごくいい奴でなんだか苦労性で、それと同時に、私を拍子抜けさせることが世界一上手な奴なんだった。

「俺、全然全く1パーセントも無理してない。部活続きの冬休みだったから、逆にいい息抜きだよ。そりゃー確かに午前中の田辺との偽装工作はちょっと大変だったけど。まぁあんなの日常茶飯事だしさ」

「……そ、そう?」

「うん。疲れてるとか無理してるとか、ないない」

 あっさりとした表情で、七緒が右手を振った。彼はこんな時に嘘をつくような人間じゃない。というか、そのわかりやすすぎる性格で口から出任せの嘘なんかついた日には、私が一発で見抜いてやるわ。

 というわけで私は七緒の言葉を信じて、安心してその目を見ることができた。

「……そっか。なら、良かったよ。『かたじけない』は取り消す」

「なんだ、心都そんなこと気にしてたの?」

 少し笑って言う七緒は、なんとなく私をからかっているようにも見える。なので私はちょっと悔しく、それ以上にかなり恥ずかしくなってきて、今更ながら自分の取り越し苦労を呪った。

「……ふん。悪かったね、こちとらお節介おばさんなもんで。午前中七緒が汗だらだらかいて挙動不審だったから、楽しめてるかどうかちょっと気になっただけだよ」

 我ながら最高に可愛くない言い方だ。逆にここまで可愛くない口調で相手を心配する言葉を吐くことができる10代女子がいたら、ぜひともお目にかかりたい(そしてお友達になりましょう)。

「あっそ。大丈夫、俺、けっこう楽しいよ」

 と、特に動揺も見せずに七緒。おそらく、長年の付き合いで私の並外れた可愛気のなさにもそこそこ免疫が出来てしまっているのだろう。

 逆に、いつまでたっても七緒の不意打ちに免疫が出来ないのが、私。

「久しぶりに心都と来る遊園地だし」

 七緒が何とは無しに言ったこの言葉に、私の胸の鼓動は急激に速まった。

「えっ」

「ほんと、久しぶりだなー。昔はよく母親たちと4人で来てたけどさ」

「う、うん……」

 動揺を必死で隠す。隣の七緒はあまりにも平然と笑っていて、毎度のことながら私と奴の心境の違いを実感させられる。

「心都、大人になったら遊園地に住む! なんて言ってたよな。いやーアホだったなー」

「夢見る少女と言ってよ」

「ふっ。よく言うよ」

 幼い頃を思い出すように、七緒が少し目を細める。

 まただ。よく知る幼馴染みの七緒とは少し違う、見たことのない表情。

「でも今日来て良かった。久しぶりに一緒に遊びに来れて、楽しいよ」

 ……ずるい。

 ずるいな、本当に。

 さらりとこんなこと言われて、私はどう反応すればいいのだろう。

 右斜め下を向き、電池切れのおもちゃの如く固まってしまった私の中に、先ほど田辺とがっしり交わした男らしい(?)握手の温かさが蘇ってきた。


 あぁ、そうだ。さっき確認し合ったばかりじゃないか。


 ごちゃごちゃと考えている暇があったら、ほんの少しでもいいから素直になるべきなのだ。

 私は顔を上げた。

「……うん。私も、久しぶりに七緒と遊園地に来れて、すっごく嬉しいし楽しい! だから……」

「だから?」

「ジェットコースター乗りに行かない?」

 私の突然の言葉にしばらくきょとんとしていた七緒だけど、やがて全てを理解したように「あぁ」と頷いて笑った。

「そっか。『かたじけない』は取り消しだもんな」

「うん!」

 ベンチから勢いよく立ち上がった私と七緒は、ジェットコースターへ向かい歩き出す。

 ついついスキップしたくなる心を落ち着かせ、その道中、私は田辺にメールの返信をした。


 ――『こっちは今からジェットコースターだゆ!!!!!(^o^)』






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