7<提案と、醍醐味>
私の1番の友人の栗原美里は時として、少し不思議な女の子だ。いつもの可憐な笑顔で、誰も予想だにしない言動を見せる。
それはわかっていた。友達になって1年半ほど経つ私は、彼女のびっくり発言にはそれなりに慣れているつもりだったのだ。
が、今回の美里の言葉にはさすがに驚いてしまった。
「ねぇ、今度は私が田辺くんを借りてもいいかしら」
昼食を終え、レストランを出た瞬間、美里はこう言った。
「え?」
彼女以外の3人の声が綺麗にハモった。田辺でさえ、目と口を丸くし驚いている。
そんなことはお構いなしに、美里は「つまりね」と、より直球な言葉を言い放った。
「今からちょっと、別行動しない?」
「えぇっ!」
またもや私と七緒、そして田辺は見事なハモりを披露してしまった。それくらい、美里がさらっと言いのけた言葉は衝撃的だったのだ。
なぜなら普段、熱烈な視線を送り続ける田辺に対し、美里の態度は間違っても優しくはないものだからだ。以前やむを得ず栗原家で彼と2人きりになってしまった後なんか、苦々しく「田辺くんってどうしてあんなにやかましいのかしら」と、やかましさの塊である田辺の全人格を否定するかのような発言を残している。
もちろん、心の底から、どうしようもなく嫌がっているわけではないことは(多分)わかるけれど、まさかあんなふうに言っていた「2人きり状態」を自ら提案するなんて。
「み、美里……? 急にどうしたの?」
私は今さっき確かめ合った田辺との『ラブチャンス同盟』の件も頭から吹っ飛び、恐る恐る訊ねた。
「えー、別にどうもしないわよ。……駄目?」
美里は小首を傾げて私たちを見た。文句なしに可愛い。
当然、こんな美里の顔を見て、先ほど気合いを入れ直したお祭り男のテンションが上がらないわけはない。
「駄目じゃない! 駄目じゃないぜ栗原!」
完全にスイッチが入ってしまった田辺はキラキラと瞳を輝かせた。こうなるともう止められないだろう。
「遊園地の醍醐味といったら2人ずつの別行動だよな! うんうん! 東と杉崎もそう思うだろ? な! なっ!」
「……はぁ」
正直言って意味不明だったけど、あまりのやかましさに私と七緒はげんなりと頷くしかなかった。
「うん、よしよしよしよし! そんじゃ、お前らもこの夢の国をたっぷり楽しめよ!」
わっははははは! と外国の陽気なおじさんの如く高らかに笑うと、田辺は美里を連れて行ってしまった。
美里は歩き出す際に少し含みのある顔でこちらを振り向き、
「しばらくしたら連絡するから。また合流しましょ」
と、両手を合わせ「ごめんネ」のジェスチャー付きで言った。
残された私と七緒は、当然わけもわからず立ち尽くす。
「あ、これか……」
七緒がぽつりと言う。
「何?」
「さっき栗原が『この後ちょっとわがまま言って良い?』って言ってたんだよ。その時は何のことだか聞けなかったんだけど、わがままってこのこと言ってたんだよな、多分」
「そうなんだ。本当に急にどうしたんだろう、美里」
まさか美里、田辺に最後の夢を見せてあげた後にバッサリ振るつもりで誘ったんじゃ……。だって多分、田辺の気持ちって美里にもバレバレだし。
嫌な想像が脳裏を過ぎり、しかも考えれば考えるほどあり得そうな話のような気がしたので、私は少しぞくっとした(許せ田辺)。
「……っていうかあいつ、絶叫マシーン苦手なくせに栗原と2人きりなんて大丈夫なのかよ」
「えっ、田辺ってそうなの!? あんなに余裕そうにしてたじゃん!」
七緒が少し呆れたように私を見る。
「本当に気付かなかったの? あいつほぼ失神してたけど」
「う、うん」
てっきり絶叫マシーンの生温さに退屈してうつらうつらしているものかと。
「俺たち結構ギリギリアウトな誤魔化しかたしてたんだけど。よくあれで気付かなかったよなー」
「いやもう全然」
「心都って、そのうち変な奴に簡単に騙されそうだな。あやしい壷買わされたり」
「……悪かったね」
確かに町中で自称占い師見習いのおばさんに、恋が叶うブレスレットを買わされそうになったことがある。『学生さん特別価格』で2万ジャスト。あいにくその時は全財産が1000円だったんだけど。
「で、どうする?」
七緒がポケットへ手を突っ込んで言う。午前中は汗をかきかき新陳代謝の良さをアピールしていたのに、急に寒そうだ。どうしたんだろう。
と、そこまで考えて、「あの時の不自然な汗は田辺の偽設定を取り繕うためのものだったのか」とやっとわかった。それと同時に、七緒のさっきまでのげっそりと疲れ切った姿も思い出す。
あぁ、そりゃ疲れるよな。
連日朝から晩まで部活の練習で、たまの休みに友人たちと遊園地に来てみれば余計な心労がのしかかり、挙句の果てに変な男にナンパされるなんて。この幼馴染みは基本的に苦労人だと思う。
「えーと……あっ、そこの休憩エリアのベンチに座ってあったかいものでも飲まないっ?」
「俺は別にいいけど。心都、乗り物乗らなくていいの? ジェットコースター乗るって言ってたじゃん」
「い、いいの! 私、今、猛烈にベンチに座りたいわー」
「ふーん……?」
とにかく今は、七緒を休ませてあげたい気持ちでいっぱいだ。
なんとなくしっくりきていなさそうな七緒と一緒に、私は遊園地の端に用意された古いベンチへ向かった。