5<アントワネットと、最終奥義>
校内きっての小悪魔美少女である美里と、七不思議になってしまうくらい可愛い見た目を持つ七緒。その2人が並んでいるのだから、そこから放たれる輝きは生半可なものではない。
当然、ナンパなんかされてしまっても、おかしくないわけで。
「おねーちゃんたち、ほんとかわいいねー! オレたちと一緒に食べない? おごっちゃうよ?」
語尾を急なタイミングで軽々と持ち上げる、不愉快極まりない口調で、その男は言った。見た目からして高校生くらいだろうか。にやにやとした嫌な笑みを浮かべている。
「………………誰がおねーちゃんだよ。どっからどう見ても男だろうがよ」
対して、地獄の底から響いてくるような声で、七緒。
イラつきを隠そうともせず、完全に目が据わってしまっている。無理もない。彼が男からナンパされるのはこれで5回目にもなる。ただでさえ普段から女の子に間違われるのを嫌がっているのに、こう不躾に絡まれてはたまらないだろう。
「ははは、そんな可愛い顔で何言ってんの? 冗談きついよー! ねぇ名前教えて?」
「うるせーこっち来んなハゲ」
いやいや禿げてない禿げてない。多分、その場の誰もが心の中で突っ込みを入れた。ナンパ男は明らかに髪の毛ふさふさで、いわゆるチャラ男の「盛られた」ヘアースタイルだ。
隣の田辺は私の左腕を掴んでガクガク揺すった。
「や、やべー、どどどうする杉崎……! 栗原と東がチャラ男の毒牙に……」
「田辺、とめてきてよ」
「そ、そうだよな。ここは俺が……」
と、涙目になりながら田辺は美里のほうを心配そうに見遣った。
美里はというと、七緒に絡んでいるのとは違うほうのナンパ男の相手をしていた。やはり慣れたもので、口元にうっすら微笑みを浮かべながらてきとうな返答をしている。その目は冷たくて全く笑っていないけれど。
「髪長い彼女、どっから来たの?」
「家から」
「名前は?」
「アントワネット」
「アイドル並に超可愛い顔してるよね」
「よく言われます」
さすが小悪魔、と言うべきか。やはり美里は余裕たっぷりで強かった。
そしてその傍らでは、
「ねー、一緒に遊ぼうよ」
「……っだから、迷惑だって言って……」
余裕も欠片もない七緒、肩に手をかけられ爆発寸前。
やばい。これは、一刻も早くとめなくては。
「田辺……そろそろ本当に中に入らないと、七緒がブチ切れる」
呼びかける私の声が聞こえているのかいないのか、田辺は青ざめた顔のままふらふらと一歩ずつ前へと踏み出した。
そしてナンパ男たちへ声をかける。よし、男見せろ!
「……き、君たち、やめたまへっ!」
誰だよ。私は思わずその場にしゃがみ込みたくなってしまった。
「あーん? なんだテメー」
「ふ、2人とも嫌がってるだろ」
「関係ねぇだろテメー」
「……!」
胸ぐらを掴まれてしまった田辺は白目をむいてガタガタと震えている(そういえば彼は以前、禄朗にも胸ぐらを掴まれて脅されて、ぺろっと七緒の個人情報を喋っちゃったりしていたな)。
――このヘタレ! 私は心の中で叫んだ。
状況は最悪だ。美里と七緒はナンパ男にべっとりまとわりつかれ、田辺は威嚇されて固まっている。
腹をくくる覚悟を決め、私は4人分の食事を抱えたまま、彼らの元へと歩み寄った。
「美里りん、七緒たん! お待たせだぴょん!」
普段より1オクターブ高い声で私は言った。
その場の全員が、愕然とした表情でこちらを見る。心が折れそうとか自分が嫌いになりそうとか、そんなことは気にしていられない。私は全ての感情を捨てた。
「レジが混み混みで、並び疲れちゃったぴょん! 苺の国ではこんな行列ありえないぴょん、プンプンー!」
目の前の机に、ドンッと派手な音を立ててトレイを置く。
美里が七緒に小さな声で尋ねているのが聞こえた。
「心都、どうしちゃったのかしら?」
「あれは、心都の最終奥義『痛い系女子になりきる』の技だ……! 昔、俺がしつこい男に絡まれた時も、この技で助けてくれたんだよ」
「わぁ、素敵ね」
素敵かどうかはわからないが、ナンパ男2人は明らかに口数が減り、顔色も悪くなっている。ちなみに今日のこの口調は、ここドリームランドのマスコットキャラクター・ウサゴリから着想を得たものだ。
私は今、足はひどい内股、上目遣いを通り越して恐らく三白眼状態、舌の先をちょっぴり出してやんちゃさをアピール中。きっと彼らから見たらちょっとした妖怪だろう。
「あれれ? こっちの2人は、新しいお友達だぴょん?」
「ヒッ」
私が1歩近づくと、男たちは2歩後ずさる。
「初めましてだぴょん! 苺の国の妖精、心都っちだぴょん! 好きな食べ物は苺の苺ソース添え! よろしくだびょん!」
しまった、気合いが入りすぎて語尾が「びょん」になった。しかしそんな小さなミスも、ナンパ男を震え上がらせるには全く支障のないことのようだった。
「やべぇ……! こいつ痛い……痛すぎるっ! 」
「オレ無理! 関われない!」
そう言うと男たちは脱兎の如く走り出し、店を出ていった。
大成功だ。私はホッと胸をなで下ろした。これをやれば、大抵の男は逃げ出す。今までもこの技で七緒を救ってきたんだもの。そのたび何か大きなものを失う気がしないでもないけれど。
可愛い幼馴染みと親友を持つと、苦労が耐えないのだ。