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4<おかしな2人と、ランチタイム>

「あー! 超面白かったー!」

『ウサゴリ雷落とし』の落下を終え、地上に降りたった瞬間、美里が満足げに言った。

「すごい良い眺めだったねー」

「本当にね。やっぱり暗くなったらもう1回乗りたいわね」

 ビル10階分の高さに匹敵するという鉄塔の頂上からの眺めは素晴らしかった。夜になったら相当美しい夜景が見られるはずだ。

「ねぇ、七緒と田辺も、また夜に乗……」

 そう言いながら私は後ろにいるはずの男子2人を振り返った――のだが、

「……」

 言葉が後に続かなかった。

 そこには七緒と、燃えつきた灰がいた。

「……え。なんか、田辺どうしたの? 死にそうになってない……?」

「い、いやいや、なってないなってない! 田辺は全然死にそうになってない!」

 そう答えたのはなぜか七緒のほうだった。やたら声が大きい。

 当の田辺はというと、顔面蒼白を通り越してもはや真っ白、頭はまだ首が座らない赤ん坊のように不安定に揺れていた。ぱくぱくと口を動かしているけど、そこからは何の音も発せられない。

「…………」

「えっ、なんだって田辺? 『この程度の落下じゃあまだまだ生ぬるすぎて退屈で、今半分眠りかけてる』って?」

 田辺の顔に耳を寄せて七緒が言う。

「うんうん、そうかそうか。『俺を覚醒させるにはこんなもんじゃ足りない』か。さすが三半規管の鬼だなぁ、田辺! ……ははは!」

 そう言われてみれば、彼の不自然な首の動きも生気のない表情も、眠りかけているように見えなくもない。今の『ウサゴリ雷落とし』だって、普通の人間にとっては相当スリリングなアトラクションだったはずなのに。田辺、恐るべし。

 それにしても冬真っ只中の1月だというのに、七緒はなぜか汗だくだ。

「すごーい、田辺くん」

 田辺の鬼伝説を目の当たりにして、絶叫マシーン狂の美里の瞳が再び輝きだした。美里に名前を呼ばれ、今まで半睡眠状態にあった彼は我に返る。

「はっ、栗原! い、いやいやそれほどでも!」

「本当にこの程度じゃ全く平気なのね。さすが鬼って呼ばれてる人は違うわね」

 美里はそう言って可憐に微笑んだ。

 もちろん田辺の顔には急激に赤みが戻り、にやけ笑いが広がる。なんておめでたい奴だろう。

「ま、まーな! やっぱりこういうファミリー向けのアトラクションって万人受けするように作られてるからさー、俺にとっては朝飯前みたいなもんだよ。わはははは! よし、さっそく次、杉崎が言ってた『ウサゴリの空中音速トレイン』行っちゃうか!」

「!」

 七緒が、信じられないような表情で田辺を見遣る。

「七緒……なんか変じゃない?」

「えっ? 俺?」

 慌てた様子で私を振り返った七緒の目は、やはり泳いでいた。

「うん。なんか挙動不審だし、汗だくだよ」

「うっ……俺、新陳代謝いいから」

「そうだっけ?」

「そうそう。あ、ほら、田辺のやつ、また栗原の手掴んで先行っちゃってるよ」

 なんとなく誤魔化されたような気がしなくもない。けれど、

「俺たちも行こう。心都、『ウサゴリの空中音速トレイン』乗りたいんだろ」

 そう言って七緒が私に笑いかけ歩き出した瞬間、私の頭の中には、

 ――なんか今のデートっぽくないか?

 から始まる妄想が嵐のように吹き荒れたものだから、それ以上彼の新陳代謝について深く考える気にはならなかった。

 つまり相当おめでたい奴なのだ、私も。














「……ねぇ、やっぱり変じゃない?」

 美里が私の耳元で囁いた。

「美里もそう思う?」

 私たちの少し前を、七緒と田辺が何やら切羽詰まった顔で話しながら歩いている。

 時刻はもう昼時となった。あれから3つほどの乗り物に乗って、その全てが絶叫マシーンというアクティブっぷりだ。絶叫マシーン好きにはたまらないコースになっている。

 が、しかし。

「うん。どう見ても変よ、今日の七緒くん」

「だよね……」

 朝感じた違和感は、未だ消えないままだったのだ。

 私は午前中の出来事を思い出していた。

 アトラクションはほとんどが2人ずつ隣同士に乗るスタイルの物だった。そこで、『ウサゴリの空中音速トレイン』の乗り場に着いた瞬間、美里が「田辺くん一緒に乗りましょうよ」と声をかけたのだ。

 小悪魔美少女と称される美里だけど、実はなかなか情に厚いところがあって、私のなかなか進展のない恋を心から応援してくれている。つまりこれは、私と七緒を隣同士にしようという彼女の気遣いだ。

 私も私で、七緒と隣だなんて嬉しくないはずはないし、何より『ラブチャンス同盟(面倒なのでもう略させてもらう)』の相棒を応援したい気持ちでいっぱいだった。

「そうだね。並外れた絶叫好き同士、田辺と美里2人で乗れば? ね、田辺」

 すると、田辺が何か言葉を発する前に、七緒が慌てた様子でこう言ったのだ。

「いやいやいや、俺と田辺が一緒に2人の後ろに乗るから!」

 その場の全員が一時停止したけど、なおも構わず七緒は続けた。

「さっき約束したんだよ! ……えーと……乗ってるあいだ瞬きしたほうが負け、って! だからお互いがジャッジするためにここは隣同士にしてもらわないと! そんでなるべく風の抵抗が少ない後ろ側にしてもらわないと! なぁ田辺?」

「お、おー」

「なんなの、その小学生みたいな勝負……」

 と、呆れた様子で美里。

「し、真剣勝負なんだよ! ……とにかくっ、田辺は俺と乗るからな! はい決定! この話終わりっ」

 異常ともいえる七緒の勢いに押し切られ、結局その組み合わせで『ウサゴリの空中音速トレイン』に挑むことになった。

 乗車の順番が回ってくるまでの待ち時間、七緒と田辺は小さな声で何やら話していて、その端々が僅かに耳に入ってきた。

「……お前……隣……気絶……バレる……」

「……も……駄目だ……」

「……泣くな……」

 一体何の話なんだろうか。なんとなくしこりが残って、私と美里は顔を見合わせた。

 結局その後のアトラクションも七緒の「もう一勝負させてくれ!」という願いにより、ペアの組み合わせは変わらなかった。美里と隣同士、もちろんとても楽しかったから良いのだけど。そこまで全力で田辺の隣を懇願されると、なんだか私自身が七緒に「お前の隣だけは絶対嫌だ!」って言われているみたいで少しヘコみそうだ。


「七緒があんなに意見を押し通そうとするなんて、普段はないのに……」

「本当にどうしたのかしらね。田辺くんとやけに仲良しだし。なんか七緒くんぐったりしてるし」

「うーん……」

 もしかして七緒、本当は今日あまり乗り気じゃなかったんじゃないだろうか。私と遊園地で一緒にはしゃいでいたのなんてもう何年も前のことだ。昨日も明日も柔道部の練習だから今日はゆっくり休みたいに違いないのに、田辺に頼み込まれ半ば無理矢理来ることになった――有り得ないことじゃ、ない。

「それにしても田辺くんは、まだ全然物足りないって感じよね」

 先を行く田辺の背中を見て美里が言う。

 彼はどの絶叫マシーンに乗っても興奮を見せず、相変わらずの半睡眠状態になっているのだった。ひどいときなんか、よほど退屈だったのだろう、完全に白目を向いての熟睡状態だった(美里が呼びかけたら即目覚めたけど)。

「落下系も駄目、高速系も駄目、コーヒーカップも駄目……。ここに田辺を満足させられる乗り物なんてあるのかな?」

「やっぱりあのジェットコースターしかないのかしらね」

 私は、朝120分という驚異的な待ち時間を掲げていた、この遊園地の目玉ともいえるジェットコースターを思い浮かべた。

「あぁ、あれそろそろ乗りたいよね」

「そうね。あと30分ちょっとでパレードが始まるはずだから……今からお昼ご飯でも食べて、それから乗り場に行けば空いてるかもしれないわね」

 確かにそろそろお腹が減ってきた。

「じゃあ、そろそろご飯にしよっか」

 私たちは園内にいくつかあるレストランのうち、一番リーズナブルな所に入ることにした。

 そこは街のファーストフード店とあまり変わらないような作りで、お値段が良心的なこともありやはり若者が中心客層となっていた。

「ここも結構混んでるわねー」

 美里が店内を見回して言った。

「あ、じゃあ美里と七緒、先に座って席取っといてよ。私と田辺が4人分買ってきちゃうからさ」

「え? そういうことなら俺と田辺で行くけど……」

「わ、た、し、と! 私と田辺で行くの!」

 有無を言わせない口調で私は七緒を威圧した。

「じ、じゃあ……お願いします」

 うん、よろしい。ちょうど田辺と1対1で話したいこともあったところだ。それに何より、朝から今までのあいだで明らかに疲労が溜まっている七緒のことがどうしても気がかりだった。

 レジの列に並びながら、私は田辺に問いかけた。

「ねぇ田辺。なんか今日の七緒ちょっと変じゃない?」

「えっ、そうか?」

「うん。ちょっと挙動不審だし何か隠してる感じだし、疲れてるようにも見えるもん」

「そんなことないと思うけど」

 あからさまに田辺が視線を逸らした。

「七緒、今日本当は来たくなかったんじゃないかなぁ」

「あ、それはないない。誘ったときも楽しみにしてたから。部活ばっかりだから良い息抜きだって言ってたし」

「ふーん……」

 なんとなくしっくりこないけど、そう言われたらもう頷くしかない。

「ところで田辺、今日の自分の目標覚えてる?」

「え、目標ってそりゃ……栗原と仲良くなることだけど」

「でしょ? なのに田辺、さっきから七緒にべったりじゃん」

 田辺が「うっ」と言葉に詰まったが容赦している暇はない。私は構わず続けた。

「乗り物も全部七緒の隣だし、乗り終わった後も七緒と2人ひそひそこそこそ話してるだけだし」

「ううっ」

「美里が食いついたのだって『三半規管の鬼』のことだけじゃん。もっと隣をキープしてさ、色々面白い話して会話を盛り上げたり、気の利いたこと言ったりしなきゃ」

「それはわかってるんだけど……ちょっと色々限界で……」

「えっ? 何?」

「いや……三半規管と胃が……」

 なんだこいつ。いつものやかましさはどこへいったのだろう。もごもごと喋るばかりでハッキリしない田辺との会話を進展させようと努力しているうちに、レジの順番が回ってきてしまった。

 トレイにそれぞれ2人分の軽食を乗せて、美里たちがとってくれている席に向かい歩き出す。

「だから、とにかく……もう少しチャンスを活かさないと。そりゃ私だって人のこと言える立場じゃないけど、今日1日田辺のこと応援してるよ。美里、今日は奇跡的にいつもよりだいぶ田辺に優しいしさ」

「最後の言葉は余計……」

 と、田辺が言いかけて足を止めた。パッ、と両手を離したために彼が持っていたトレイがそのまま落下した。

「ぎゃっ馬鹿!」

 すんでのところで私が片手でキャッチし、大切な食事は無駄にはならなかった。この反射神経、ちょっと自分で自分を誉めてあげたい。

「あ、危ないじゃん! 何してんの田辺」

「杉崎、あれ見て、あれ……」

 本日二度目の白目状態となった彼が指さす先を追うと――

「よっ、おねーちゃんたち、どっちも超かわいいねー! 2人で来てんのー?」

 美里と七緒が、やたら眉の細い茶髪の男2人組に声をかけられている瞬間だった。

 ──ナンパ。

 誰がどう見ても、ナンパである。

 






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