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3<夢の国と、2つ目の同盟>

 ドリームランドへようこそだぴょん! ボクはマスコットキャラクターのウサゴリだぴょん♪よろしくぴょん! この園内に一カ所だけボクの頭の形をした石が壁に埋め込まれている場所があるぴょん! 奇跡的に見つけられたあなたは願い事が叶うぴょん!

 それではドリームランドを心ゆくまで楽しむんだぴょーん!



 看板に書かれた文章を読みながら、私は遊園地の入り口の門をくぐった。

 そのぴょんぴょんやかましい台詞の横には、頭は兎、胴体はゴリラというシュールなキャラクターが描かれている。ウサゴリ……今流行りのゆるキャラってやつだろうか。

 冬休み最後の日曜日ということもあって、遊園地はかなり混み合っていた。

「うわ、すげぇ人の数」

「見て見て。あれ、120分待ちだって」

 美里が指指した先を見ると、ジェットコースターの前にずらりと並ぶ人の列があった。確かここの遊園地のジェットコースターは「速い・長い・怖い」という三拍子のコンセプトをラーメン屋ばりに掲げていて、国内でも三本の指に入るほどの恐怖レベルと評価されていたはずだ。

「さすがに120分は待ちたくないよな」

「じゃあ後で空いた頃を見計らって乗らない?」

 私の提案に、美里がにっこりと笑った。

「そうね。お昼過ぎにパレードがあるから、きっとその時はどの乗り物も比較的空くはずよ。その時を狙ってまた来てみましょ」

「うん、賛成」

 七緒もこっくりと頷いた。

「よし、じゃあ最初にどこ行こっか?」

 私が入り口の前でもらったパンフレットを広げると、美里が長い髪を揺らして覗き込んだ。その表情は誰よりも輝いている。

「多分どこも、このジェットコースターほどは混んでないと思うのよね。あ、ここは? 『ウサゴリ雷落とし』! ビル10階分の高さから座った状態で真下へ一気に落下します、だって!」

「おぉ、しょっぱな落下系いっちゃう!? 落ちちゃう!? 好きだねー美里も!」

「ふふふ! そういう心都こそ、さっきから目線が『ウサゴリの空中音速トレイン』で止まってるわよー」

「あ、バレた? ここも後で行こうよ! それとこれも気になるんだよね、『ウサゴリ三時のコーヒーブレイク』! 常識を越えた回転力のコーヒーカップ、失神覚悟! って書いてあるよ!」

「きゃー! 何それ絶対行くー!」

 盛り上がる私たちをよそに、男子2人はポカンとした表情でその場に立ち尽くしていた。

「あ、七緒と田辺は何に乗りたい? じゃんじゃん言っちゃってよ! 七緒は昔からジェットコースターとか平気だったもんね」

「……あのさ、もしかしてここの遊園地ってそういうのが売りなの? 落下とか高速とか回転とか」

 目を真ん丸くして七緒が問う。

「そうよ。ドリームランドって言ったら、絶叫マシーンの数の多さで有名じゃない」

「へー、知らなかった。それにしても、栗原がそういうの好きだなんて、なんか意外」

 七緒の言葉に、美里は更に目を輝かせた。

「ふふ。私、絶叫系とか三半規管刺激系、大っ好きなの! だから田辺くんがここのチケットくれたとき、とっても嬉しかっ……田辺くん?」

「…………」

 田辺は放心状態で、数十メートル先のジェットコースターを見つめていた。

 それはまさに今ものすごい高さから車体が落ちた瞬間で、乗客たちの断末魔の声が私たちのもとまで聞こえていた。いつもは黒い田辺の顔が、心なしか青白い。

「あら、田辺くん、もしかしてこういう絶叫系の乗り物苦手……?」

「……」

「おーい、田辺ってば」

 私が脇腹を小突くと、彼は我に返ったようにこちらを向いた。

「はっ! なに、絶叫系!? もっ……もちろん大好きだよ! 俺、将来自分の家の屋上にジェットコースターとバンジージャンプ作りたいと思ってるくらいだし! わははは!」

「わー、私も全く同じ夢持ってる! 気が合うわね、田辺くん!」

 と、美里が田辺にとびきりの美少女スマイルを向けた。美里、大好きな絶叫マシーンに囲まれてかなりの上機嫌なんだろう。普段の彼に対する冷淡ともいえる態度とは、激しくかけ離れている。

 だから田辺の顔は見る見るうちに赤く染まり、でれっとした締まりのない表情になった。

「お、おう! 絶叫にロマンを持たない奴なんて男じゃないよなっ」

「田辺くんってば話わかる! さすが!」

 美里の声がいっそう弾んだ。しかも田辺を誉めているという珍しい事態だ。これを逃すわけにはいかない。私は『いっちょラブチャンス作っちゃおうじゃん同盟』の相棒として、田辺に更なる良い波を与えようと、彼の肩を叩いた。

「そうそう! 田辺、『三半規管の鬼』っていう異名があるんだもんね!」

「え?」

「こないだバスケ部の人たちが噂してたよ! 『あいつは重力を自在に操る、あいつに乗りこなせない絶叫マシーンはない』って! さすが鬼だね!」

「ええっ、そうなの? 田辺くん!」

 美里がきらきらした瞳で田辺を見つめた。

「うっ……。も、もも、もちろん! 鬼とは俺のことだ! よーし早く行こうぜ! その、ウ、『ウサゴリ雷おこし』とやらに!」

 雷落としだよ雷おこしって浅草名物じゃん、という七緒の突っ込みは、ナチュラルハイな田辺の耳には届いていないようだった。どさくさ紛れに美里の手を取って、どんどん先へと進んでいく。

 その後ろを少し遅れて、私と七緒はついていく形になった。

「美里、同志が見つかって嬉しそうだねー。田辺にいつもの10倍くらい優しいもん。あ、さすがに手は笑顔で振り払ったけど」

「いや、同志っつーか、あれは……」

「え?」

「……なんでもない。なんか俺あいつが不憫になってきた」

 珍しく七緒が中途半端に言葉を濁す。

「不憫? 何が?」

私の頭は疑問符でいっぱいになったけど、七緒はそれには答えず、ただただ哀愁漂う表情で友人の背中を見遣った。


『ウサゴリ雷落とし』の乗り場へ着くと、そこは美里の予想通り、ジェットコースターより遥かに空いていて、「20分待ち」の札が掲げられていた。

「20分ならあっと言う間にまわってきちゃうね」

「そうねぇ、なんなら3回くらい連続で乗れちゃうわね!」

「美里ってば、攻めるねー!」

 私たちは順番待ちの列に加わりつつ、『ウサゴリ雷落とし』の全体像を見つめた。

 それはパンフレットの説明通りビル10階分ほどの高さの四角い鉄塔で、先端には大きなウサゴリのガラス像が燦然と輝いていた。そして鉄塔のそれぞれの辺に椅子が1つずつ、つまり4人分用意されている。これに座ってゆっくりと頂上まで上り、そこから一気に地面へ落下するという仕組みだ。

「うわー…間近で見ると、すげー高さ…」

 と、鉄塔を眩しそうに見上げて七緒。

「あれ? 田辺くん、なんか震えてない? どうしたの?」

「っ! む、むむ武者震いだぜ! わくわくするぜ!」

 少年漫画の主人公のような口調の田辺の体は、確かに細かく震えていた。武者震いだなんて、よほど楽しみなんだろう。さっき私が口からでまかせで言った異名も、案外真実に近いのかもしれない。

「ねぇねぇ心都、これ頂上までいったらどんな眺めかしらね?」

「きっとすごい綺麗なんだろうね。夜にもまた乗りたいね!」

「それ、いいわね! 落下系の絶叫マシーンは日が落ちてからまた乗る、これ鉄則よね」

「ねーっ」

 私と美里は『ウサゴリ雷落とし』を眺めながらあれこれお喋りに花を咲かせていた。


 だから、その時私たちの後ろで、七緒と田辺が小声でどんな会話を交わしていたかなんて、全く知る由もなかったのだ。



 *  *  *




「……おい田辺。お前平気なのか? どっからどう見ても絶叫マシーン苦手な人代表みたいな感じだけど」

 と、東七緒が田辺悠斗に囁いた。

「あ、東……! お前気づいてたのかっ?」

 肌は青ざめ目は潤み、全身を恐怖で震わせたままの田辺が、同じく小声で言う。

「……この状況で全く気づかないあの2人の方が異常だと思うよ、俺は」

 幸いなことに前に並ぶ心都と美里はお喋りに夢中で、彼らの会話は届いていないようだ。

「……だって、栗原の手前引っ込みつかなくなっちゃってさぁ……あんなきらっきらした目で見られたら、『絶叫マシーン無理』なんて言えるわけねーじゃんっ」

「だからってあんな嘘つくことないだろ……。そもそも、ジェットコースターにも乗れないのになんで遊園地のチケットなんてプレゼントしたんだよ? 自分からアウェーな場所に飛び込んでどうすんだよ」

 七緒の意見はもっともだった。今回の計画は、田辺が美里にクリスマスプレゼントとしてこの遊園地のチケットを贈ったことから始まったのだ。

「だってデートの定番スポットといえば遊園地だしさ……。知らなかったんだよ、こんな国内屈指の絶叫マシーンだらけの地獄のような遊園地だなんて……。俺はただ、栗原とファンシーにメリーゴーランド乗ったりロマンチックに観覧車乗ったり、アイスを『あーん』で食べさせてもらいたかっただけなんだよ……」

「はぁ? アイスって、いま真冬ですけど」

「それに栗原が、あんなに可憐で美しい栗原が、まさかあんな恐ろしい絶叫マシーン狂だなんて、誰が想像できるんだよ? 俺、てっきりイメージ通り『きゃあ怖ーい。あたしジェットコースターとかホント無理ー』なタイプだと思い込んでたんだよ」

「お前の猪突猛進ぶりは、感動すら覚える領域だな……」

 七緒が、若干の尊敬と多大な哀れみの混じった、なんともいえない表情で田辺を凝視した。

「誉めるなよ照れるじゃねーか。とにかくこうなった以上、俺は三半規管の鬼として今日1日を過ごすしかねぇんだよ。そしたら栗原も楽しめるだろうし、さらに俺の株も上がって良いこと尽くめだ」

「1日バレないでいけるわけ?」

「…………多分」

「多分かよ」

七緒が鋭く言うと、田辺は途端に縋るような目をした。

「そんな冷たい言い方すんなよー。東が本当のこと知ってくれてるだけでもかなり心強いよ。なんかあったら協力頼むな」

「なんだよ協力って」

「……具体的にはわかんないけど。とにかく俺が三半規管の鬼を演じるのを手助けしてくれってことだよ」

 田辺の穴だらけな言い分に、七緒はがっくりと肩を落とした。

 まだ朝だというのに、今日1日の疲労を想像して既に頭が痛い。


 ここに、男2人による『田辺悠斗くんを三半規管の鬼にしちゃおうじゃん同盟』が強制的に結成されたのだった。

 しばらくインターネットから遠ざかっていましたが、また徐々に書き始めたいと思っています。既に前回投稿が三年も前になってしまっていますが、読んでいただければ幸いです。

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