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1<愛と、若さと、地獄の果て>

クリスマス編のその後のお話です。

ノリと勢いで書いた番外編的なものなので、軽〜い気持ちでお楽しみ下さい。

「……いい? 開けるよ、七緒」

「おう」

 ドアノブに掛けた手が微かに震える。

 隣の七緒が、ごくりと喉を鳴らした。

 気持ちを落ち着かせるため何度か深呼吸をし、

「いくよ。……いち、にー、の……さんっ」

 自分の中の勇気をフル稼働。一気にドアを開ける。

 ――と、そこは。

「あらぁ心都〜おかえりなさい〜ふふふふふ」

「おい七も一緒じゃねえかー! お前こんな夜遅くに女子と帰宅とは良いご身分だなー! わはははははは」


 ──地獄絵図だった。


 栗原家でのパーティが無事終わったのは、30分前の事だ。

 心配していた禄朗と田辺の対面も、田辺がやたら上機嫌だった事から大きな修羅場なく済んだ(それにしても田辺は気持ち悪いくらい浮かれてたなー。なんだったんだろアレ)。

 そして解散となった後、家へ帰る途中に七緒がぽつりと言ったのだ。

「そういや今日……母親2人は杉崎家でパーティしてんだよな」

「うん。…………ハメ外してなきゃいいけど」

「…………」

「…………」

 私たちはほんのり青ざめたお互いの顔を見た。



 そんなわけで七緒も一緒に杉崎家へ行き、パーティの様子を見る事にした――のだけれど。

「うふふふー2人とも美里ちゃんのお家のパーティは楽しかった? そりゃ楽しいわよね〜若い子たちが集まってキャピキャピするんだもの〜」

「まああたしたちも今日は十分楽しんでるけどなー」

「そうねーうふふふふふ」

 そこは想像以上の地獄絵図だった。

 2人が果てしなく酔っ払っているとか、リビングのテーブルの上に私と七緒の小さい頃の写真が散乱している(思い出話のネタか?)とか、そんな事よりも、問題はお二人の母上様の服装にあった。

 私の脳裏を過るのは、いつかのお母さんの浮かれ気味な台詞。

『明美と久しぶりに親友水入らずでパーティでしょ。せっかくだから若い頃の服でやりましょって事になったのよー』

 ――そう。今日の2人はまさに、「若かりし頃」そのままの格好なのだ。

「なんか今日は気持ちまで十代にプレイバックした感じだよなー爽子」

「ほんとそうよねぇ明美〜若いって良い事ねぇ。あっ見て見て心都〜今日のこのスカート可愛いでしょ〜?」

 と、心なしかいつもの3割り増し高い声で訊ねてきたのはもちろん私のお母さん(今ちらっと出た通り、実は名前はソーコという。爽快の爽、颯爽の爽と書いて爽子……正直、こんなに似つかわしくない名前も珍しいんじゃなかろうかと私は思っている)。

 その爽子さんの本日の服装は、淡いピンクの乙女ティックな姫袖ブラウスに、下はこれまたピンク(ただしこっちはかなり濃い目)のふりふりフリルがふんだんに重ねられた膝丈スカート。そして女学生らしさ満点(?)な三つ編みヘアに真っ赤なリボン。うーん……痛い。目とか頭とか、あと色んな意味でも痛い。ていうか家の中でブーツを履くな。

 今でも十分少女趣味なお母さんだけど、若い頃はよりコテコテに濃厚だったようだ。

 ――そして。

「七ぁーお前何さっきから目ェ合わせないようにしてんだよ。あれか? お母様の若々しい姿を見て照れてんのか? お前もいっちょまえにムズカシイ年頃だなー!」

 そう言って七緒の背中を叩きながらガハハハと豪快に笑う東明美さん。

 そのお召物は、学制服にしては丈が長すぎる、冬用コートにしては雰囲気が攻撃的すぎる――なんというか、その、ひと昔前のあまりガラの宜しくない方々が着ていたような……つまりいわゆる、特攻服的なもの、だ。

 これが明美さん曰く「若気の至り」ってやつなんだろうか――――うん。確信しました。この人確実に元ヤンだわ。

「…………一瞬たりとも照れてねぇよ……っ」

 相変わらず目線は自分の母親から逸らしながら引きつった顔で呟く七緒が気の毒で、私は精一杯の励ましを込め、ポンと肩を叩いた。










「それではあらためましてー」

「乾杯ー!」

 母親2人によるご機嫌な掛け声と共に、4つのグラスがぶつかり合う澄んだ音がリビングに響き渡る。

「……かんぱーい……」

 一方私たち子供2人はそのテンションについていけず、消極的に応えた。

 せっかく4人になったんだからもう一度乾杯してパーッとやりましょう、というお母さんの迷惑な提案により、私と七緒は母親たちの宴会に渋々参加する事になった。

 ――あぁ、今年は抜けるって言ったのになぁ。1回参加させられちゃうと長いんだよなー、これ。と、私は人知れず溜め息を吐いた。

 どうやら隣の七緒も同じ心境らしく、げんなりとした表情で手元のジュースが入ったグラスを見つめている。

「2人とも今日は随分遅かったわね〜。よっぽど盛り上がったの?」

 既にグラスを空にした(飲むの速すぎ)お母さんが私と七緒に訊ねる。

「うん……ちょっとすごく色々あって。ある意味盛り上がったよね七緒」

「……おー」

 今日1日のどたばたを思い出して、更に疲れ気味になってしまう私たちであった。

 ――でも、何だかんだ言ってやっぱり楽しかったなぁ。七緒から思わぬプレゼントももらえたし。来年のイヴも一緒に大福食べる約束までしちゃったし……えへへ。

「……何にやにやしてんの」

 はっと我に返ると、隣の七緒が私を見ていた。

「に、にやにやなんてしてないから」

「ばっちりしてたって。なんつーの、夜道を徘徊する変態みたいな」

 嗚呼。こいつ1回マジで泣かしてやろうか畜生。

 物騒な感情を抑え、私はヤケクソ気味にコップをぐいっと口元に運んだ。

 このぶどうジュースおいしいなーと思った次の瞬間。

 ――ふいに、ふにゃ、と全身の力が抜けた。

 






 * * * *







 へろへろ〜と間抜けな効果音が似合いそうなくらい呆気なく、心都は床にへたりこんだ。深く俯いたその顔から表情は読み取れない。

「……え。心都?」

 面食らった七緒が声をかける。が、しかし。

「…………」

 心都はむっつりと黙ったまま、相変わらず腰が抜けたように動かない。

「あらやだー」

 突然、素っ頓狂だがどこか能天気な声が聞こえた。

 驚いた七緒が顔を向けると、ついさっき心都が一気飲みしたばかりのグラスを手に持った爽子が立っていた。

「これお酒よー? しかもかなり強いやつ。心都ってば間違って私のグラス取っちゃったのねー」

「なんだ心都の奴、何年か前と同じ間違いしてんじゃん。おっちょこちょいだなー! あはははは」

 笑う爽子と明美に向かい、

「いやいやいやいや笑い事か?」

 七緒が突っ込んだ、その時だった。

 ――がしっ。

「ひぃっ!?」

 すごい力で腕を掴まれ心臓が止まるほど驚いた七緒は、思わず可愛らしく上ずった声を出した。

 おそるおそる、目線をその力の方向に向ける。

「…………びっくりした時の叫び声まで美少女ってか。あぁ可愛いなぁぁー七ちゃんは」

 と、腕を掴んで七緒を驚かせた張本人である心都。可愛いなぁと誉め言葉を口にしながらも彼女の表情は般若の如く凄まじいもので、地獄の果てから響いてくるような低くひび割れた声だった。

「え? えぇぇぇ……? 心都?」

 いつもとは違う幼馴染みの様子に戸惑う七緒。そんな彼を見て、心都は更に続けた。

「ほらまたそんな目ェ真ん丸くてラブリーな表情しちゃってー。本っっ当に可愛いよねもはや犯罪だよね罪人だよね死刑にしたい位だよね」

 そう言って、不気味な笑みを浮かべる。

「……もしかして酔ってる……?」

 七緒が唖然として言う。

「そうよ、心都ってば酔ってるのよ、絡み酒よ絡み酒っ」

「やば、なんか面白い展開になってきたな」

 と、後方の母親2人はわくわく感を我慢しているような小声で囁き合う。

 数年前にも、心都はクリスマスパーティで間違って酒をがぶ飲みし酔っ払うという失態を演じた。その時はジャ●おじさんの物真似を延々と繰り返す(しかも結構似ている)というかなり厄介な酔い方だったのだが――。

「酔ってるって私がぁ? 失礼だなぁー七ちゃん。あんたもしかしてあれか? 顔が可愛けりゃ何言っても許されると思ってんのか? あぁーやだやだ天狗になっちゃって」

 まるで若いかわいこちゃんに絡む親父(ちょっとキレ気味)だ。

 ――今回も、いや、今回の方がかなり厄介な酔い方だ。

 七緒は心の中でそう呟くと、がっくりうなだれた。

「あっ、今溜め息ついた! ふぅーって溜め息ついたでしょ七ちゃん! 人と話してる時に溜め息つくなんてこりゃ本格的に天狗だよね度を超えた天狗だよね尋常じゃないほどの天狗だよね。ねぇちょっと私の話聞いてる?」

「……あのな、心都。お前は今、その、ちょっと頭がおかしいから、部屋でおとなしく寝てた方がいいと思うんだ」

 なるべく冷静に簡潔に、かつ優しく諭そうと努めた七緒だったが、それが裏目に出た。

「あ゛? ちょっとちょっとー頭おかしいって誰の事よ七ちゃーん。今の発言マジ許せないんですけど! ちょーむーかーつーくー!」

 酔っ払いには、冷静さも簡潔さも優しさも無駄だ。

 げんなりする七緒の腕をガシッと掴み、心都は邪悪に笑った。

「天狗になってる七ちゃんは根性叩き直すために強制個人面談でーす。明美さん、ちょっと七ちゃん借りていいかしらー」

「おー、いいぞいいぞ。煮るなり焼くなり好きにしな」

「ちょ……っ無責任すぎんだろ! 息子が酔っ払いにさらわれようとしてんだぞ!?」

「ガンバレ七!」

 にかっ、と素敵な笑顔の明美が親指を立てた。その横では爽子がこれまた楽しそうに笑っている。

「…………」

 幼馴染みに引きずられながら、泣きそうな気持ちで七緒は悟ったのだった。




 ――こいつら俺以外全員酔っ払いだ……!







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