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29<昔話と、BigLucky>

 その公園の滑り台を、私たちは『かまくら滑り台』とか単に『かまくら』とか呼んでいた。

 全体を支えるホネホネした柱がなくて、かまくらのような丸みのある形をしていたからだ。その中は空洞になっていて、しゃがんだ子供が数人入れる広さなので、ちょっとした秘密基地気分を味わわせてくれる場所として人気だった。

 だけどその時、秘密基地の中で、9歳になったばかりの私は泣いていた。静かに体育座りをして、それはもう涙と鼻水をだらだら垂らして。

「う゛っ……ぐす……っ」

 隣の七緒が呆れたように私を見る。

「……泣きすぎじゃない?」

「だ、だだだってぇ……」

 私の恐怖の理由。それは、辺りでザーザーと音をたてる滝のような豪雨と、妖しく光る雷。

 その日、私と七緒は2人で公園に遊びに来ていた。

 珍しく公園には誰もおらず、私たちは「貸し切りだねーわははは」なんて言って楽しく遊んでいた。

 が、つい数分前。ちょっと雲行きが怪しくなってきたかと思ったら、あっという間にものすごい量の雨が降りだした。

 なので七緒と2人、かまくら滑り台の中でひとまず雨宿りをする事にしたのだけれど。

「……雨止まないよ?」

「おれに言われても」

「……どんどんひどくなってない?」

 冬には珍しい、激しい雷雨。しかもここは安全な家の中ではなく、一時的に非難した滑り台の空洞の中。周りに大人はいない。というか私たち以外の人影はない。そして、寒い。

 それら全ての状況が合わさり、私はとてつもなく不安だった。

「……は、早く止まないかなぁ」

「もーすぐ止むよ」

 隣の幼馴染みは、やけに呑気に言った。

「……な、なんでわかるの?」

「勘。」

 私がガックリとうなだれた、その時。


 ――ピカッ。


「ぎゃぁぁぁ―――!」

 突然の稲妻に、私は思わず頭を抱えてうずくまる。七緒はというと、雷よりも私の声に驚いたらしく、びくっと肩を震わせた。

「びっくりしたー……。あのさ心都、怖がるならもうちょっと女らしく……」

「だって怖いもんは怖いじゃぁぁん……!」

 私、もう不安の最骨頂。というか軽いパニックだ。

 天気はどんどんひどくなる。かまくら滑り台の中から見る外の景色は雨の粒で白く霞んで、不定期に光る雷がいっそうそれを不気味にした。

 なんだかこのまま永遠に雨が降り続けるんじゃないかという気さえしてくる。馬鹿みたいだけど、幼い私を震え上がらせるには十分な感覚だった。

「う゛……うぇ……っ怖いよーお母さん……」


 ――次の瞬間、私の視界は真っ暗になった。


「え……な、七緒?」

「……――周りが見えなきゃちょっとは怖くないと思う。多分だけど」

 七緒がその手を私の両目に覆い被せ、塞いでいた。

 視界が効かなくなった私に届くのは、雨の音と、たまに遠くから聞こえる雷鳴と、七緒の温度だけ。

「……本当だ。怖くなくなったよ」

「でしょ」

 と、七緒。見えないけれどきっと今、得意そうな顔をしている。

 七緒の掌の威力はすごかった。周りが見えなくなった事よりも、その温かさが私を安心させる。

「……ありがとう」

「だって心都が怖がるとうるせーんだもん」

 9歳の私たちは雨が止むのを待った。


 ――あのね、本当は気付いてたよ、七緒。

 私の目を塞いでくれた七緒の手が、ほんの少しだけ震えていた事。

 七緒も心細かったんだね。

 だけど私があまりにも騒ぐもんだから、それを一生懸命隠して、強がってくれたんだね。

 ごめんね。

 ありがとう。

 七緒はいつも私の心をあったかくするね。


 泣き疲れた私と子守(?)に疲れた七緒は、かまくら滑り台の中でいつの間にか眠ってしまっていて。

 気が付いたら周りではパトカーのサイレンがガンガン鳴り響いていた(私たちが帰ってこない事で大パニックになったお母さんと明美さんがものすごい口調で通報したらしい。……ものすごい口調って何だろ?)。

 雨はもうすっかり上がって、からっとした青空が広がっていて。

 大号泣の母親組に抱き締められながら、こんな綺麗な空もあるんだなぁ、と思ったりした。

















「……と……心都…………心都!」

「んあぁ?」

 アホ丸出しな声をあげ目を開ける。

 そこには幼馴染みが驚いた顔で立っていた。もちろん14歳の、ジャージ姿の七緒だ。

「お前……この寒い屋外で何寝てんだよ。死ぬぞ?凍死だぞ?」

 どうやら私、七緒を待ちながら昔の記憶を辿っているうちに眠ってしまったらしい。……やっぱり徹夜で手芸は無理があったか。

 まだぼんやりする意識の中、とりあえず目を擦りつつ挨拶。

「…………おはよ」

「あ、おはよ。お前目覚め悪いし低血圧だな……ってちげーよ!! そもそも夜だし! っていうか夜の公園のベンチで1人で寝るなんて危ねーだろ!」

 む、と私は思わず喧嘩モードに入りかける。

「なぁぁーにそれ常識人ぶっちゃって。自分だって昔公園で爆睡したくせに」

「は? 何ソレ」

 忘れてるってオチか。

「ていうか、か弱い乙女を夜の公園に置き去りにしてく方が悪いんじゃん」

 いつもの七緒との会話だったら、きっと奴は『か弱い乙女』の部分に激しい突っ込みを入れてくるだろう。

 でも今日の七緒は「あ。」と目を見開き、

「そ、そういやそうだよな……ごめん」

 何とも素直に謝った。

 そうしおらしくされると、私の方も居心地悪い。

「……や、別にいいんだけど。ほら私みたいな色気ないのが公園で寝てたって何もないだろうし」

「あー確かに」

「おい」

「嘘。ごめん」

 前言撤回。こいつ全然しおらしくなんかないです畜生。

「――で? このか弱い乙女をほっぽりだしてまで成し遂げなくちゃなんなかった用事は終わったんですかい」

 我ながら可愛くない口調で皮肉を込め訊ねる。

「あー、うん」

 七緒が曖昧に頷いた。よほど走ったんだろう、よく見るとまだ少し息切れをしている。

 七緒は今まで背中の後ろに回していた右手を前へ出した。

 その手には、スーパーのビニール袋がぶら下がっている。

「遅ればせながら……クリスマスプレゼント」

「……へ?」

 硬直する私を見て、七緒は少し照れくさそうに視線を逸らした。

「わ……私に?」

「うん」

「……今買ってきたの?」

「うん。……早くもらって」

 恐る恐る腕を伸ばし、袋を受け取る。小さい割に意外と重い。

 驚きで痺れた頭が徐々に冷えてくると、今度は嬉しさが込み上げてきた。

「わぁー……うっそ……。あ、ありがとう」

「……いや、だって俺もらっといて何も用意してなかったし……」

 相変わらず視線を逸らしながら七緒が呟く。

「開けていい? っていうかもう開けてるけど!」

 そう言いながらガサガサ袋を開ける。

 と、中から出てきたのは――――。



「……――だ、大福…………?」



 パックに入った大福1個だった。

「え……えーと……」

 なんでクリスマスに大福?

 わけがわからず固まる私に、七緒が言う。

「お前が欲しいって言ってたものって、大福ぐらいしかわかんなくてさ。……クリスマスムード台無しで悪いけど」

「え?」

 ……私、言ったっけ?大福欲しいとか言ったっけ?

 ぐるぐると回る頭の中に、数日前のヒトコマが甦った。


『その、つまり……。だい……』

『……?』

『……だい……だい…………大福食べたい』


「あー!」

 私は思わず叫んで両手を打った。

 ――あの時。嵐のような禄朗が東家から去って、その後雰囲気に流されて告白未遂の失態を演じた、あの時だ。

 『大好き』の最初の2音がぽろっと口から出てしまった事を誤魔化そうと、汗だらだらで私が言った台詞。それが『大福食べたい』だった(大福食わず嫌いにも関わらず)。

「……あんなちっちゃい事……覚えてたの?」

 単なる苦し紛れの台詞だったのに。

「なんか……どうしよう……」

 私はニヤけそうになる頬を両手で押さえた。

 馬鹿らしいといえばそれまでだけど。

 でも、やっぱり、うん。

 綺麗な指輪やネックレスをもらうより何倍も嬉しい。

「……嬉しすぎるよ七ちゃん」

「七ちゃんいうな。――なんだ、そんなに大福食いたかったんだ。じゃあちゃんとした和菓子屋の買ってくれば良かったなー。この時間スーパーかコンビニくらいしか開いてなくてさ。しかも金なくて1個しか買えなかったし……」

 と、ちょっと的外れな悔しがり方をする七緒。

「ううん。じゅーぶん嬉しいよ、これ」

「……そう?」

 自分が出来る最大限の素直な笑顔で、目の前の幼馴染みに向き直る。

「うん! ありがとう、七緒。――今食べていい?」

「えっ今?」

 驚く七緒をよそに、私はパックを開け大福を2つに割った。

「はい。半分こね」

 片割れを差し出すと、七緒は呆れたような、それでいて面白がっているような顔で受け取った。

「ありがと。……マジで今食うんだ……クリスマスイヴの公園で大福って何かすげーな」

「こーいうのもアリだよ。いただきまーす」

 初めて食べる大福は、思っていたより甘ったるくなくて、なかなかおいしくて。


 でもそれよりも何よりも。

 

 やっぱり七緒の気持ちが私の胸の奥をあったかくしていた。


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