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27<彼の気持ちと、彼女の気持ち>

「禄朗と華ちゃん、大丈夫かなぁー……」

「大丈夫だろ」

「また男の勘ってやつですか」

「まぁそーいう事にしといてください」

 その勘を何か別の時にも発揮してくれないかなーと思ってしまう、片想い歴4年の私。






 数分前。七緒に促され、禄朗は華ちゃんを迎えに行った。ちゃんと謝って自分の思ってる事伝えてこいよ、という七緒の言葉に、禄朗は至極あっさりと頷いた。きっと、彼の中で何か確実な変化があったんだと思う。

 ちょっと嬉しくなって微笑みながら禄朗を見ていたら案の定「ニヤニヤしてんじゃねーよ」ってガン飛ばされましたけどね。……私に対しての態度は本当に相変わらずだな。

 そんなわけで今、私と七緒はこの公園の隅にあるベンチに座り、2人の帰りを待っているのだった。

「……やっぱり私たちも一緒に行って捜した方がよかったんじゃ……」

「うわ出たーお節介おばさん」

 ほざく七緒をとりあえず睨んで黙らせてから、公園の真ん中に立つ背の高い時計台に目をやる(何度も言うけど私がおばさんならあんたはおじさんだっての。ていうかうら若き女子中学生におばさんとか言うな)。

 時刻は9時半を回っていた。真っ暗な周りを見ていると、どんどん心配が増してくる。

「何で今日はやけに呑気なのよ」

 そう問い掛けると、七緒は何ともなしに答えた。

「あの2人、言いたい事言い合ってたじゃん」

「うん」

「まぁ途中からお互いキレて怒鳴り合ってたけど。とりあえず本音言ってたから、余計な仲裁入らなくても大丈夫だと思ったんだよ」

「……へー」

 少し、感心。ただ呑気なのかと思ったら、意外とそういう事考えているんだ。全然男の勘じゃないじゃん、やっぱかっこつけてただけかい、というツッコミはそっと胸にしまっておいてあげよう。

「だからしばらくしたら2人で帰ってくるって」

「……だね」

 おばさんの出る幕じゃない事を理解した私は、おとなしく待つ事にした。

「…………」

「…………」

 なんとなく、沈黙。

 七緒はジャージで寒くないのかなーとか、すっかり忘れていたけど美里と田辺どうしてんだろーとか色々余計な事を考えた後、私は決心した。

 ――今、かな。

 禄朗と華ちゃんが帰ってくる前に、私もやっておかなきゃいけない事がある。

 息を思い切り吸い込んで、私は言った。


「「――……ごめん」」


 ――――ハモった。誰とって、私が謝らなくてはいけない張本人、他ならぬ七緒とだ。

「えっ……え? なんで七緒が謝るの?」

「そっちこそなんで急に謝ってんの」

 と、きょとん顔の七緒。

 なんだか禄朗疾走のドタバタでいつの間にやら普通に会話していた私たちだけど、数日前の大喧嘩で絶交状態になっていたはずだ。そして私が一方的に悪いその喧嘩の後、まだちゃんとした仲直りをしていなかった。

 だからずっと言いたかった「ごめん」を、今やっと口に出せたと思ったのに。まさかここで七緒と見事にハモるとは。

 ……うん。この際、七緒の謝罪理由は後回しだ。

 今は自分が伝えたい事をちゃんと伝えよう。

「……あのね、七緒」

「うん」

 真面目な顔になった七緒がこっちを見る。ベンチで隣に座っているのでかなりの至近距離という事になるけど、ドキドキしている暇はない。

「こないだ喧嘩の時に言った事、あれ……嘘です」

「……幼馴染みになんかなりたくなかったぜ畜生ー! ってやつ?」

 こくり、と私は頷いた(若干台詞が誇張されている事には目を瞑った)。

 全然女の子として見てもらえないこのポジションをたまに恨みたくなる時もある。

 でも。

 嫌なのかって聞かれれば――やっぱり、絶対、違うんだ。

「あの時、私ちょっと機嫌悪かったの。だから八つ当たりって言うか……全然心にもないひどい事言っちゃって、本当最低だった。……だから、ごめん」

 頭を下げる。

 膝の上の握り拳に少しだけ力が入る。

 確かに、私は幼馴染みではない意味で七緒が『好き』で『大切』だよ。

 でもね、幼馴染みとしての七緒も同じくらい『好き』で『大切』なんだ。

 もちろんここまでは本人に言えないけれど。

「…………」

 あまりの反応のなさに怖くなって、恐る恐る顔を上げる。

 と、そこにはボケーッとした表情の七緒がいた。

「えぇぇ……? 何その顔……」

 我に返った七緒は慌てて私に向き直る。

「いや、何か気ィ抜けちゃって……。なんだーあれ嘘かよ……」

 深く深く溜め息を吐き、七緒はぐったり下を向いた。

「……あの時けっこーショックだったんですよね」

「……うん、ごめんなさい」

 私だって、もし立場が逆で七緒にあんな事言われていたらきっと立ち直れなかったと思う。

「でも、あれが嘘だったって事はー……俺が謝る理由もなくなるかも」

「え」

 今度は私がきょとんとする番だ。

「……うーん…………いや、やっぱ謝んなきゃいけないな。結果的に約束守れなかったんだし」

「――約束……?」

 ますますわけがわからない。だって、七緒はちゃんと約束を守ってパーティに来てくれた。謝られる理由なんて1つもないはずなのに。

「……俺さ、喧嘩してしばらく経った後、屋上で絶交宣言したじゃん」

「うん」

「あの時、心都がそんなに俺と関わるの嫌ならもうこっちから離れようって本気で思ったんだけど」

 七緒の優しさは十分知っている。たとえこっちの胸が少し痛んだとしてもそれは全て相手を思っての行動で、そういうのが奴の恋愛面での的外れっぷりに繋がっている事も、嫌になるくらいわかっている。だから七緒は幼馴染みとしてはいい奴だけど、恋愛対象には向いていないんだろうな、と思うんだ。

 ――と、ここまで考えて気付いた。

 七緒と禄朗って、少し似ているかも。

 相手の事を考えて、でもそれは若干正解と外れている所とか。悪気がなくても相手をちょっと切なくさせてしまう所とか。……わぉ、意外な発見。

 七緒は小さな子供みたいにぐしゃぐしゃと頭をいじりながら宙を仰いだ。

「……でも無理だったなー」

「何が?」

「さっきから俺たち、もうこうやって普通に喋ってんじゃん」

「それは禄朗の事とかで喧嘩引きずってる場合じゃなかったから」

「――違うよ、それ以前に……俺やっぱり駄目だ」

 だから、何がよ。

 そう訊ねようと口を開きかけた私。だけど次の瞬間、間抜けにも全身が固まって動かなくなってしまった。

 原因は単純。あの大喧嘩以来、本当に久しぶりに私へ向けられた七緒の笑顔。

 今更こんな事を言うのも恥ずかしいけれど――少し困ったように笑う七緒は、なんというか、つまり、正直なところ――ありえないくらい可愛かったのです。

「やっぱり心都いないと調子狂うわ」

「……え」

 その目を疑うほど可愛らしい笑顔で、七緒は言う。

「さっき久しぶりに心都と喋った時、思った。俺約束守れそうにねぇな、って。心都と一生絶交とか、正直……無理」

 ……あぁ、もう、こいつは。

 私を殺す気なんでしょうか?

 もちろん七緒の屈託ない笑顔を見れば、この言葉は『女の子』ではなく『幼馴染み』としての私に対してのものだって事くらいすぐにわかる。

 でもやっぱり、私は単純だから。

 どうしよう。めちゃめちゃ嬉しい。

「……それで絶交の約束守れなくてごめん、って事?」

「そう」

 なんだか七緒らしいなぁ、と思わず吹き出してしまう。

「うわ笑った」

「ごめんごめん」

 すね始めた七緒に手を合わせ、私はちょっと深くベンチに座り直した。

「……うん。私も無理だなー。七緒と『絶交』してた何日かの間、めっちゃくちゃ寂しかったし」

「……自分から喧嘩ふっかけたのに」

 と、口の端を上げて七緒。幼馴染みが、少しだけ大人びて見える表情だった。


 ――七ちゃんも、変わるんだよね。


「……私、七ちゃんと幼馴染みでよかった! と思ってる! ……のですヨ! 本当に!」

 私は、公園の静かな冷気がびりびりと震えるくらいの声で言った。

「わ。急にでかい声出すからびっくりしたー。しかもなんかカタコトだし。つか七ちゃんて呼ぶな。んでもってこの手は何」

 一通り突っ込みを終えた七緒は、目の前にずいっと出された私の右手を指差した。

「……いや。仲直りの……握手?」

 だんだんと声が小さくなっていくのが自分でもわかる。

 仲直りの握手――これ、口に出すと結構恥ずかしいもんだ。

 七緒はきょとんとした顔で私を見ていたけれど、やがて今の言葉を飲み込んだらしく「あー」と頷き、

「なんで疑問系だよ」

 呆れたように笑いながら手を握り返してくれた。

「はい仲直りー14年の幼馴染み復活ー」

 ふざけたように言う七緒。その手はさらりと冷たくて、私よりほんの少し大きいような気がした。


 ――幼馴染みの七ちゃんも、変わるんだよね。

 きっと、昔のままじゃいられない時が来る。

 でも今なら自信持って、「大丈夫!」って言えるんだ。

 だって好きなんだもん。

 大好きなんだもん。

 理由なんてそれだけで十分だ。


「…………あ?」

 七緒が空を仰ぎ、短い声をあげた。

「何、どーしたの」

「なんか今ほっぺに……」

 言いけた七緒の瞳が、次の瞬間、僅かに見開かれる。

「あ゛」

「な、七緒?」

「心都、上。上見てみ」

「うえ……?」

 言われるがままに空を見上げる、と。


 ちらちらと舞うのは、小さく淡い、白。


「ゆ……っ雪!」

 私は思わず七緒から右手を放し、雪を掴もうと目の前に置いてしまった。……数秒後、ちょっと後悔。ただの握手とはいえ、せっかく手と手を繋いでいたのに。

「今日ずっと寒かったもんなー。初雪じゃん」

 同じように右手の掌を上へ向け、七緒が言った。

 空からゆっくりと落下した雪は、地面に届くと幻みたいに溶けて消えていく。

「だねー。ていうか七緒、これはただの初雪じゃないよ? ホワイトクリスマスってやつだよ!」

「へぇ」

「うっわ反応薄」

「だってたまたま雪降ったのがクリスマスイヴだったってだけじゃん」

「……夢のない男め。それを言っちゃお終いだっつーの」

 ――っていうかね、七緒。

 本音を言ってしまえば、私にとって本当に意味があるのは初雪でもホワイトクリスマスでもなく。

 七緒と一緒に雪を見ている、って事なんだよ。

 この夢のない男には、まだ恥ずかしくてとても言えないけれど。


 出来れば来年の冬も隣で空を見上げて、

 そしてその頃にはもう2人が同じ気持ちだといいなぁと願いながら、

 落ちては消えていく真っ白な雪を見ていた。












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