25<走馬灯と、スウィートメモリー>
華ちゃんは、栗原家の前で俯き加減に立っていた。
「華ちゃん、どうだった?」
私が問い掛けると、彼女はゆっくり顔を上げた。
その表情を見れば、捜索の結果は一目瞭然だ。
「駄目でした。禄ちゃん……どこにもいなかったです」
「……そっか。私も見つかんなかったよ」
その時、別方向を捜していた七緒が到着した。
「こっちの方にはいなかった」
息を切らしながら言う七緒の視線が、私の隣の華ちゃんで止まる。
「あー……えっと『華ちゃん』?」
「え、あっ、はい。初めまして、吉澤華です。東七緒先輩……ですよね?」
「おぉよくご存じで」
初対面の子が自分のフルネームを知っていた事に、七緒は少し驚いていた(1年生はともかく先輩方(主に女子)の間ではあんたの名前、誕生日、星座、血液型その他諸々の情報が流れまくってるっつーの。気付け鈍感)。
「はい、あの七不思議の東先輩ですよね。知ってます」
と、無邪気に華ちゃん。それを聞いた七緒は、
「……………………………………………………うん」
うわっ、テンションがた落ち。
無理もない。彼にとって自分が七不思議のネタにされている事はとてつもなく不本意なのだ。まぁ確かに『可愛い』って言われて喜べるわけないか。
ちょっぴりデリケートなお年頃(?)の七緒君、完全に落ち込み遠い目でブツブツ呟き始めた。
「……どうせ女顔っすよ………………あーぁ背伸ばしてぇ……」
いや、あんたの美少女っぷりは身長どうのこうので解決出来るもんじゃないだろ。
地雷を踏んでしまった華ちゃんはオロオロしながら七緒と私の顔を見比べる。
「えっ……え!? すいません!わわ私、何か悪い事言って……」
「気にしないで華ちゃん。そんな事より今は禄朗だよ」
「そんな事ってオイ!!」
心なしか若干涙目で突っ込んできた七緒だけど、それでもしばらくするとやっと冷静さを取り戻したようだ。わざとらしい咳払いの後華ちゃんに向き直った。
「……えーと……じゃ……華ちゃん、とりあえず話は心都から聞いたから、俺も禄朗捜し手伝うわ」
「あ、ありがとうございます……!」
華ちゃんが勢い良く頭を下げる。
「なんで禄朗は今日学校飛び出してったのか知ってる? 橋本との喧嘩なんて日常茶飯事なんだろ」
「それがわかんないんです……どうして今日に限ってこんな事になっちゃったのか」
「多分だけど、何かすっごいムカつく事言われたんだろうね。で、今まで以上にブチ切れちゃったとか」
私が言うと、華ちゃんはますます心配そうに瞳を曇らせた。
ふと、気になった事を聞いてみる。
「禄朗の親御さん達は、今どうしてるの? 心配して捜してたり……?」
「あ、いえ……禄ちゃんのお父さんとお母さん、なんていうか……結構昔から放任主義みたいな感じで……私が今日家に行った時も、放っとけば帰ってくるから、って言われて」
なら、今のところは『警察呼んでー!』とか大騒ぎになるって事はなさそうだ。
「……でも、放っとけって言われてもさ……やっぱ心配だよなぁ……」
深刻な声で、七緒が呟く。重苦しい沈黙が辺りを包んだ。
禄朗、本当に、どこにいるのよ。
もしこのまま出てこなかったらね、言っとくけどあんた、華ちゃんだけじゃなく……私だって、七緒だって、泣くよ? 馬鹿。
拳をぎゅっと握り締める。
頭の中を走馬灯のように駆け巡るのは、出会ってから今までの禄朗との思い出。
『ボサボサをボサボサって呼んで何がいけねぇんだよ!!』
……。
『うっせぇよボサボサ!!』
…………。
『黙ってろボサボサ!!』
……あれぇ? 何だか思い出せば思い出すほど腹立ってきた。シリアスなシーンのはずなのに。おかしいな。
隣を見ると、七緒が微妙な顔してうなだれていた。きっと初めて会った時熱烈な求愛を受けた事を思い出したんだろう。
「とりあえず……これからどうしよう? あっちの方の道まだ捜してないし――もう少し見回ってみて駄目だったら禄朗の家に行って、最悪警察に……」
と、栗原家より数メートル先の、暗闇に紛れて見えづらくなっている細い道を私が指差した瞬間、
「あ……!」
華ちゃんが短く叫んだ。
「何何どしたの華ちゃん」
小動物みたいにくりっとした華ちゃんの瞳は、さらに真ん丸になった。
「あの、あそこの細い道の先に……もしかして公園あったりしませんか? っていうかありますよね……!?」
珍しく迫るような勢いで話す彼女に圧されながら、私は頭の中で地図を浮かべる。
「あー、うん。公園あるある。それがどうしたの?」
「……昔、よく禄ちゃんとそこに来てたような気が……」
可愛らしく口元に手を添え、華ちゃんは言った。
「え、マジで!?」
「は、はい……周りの風景とか変わっちゃってて最初気付かなかったんですけど……多分」
この暗い中でもわかるほど、華ちゃんの頬はまたまたほんのり桜色に染まっていた。
つまりそこは、まだ禄朗が今みたいにとんがり始める前に2人で仲良く遊んだ公園――華ちゃんにとってスウィートメモリー的な場所なのだ。
私も思わず胸がきゅーんとしてしまう。が、
「いやー……もしそこに禄朗がいたりしたらさ、何かすっげぇドラマチックだよなぁ」
この雰囲気とは明らかに不釣合な、呑気でアホっぽい声で七緒が言った。
だから、少しはムードとか考えろって鈍感。
――いた。
華ちゃん思い出の公園へ辿り着くと、七緒曰く「すっげぇドラマチック」な展開が待っていた。
禄朗だ。
間違いなく、どう見ても、制服のままの禄朗だ。
割りと広めの公園の隅にはちゃんとベンチが置かれているのに、禄朗は砂でざらついた地面に片膝を立てて座り、滑り台の柱に背中をつけていた。入り口には背を向けている。
いやぁ結構近い所にいたもんだな、と私は人知れずホッと溜め息をついた。
「……禄ちゃん……」
華ちゃんが緊張した声で呼び掛けた。
禄朗が、振り向く。驚いた顔をしていた。
「……は……? なんでここに……」
「なんでじゃないよ……。禄ちゃん急にいなくなっちゃうから、心配したんだよ? 先輩たちにも捜すの手伝ってもらって……」
禄朗が黙って立ち上がる。私を見て「なんでボサボサまで……」みたいな顔をして(悪かったな畜生)、唯一七緒にはバツが悪そうに軽く頭を下げた。
そして再びこちらに背を向ける。
「…………」
「禄ちゃん、なんでいなくなったりしたの……?」
「……うっせぇな……お前に関係ねぇって何回も言ってんだろ」
表情が見えないまま禄朗は低い声で吐き捨てた。
と、その時、周りの空気が変わった。いや、正確に言うと――華ちゃんの周りの空気が。
「……何よ、それ」
伏せられていた彼女の顔が突如、鋭く禄朗を見上げた。
そして次の瞬間、
「禄ちゃんのバカ―――――ッ!!」
華ちゃんのものとは思えないような大声が、公園に響き渡った。
「バカ! おたんこなす! ツンツン頭ー!!」
……普段おとなしい子ほどキレると豹変するというけれど。
うん。華ちゃん、変わりすぎです。