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23<聖なる夜と、待ち時間>

「いぇーいハッピーメリークリスマーァァス!!」

 いつでもハイテンションな田辺の掛け声と共に、私は思い切りクラッカーのヒモを引っ張った。

 ぱぁぁん、と派手な破裂音。

 美里が「耳痛いー」と笑いながらパチパチ手を叩いた。


本日12月24日。

楽しい楽しいクリスマスパーティの、始まり。


「……それにしても美里ん家、何回来てもすごいなぁ」

 リビングを見回して、思わず呟いてしまう。

 パーティ会場であるここ栗原家を一言で表すと、とにかく広くて白い。壁も天井も照明も、濁りのない純白。さらに3階建てで庭も広く、庶民中の庶民である私から見ればちょっとした豪邸だ。

「そんな事ないって。普通よ」

「いやぁ、ほんとすげぇ家だよ。俺やっぱ親父のタキシード借りてきてよかったー」

 そう言って田辺は、少し大きめのタキシードの袖を捲った。彼の長所は思い込んだら一直線な所で、それはまた短所でもある気がする。

「わぁ。ちょっと心都、これこそすごいじゃない」

 唐揚げやらサラダやらと一緒にテーブルの上に置かれた、苺だらけのデコレーションケーキ。それを見た美里が小さく叫んだ。

「すごいおいしそー」

「えへへーどうも。いつになく頑張って作ったからね」

「で、頑張りすぎてそのクマ?」

「そこは突っ込まないで」

 目の下を隠しつつ田辺を睨む。

 今日の私はどす黒いクマが最高潮で、聖なる夜に相応しくない顔になってしまっている。

「うぁーその顔でガン飛ばすとマジ殺人鬼じゃん!」

「田辺うるさい。これでもせーいっぱい隠してきたのっ」

 慣れない化粧品使って色々格闘してみたけど、頑固なクマは消えてくれなかった。珍しく履いてみた、若干お母さん好みのひらひら膝丈スカートも何だか霞んで見える。

「心都」

 栗原家特製の唐揚げに夢中な田辺に聞こえないくらいの声で、美里が囁いた。

「はいよ」

「元気になったのね?」

「え」

「おととい屋上から帰ってきた時は死にかけてたじゃない」

「あは。うん、もう大丈夫。ご心配おかけしました。……美里」

「ん?」

 美里が可愛らしい上目遣いで、私を見つめる。わぉ。こりゃ田辺じゃなくても男なら皆イチコロだ。

「私、今日ぶつかってみる」

「もう逃げないって事?」

「おうよ。……ちゃんと話し掛けて、誤解といて――そんでもって、仲直りしたるぜ」

 ぐっと固めた私の拳を、美里が小さく叩いた。

「それでこそ心都。頑張って。――ただ、も少し女の子らしくね?」

「……はぁい」

 美里と目が合う。へら、と私は笑った。

「っていうかさー、なんで俺ら3人なわけ? 東とかいつ来んの?」

 と、両手に唐揚げを持ちながら今更な質問をする田辺。

「七緒は部活終わってからで、1年の華ちゃんも塾の後に来てくれるんだって。禄朗は――」

 禄朗の名前が出た途端、田辺の動きがぴたりと止まった。

「そ、そうか……。そういやあの進藤禄朗も来るんだったっけなぁ………………ははっ」

 以前『質問に5秒以内で手早く尚且つ解りやすく答えなかった』ために胸ぐらを掴まれた経験があるらしい彼の目は、果てしなく虚ろだ。

「うーん……禄朗はちょっと来れるか微妙かも。学校休んでたらしいし」

「あぁ、そういや進藤、何日か前にまた橋本と派手にやったらしいな」

 ぽん、と手を打ちながら田辺が言った。

「言い争い?」

「多分。結構白熱してたみたいだぜ」

「またか……華ちゃん気が気じゃないだろうなぁ……」

 荒れる禄朗を見つめる、心配そうな華ちゃんの顔が目に浮かぶ。

「俺も気が気じゃねーよ」

「なんで田辺が」

「進藤と喧嘩した後の橋本、すげーピリピリしてんだもん。その機嫌のまま部活来られるとマジ困る」

「あ、そーいえば田辺君バスケ部なのね」

 おぉっと。残酷な一発が田辺にヒット。美里さん、「そーいえば」はキツいっス。そして更にその台詞2回目っス。

 タキシード姿の田辺の背中は、明らかにさっきよりしょぼくれていた。頑張れ田辺。






「……遅いなぁ」

 壁にかけられた時計(やたらキラキラしている)を見上げ、私は呟いた。

 時刻はすでに8時を回っているのに、パーティは相変わらず3人で進行中だ。

 すぐ傍ではさっきから田辺が美里に猛烈な勢いで話し掛けている。

「なぁなぁ栗原はどんなタイプの男が好きなの!?」

「物静かでしつこくない人かな。うるさくてしつこい人は勘弁だわ」

「へー! じゃ俺なんてどう!? かなりオススメ!」

「ふふふ面白い冗談ー」

 もう一度言おう。頑張れ田辺。

 私はさっきから玄関が気になって仕方なかった。禄朗は、やっぱり来ないんだろうか。そして七緒も華ちゃんも、もうとっくに着いていておかしくない時間なのに。

「七緒君、遅いわね」

 私の気持ちを読んだかのようなタイミングで美里が言う。

「部活7時までなんでしょ?」

「……うん」

「まだ杉崎との喧嘩引きずってんじゃない?それで拗ねて来ないとかさ。東も結構ガキだからなー」

 と、能天気な口調で田辺。

「田辺君、私デリカシーのない人も嫌いだな」

 にっこりと言う美里の目は間違いなく笑っていない。だけど私はそんな事も気にしていられないくらい、急に嫌な予感に襲われた。

 まさか七緒が私のせいで来ないなんて。そんな事あるはずない。うん、絶対ない。

 ――だって約束したんだから。七緒は来てくれるって言ったんだから。

 ……だけど、それは喧嘩する前の事だ。

 考えれば考えるほど、不安が膨れ上がる。

「……私、ちょっと外見てくる」

 美里と田辺にそう言い残し、私は家を出た。

 もちろん私が栗原家の前でつっ立っているからって、七緒が来るか来ないかに影響が出るわけじゃないけど。ただ、いてもたってもいられなかったんだ。

 外はもう真っ暗でびっくりするくらい星がよく見えた。空気が澄んでいて、気持ち良い。

 天体観測しながら好きな人を待つってのもなかなか素敵じゃないですか。そんな事を考えて、不安なはずなのになぜか1人笑ってしまった。

 けど、笑いが冷めた頃には、また何とも言えない寂しさがやってくる。

 立派な門に寄り掛かり、自分の吐き出した白い息が暗闇に立ち上っていくのをぼんやり眺める。

「……早く来いよー七ちゃん……」

 と、呟いたその時だった。

 少し先の曲がり角から、こちらに向かって誰かが走ってくるのが見えた。

「……え!」

 まさかまさか。こんなドラマのヒーローみたいなタイミングで現れるなんて、嘘でしょ? やばいよ私、ときめいちまうよ? 七緒!


――いや違う。


 走っていたその人は私の目の前で止まり、驚いたようにこちらを見る。

「…………っ」

 そこにいたのは、今にも溢れそうな涙を瞳に溜めた華ちゃんだった。

「華ちゃん……!?」

「す、杉崎せんぱい……」

 ちょっと見てわかるくらい、華ちゃんは動揺していた。いつもの柔らかい癒し系オーラは少しもない。

「何、ど、どうしたの!」

「せ、先輩……禄ちゃんが……っ」

「禄朗が?」

「禄ちゃんが、いなくなっちゃったんです……!」



 本日12月24日、恋人たちのクリスマスイヴ。

 ――だってのに。

 一体どこまで華ちゃんに心配かけたら気が済むんだ、あの馬鹿。






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