22<若気の至りと、恋する女の子>
えっと。
とりあえず落ち着いて考えてみよう。
──私の家は、ピ●クハウス取扱店だったっけ?
「おかえり心都ー」
にっこりと笑うお母様。その周りには果てしなく広がるフリル、花柄、レース、シフォン……。
「ただいま。そして何さ、このお洋服たちは」
何十着ものメルヘン垂れ流しな服が、ただでさえ大して広くない我が家のリビングに、足の踏み場もないくらい散乱している。
「ふふ。衣裳選びよ」
「い、いしょ……?」
「明後日は明美と久しぶりに親友水入らずでクリスマスパーティでしょ。せっかくだから若い頃の服でやりましょうって事になったのよー。見て見てこれなんか高校生の時のなのに今も着られるのよ。お母さんもまだまだ捨てたもんじゃないでしょー?」
そう言ってお母さんは綺麗に一回転をきめ、身に着けているピンクと白のふりふりづくしの服を私に360゜から見せてくれた。
「ワー。スゴイスゴイー」
「んもう心都ってば、何よそのカンペ棒読みみたいなものの言い方は」
そりゃあ棒読みにもなりますよ39歳。娘として私がもっとしっかりしなくちゃと決心したくもなりますよ39歳。……やばい、変な語尾が癖になりそうだ。
「あ、ちょっと待って。高校時代の服って事は、じゃあ明美さん……」
「えぇ。そういう服で来るでしょうねぇ」
のほほんと笑うお母さんとは対照的に、私は若干嫌な予感を感じていた。
頭に浮かぶのは、遠い昔、まだ私が幼い頃に明美さんと交わした会話。
ねーねーあけみさん、やんきーってなに?
おぉう。心都お前、5歳児がそんな単語どこで覚えたよ。
おかあさんがいってたー。あけみは昔やんきーで、オラオラで、ブイブイで、バリバリだったのよーって。
あいつ余計な事を……。
ねぇやんきーってなんなの?
ヤンキーってのは、若気の至りだ! 青春だ!
ふぅん。よくわかんないけどわかったー。
「心都、どうしたのよ急にぼーっとしちゃって。心都がかまってくれないとお母さんつまんないじゃない」
動かなくなった私の前で、お母さんが拗ねたように頬を膨らませた(……そろそろ年相応の表情ってもんを見せて下さいよ5ヶ月後には40歳)。
明後日、自分の母親の姿を見た七緒は泣いちゃうかもしれないなぁ。
そんな事を考えて、あぁ奴とは絶交したんだった、とあらためて思い出して――また悲しくなった。
……駄目だ。暗くなる。
「……お母さんっ!!」
「はい?」
急に大声で呼ばれびっくりしたらしいお母さんを見つめ、私は言った。
「今日の夕飯、私が作る!」
急な私の申し出に、お母さんが目をぱちくりさせる。けど、やがて「あらあら」と嬉しそうに言うと、満面の笑みで財布と今日の献立のメモを渡してくれた。
「買い物行ってきます!」
そう言って私は制服を着替えもせずに家を飛び出した。
やっぱり私には、悲しい時の対処法といえば料理しか思いつかないらしい。
世間はすっかりクリスマスムード。
駅前には大きなツリーが飾られ、お店が並ぶメインストリートはイルミネーションできらきらと輝いている。
スーパーの店内でもしきりにクリスマスソングが流れていて、今の私にはなんだか少し居心地悪い。というか、ますますヘコむ。一通り買い物が終わる頃には悲しさから抜け出すどころか、どんより気分が増していた。
だって、この間まではあんなに楽しみだったイベントなのに、今はなんていうか――それどころじゃない。クリスマスのみならず、これから先、もう二度と七緒と一緒に笑って過ごせなくなるかもしれないのだ。
「…………そんなのやだ……」
重いレジ袋を両手に提げ、きらびやかな街を歩きながら、1人呟いた。
数日前にはこんな街で七緒と2人いい雰囲気になる夢を見てにやついていた。なのに、今はどうだ。
何をすればいいのか、わからなくなってしまった。
ただ「ごめん」を言えば全て解決するとも思えない。
14年間、喧嘩なら結構してきたのに。
私は今まで、どうやって七緒と仲直りしてきたんだっけ――?
わかんないよ。私、やっぱり馬鹿だからかな、忘れちゃったよ。七緒。
「……杉崎先輩?」
柔らかい声が聞こえ、私は顔を上げた。いつの間にか俯いたまま立ち止まってしまったらしい(傍から見たらかなり危険な女だ)。
声のした方を振り返ると、華ちゃんがいた。あぁやっぱり杉崎先輩だ、と笑ってこちらに駆け寄ってくる。白いダッフルコートにタータンチェックのスカートが似合っていて、とても可愛らしい。
「こんにちは」
「こんにちは華ちゃん。久しぶりだねー。……って言っても3日ぶりくらいか」
「そうですね。何か、結構長い間お話してない気がしますけど……」
そこで華ちゃんは私の両手の荷物に視線を止めた。
「お買い物ですか?」
「うん。今日の夕飯に加えてクリスマス用のもんまで頼まれちゃって……重い重い」
袋の中には、ケーキの材料やら飲み物やら、なぜかクラッカー(食べる方じゃなく、ヒモ引いてパーン、の方)までどっさり。あの母親2人組、どんだけ盛り上がる気だ。
「1つ持ちましょうか」
「あ、全然大丈夫だよ。ありがとう」
本当に、なんて優しい娘さんなんでしょう! と私は心の中で叫び、ひっそり感動した。
「華ちゃんも買い物?」
「あ、いえ、7時から塾があるんです」
「7時って、ずいぶん余裕もって家出たねぇ」
辺りは大分暗いけれど、時間はまだ5時を回ったところだ。
そんな暗がりの中でも華ちゃんの頬が僅かに赤いのははっきりわかった。少し緊張しているようにも見える。
「……えっと、塾の前に……禄ちゃんのお家に行こうと思って」
「禄朗の?」
「……禄ちゃん、ここ2日くらい学校来てないんです。だからお見舞いに」
えっ、と思わず小さく叫んでしまった。
「来てないの? 風邪とか?」
「よくわかんないんです。クラスも違うし……」
馬鹿は風邪ひかないらしいしねーとか言えないくらい、華ちゃんは本気で心配そうだった。
「……それに、禄ちゃん返事しなかったじゃないですか。杉崎先輩が、クリスマスパーティの場所を伝えた時」
「あー……」
「だから、今日会ったら禄ちゃんに言ってきます。来れそうだったら来てね、私も行くから、待ってるよ……って」
えへへ、と困ったような照れたような笑いを浮かべ、華ちゃんは言った。
「またウザがられちゃうかもしれないですけど。とりあえずぶつかってみます」
禄朗、あんたは幸せ者だよ。
「……華ちゃんは、禄朗が大好きなんだね」
優しい瞳で彼女は微笑んだ。
「はい」
大好きな人を大好きだと言う。
たとえ本人にではなくても、想いを言葉にする。
それは、とても勇気がいる事だ。
「……すごいな華ちゃん」
「えっ」
「そんな良い笑顔ではっきり言えてさ」
またまた華ちゃんの頬が染まる。
「あ、ご、ごめんなさい……っ。私、こんな勝手にべらべら……恥ずかしいですよね……」
「んーん全然。私、うらやましいんだよ」
その素直さとか、可愛らしさとか。私にはかなり切実にうらやましい。
「先輩も好きな人、いるんですね」
また俯き気味になっていた視線を上げ、華ちゃんを見る。
「……私もね、幼馴染みなんだ。偶然な事に」
ものすごく鈍感だけど。
いじめか? って言いたくなるくらい顔可愛いけど。
私を幼馴染み以上に見る気なんて今は1ミクロンもないんだろうけど。
たまに私1人勝手に悲しくなったりするけど。
「それってもしかして、あの七不思議の……あずま先輩? ですか」
「えっ!? なっなな何でわかるの!」
何ですか華ちゃんあなたエスパーですか、可愛い顔して割りとやるってやつですか。私、びっくりしすぎてまた鼻血が出そう(ていうか七緒の奴、『七不思議の東先輩』って微妙な肩書き付いちゃってるし)。
「あ、いえ、初めて会った時禄ちゃんと3人で歩いてましたし、この前も一緒にいたから……」
それに、と華ちゃんは控えめに微笑みながら付け加えた。
「東先輩を見てる時の杉崎先輩の顔で、わかっちゃいました」
「えっ!?」
まさかまさかまさか。
「……び、美少女を狙う変態の顔、みたいな?」
私が恐る恐る訊ねると、華ちゃんは慌てたように首を振った。
「そ、そんなんじゃないです。何かすごく、恋する女の子……って感じの」
「──え……」
恋する女の子、なんて。
そんな表情が私にも出来ているんだろうか?
「本当に東先輩の事好きなんだなぁ……って、わかる顔でした」
「……うん」
――うん。そうだ。だって私、七不思議の東先輩が、好きで、好きで。もうどうしようもなく大好きで。
ものすごく鈍感でも、
いじめか?って言いたくなるくらい顔可愛くても、
私を幼馴染み以上に見る気なんて今は1ミクロンもなくても、
たまに私1人勝手に悲しくなったりしても、
たとえ今、人生最大の喧嘩中でも。
「――大好きなんだ」
今度はちゃんと笑って言えた。
「……ありがとー。華ちゃんのおかげでかなり復活しちゃった」
「えっ……そんな、私なんにもしてないです」
真っ赤な顔の前でぶんぶん手を振る華ちゃん。買い物袋をドサリと地面に置き(中には卵も入っていた気がしたけど……うん、気にしない)、私はその手をぎゅっと握った。
「頑張ろうね!」
「……? はいっ」
「ピンチはチャンス、だ!」
「いい言葉ですね」
禄朗の家へと向かう華ちゃんの背中を見送りながら、私は1人気合いを入れた。
「…………よーし」
私も、いっちょぶつかってみましょうか。