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20<ピンチはチャンスと、かくれんぼ>

 こんにちは、杉崎心都です。

 あれからもう15年の月日が流れました。

 早いもので私も29歳。

 今はOLとして会社に勤め、お肌の曲がり角や三十路に怯える日々を過ごす傍ら、夜や休日には物真似芸人としてのお仕事もちょこちょこさせてもらっています。

 まだテレビ出演の予定はありませんが、いつか芸人としての収入だけで食べていけるようになりたいです。

 七緒とはあの喧嘩以来、全く口をきく事なく別々の高校に進学し、絶縁状態となりました。

 終わり方は悲しいけれど、彼に恋をしていた少女時代は私にとっていい思い出です。

 ちなみに今、彼氏はいません。早く結婚したいなー。

 あ、上司が私を呼んでいます。

 くそっ。お茶くらい自分で煎れろや。















「……っていう夢を見たんだけど!!」

「へー」

 美里の反応はとてもとてもドライだった。

「こ、怖くない!? 予知夢とかだったらどうしよう!」

「心都が七緒君に一言ごめんねって言えばいい事でしょー」

 ……仰る通りです美里さん。

 私はがっくりとうなだれた。

 もちろんここはオフィスではなく、中学生の青さ溢れる四角い教室。

 その教室が1日のうちで最も浮き足立つ、楽しい楽しい昼休み――のはずなのに、私は1人この世の終わりのような心情だった。

 だって、悔やんでも悔やみきれない。

 恋愛相談も聞いちゃるぜーという七緒の過剰な鈍感さが原因の1つとはいえ、心配してくれたのにあんな事言うなんて。


 ──『私は、七緒と幼馴染みになんてなりたくなかったよ……!』


「あ゛あアァァァぁぁもうやだ私の馬鹿馬鹿どのツラ下げてあんな血も涙もない事っ」

「その絶望的な顔やめて。ご飯まずくなっちゃうから」

 にっこりと美里。

「……すんません」

 もう食欲がない私は自分のお弁当をつつく気にもなれず、頭を机の上に乗せぐったりと力を抜いた。

 さすがに15年は経っていないけど、あの喧嘩以来、七緒と一切言葉を交わしていないのは事実。

 教室で目が合っても、お互い「ケッ」てな感じで顔を背ける。謝りたいとは思うけど、それでなくとも素直になれない私なのに、あんな事を言ってしまった後だからどうしても話し掛けづらい。今までにも口喧嘩ならたくさんしたけど、こんなに泥沼を引きずるのは初めてだ。

「でも、もう明後日はクリスマスパーティねー」

「…………!」

 美里の言葉に、私はますます突き落とされた。

 そう、気がついたらイヴはあと2日後に迫っていたのだ。

「うーわー……やばいやばいよ美里ー。このままパーティなんて絶対気まずすぎ……! イヴは華ちゃんと禄朗の仲取り持つとか偉そうな事言う前に自分が終わってんじゃーん……」

「っていうか、パーティもう1人増えるって聞いてないんだけど」

 パーティ会場である栗原家の次女・栗原美里さんの鋭い突っ込みが入る。

「え……あれ、言ってなかったっけ!?」

「ちっとも」

「ご、ごめん……。吉澤華ちゃんっていう子で……でもあの、すごい良い子だから絶対みんな好きになると思う。本当に優しいんだ」

 だって、妄想して絶叫して転んで鼻血吹いた私に、温かい手を差し伸べてくれたんだよ?

「まぁ何人増えようと私は全然構わないわよ。前も言ったけど、人数多い方が楽しいし」

「ありがと美里。……あぁでもマジでどーしよー……」

 私は再び頭を抱え込んだ。

「そんなに悩むなら最初から喧嘩ふっかけなきゃいいのに」

「……それが出来れば苦労しないもん」

 あの日、やたら気持ちがもやもやしていた。禄朗の華ちゃんに対する言葉とか、その前日の七緒の素直すぎる優しさとか、それに対して嘘をついた自分とか――そういうの全部が原因で、眼鏡少年をいじめるガキ大将の如く「畜生むしゃくしゃするぜ!」状態だった。

 とにかく、全面的に怒りをぶつけてしまった私が悪いのは事実なわけで。

「……謝りたいよ」

「ん。それが正しい」

 と、可愛く微笑みながら私の頭を撫でる美里。夢の中ではそっち系の道に進んで何人ものパパ(血の繋がりはない)に高いバッグやら宝石やらを買ってもらっていたけど、それは本人に言わないでおこう。だって怖いもん。

「あのね、心都。実は私のパパがねー」

「パパ!?」

 ま、正夢……!!

「だだ駄目だよ美里! 職業としてなら文句言わないけど14歳はまだ犯罪だよ! 早まるなっ!!」

「何言ってんの」

 げんなりした顔の美里が私を見つめる。

「え、だってパパって」

「正真正銘血縁関係にある私の父親だけど。……心都、あんたの頭の中っていつもそういう考えでいっぱいなの?」

「ちっ違います違います勘違いでした!! お願いだから『友達でいていいのかな』みたいな目で見ないで!!」

「まぁ、今のあんたの発言については深く掘り下げないでおくわ」

「…………いや、もうホント…………すんませんでした」

 本日3回目の謝罪。どうして七緒に謝れなくて、美里にはこんなに腰が低いんだ私。きっとこれもこの小悪魔美少女の為せる技なんだろう。

「で、私の『血の繋がったパパ』がねー、ワインに酔うとよくママとの馴れ初め話始めるんだけど、それがいつも喧嘩のエピソードなの。雨降って地固まるっていうの? 喧嘩して仲直りしたから、もっと絆が深まってラブラブになれたんだってー」

「ラブラブねぇ…」

 っていうかワイン限定か。美里パパ、ビールとか焼酎じゃ駄目ですか。

「喧嘩って最悪の結末にもなりかねないけど、解決の仕方によってはもっと仲良くなれるでしょー。だからよけい話し掛けにくくなる前に心都もちゃんと謝って仲直りして、絆深めちゃえばバッチリじゃない。ピンチはチャンス、よ」

「ピ、ピンチはチャンス……!!」

 目から鱗で思わずオウム返し。

 ピンチはチャンス。なんて素敵な言葉なんでしょうか。

 ――そうだよ。もともと私が悪いっていうのもあるけど、このままの状態がずるずる続いて引っ込みがつかなくなってしまう前に、早く素直に謝らなくては。

「おっしゃぁぁ『ごめん』言ったるぜ!!」

「わぁ勇ましいー。も少し女らしさを出しつつ頑張れー」

 美里がパチパチと手を叩く。

 気合い満タン、七緒に声をかけるべく、私は辺りをぐるりと見回した。

 ──が、教室に彼の姿はない。

「……肝心の七緒がいないっていう展開だよ」

 禄朗も七緒も、落ち着きがなさすぎだ。自分の所へやって来るお客様への配慮として、願わくば昼休み中なるべく教室に留まっていてほしいものだわ。

「田辺くーん」

 美里は行動が早い。私が心の中で無茶な要望を唱えている間、もう田辺を呼んでいた。

「なっ何?」

 美里のご指名を受け、田辺は興奮気味でやって来る。

「もしかして明後日の事? あっ、そうそう聞こうと思ってたんだけどさ栗原ンちって結構金持ちなんだろ、だったらやっぱりパーティはタキシードとかシルクハットで行くべきなのか!?」

 田辺は今日も元気です。

「そうね田辺君がそうしたいなら正装で来てもいいわよ。それより七緒君どこ行ったか知らない?」

 うわぁ。美里さん、また純情な田辺少年を弄んだよ。きっとパーティ当日1人だけバリバリに堅い装いの田辺は、皆の間で浮きまくるだろう(っていうかタキシードとシルクハット持っているんですか)。

「え、東? 何か微妙な顔して階段上ってったけど……。まぁクリスマス前だし、多分あれじゃん?」

「あぁ、あれね」

 美里と田辺は訳知り顔で頷く。

「あれって……何?」

 どうやら私だけ話を飲み込めていないようだ。

「あれはあれよ」

「だから、何」

 美里が私に笑いかける。

「百聞は一見にしかずって言うじゃない。説明聞くより、とりあえず屋上あたりにでも行ってみれば?」

 それを聞いて私は思った。

 今日の美里はよく格言を使うなぁ、と。











「好きなの。付き合って下さい」

「……ゴメンナサイ。今そういうつもりはないので」

 ――『あれ』って、これか。

 屋上のドアの脇に身を潜め、私は心の中で呟いた。

 告白。

 寒い寒い屋上で七緒が受けている行為は間違いなくそれだった。

 あっちから私の姿が見えない程度に前へ乗り出してみる。

 上履きの色から判断するに、相手はまたもや3年生女子。年上からの根強い七緒人気はとどまるところを知らないらしい。

「……どうしても駄目なんだね」

 肩までまっすぐ伸びた綺麗な髪を揺らし、その先輩は仔鹿のような上目遣いで言う(七緒と大して身長差はないけれど)。

 囁くような声は、こうすれば自分がとても可愛く見える事をよく知っているようだった。――なんて最も可愛くない事を考えている、自分が本気で嫌だ。

「……はい。すいません」

 心なしか少し擦れた、七緒の声。こうして離れた所から、しかもこっそり見つからないように聞くと、何だかいつもとは違った風に耳に届く事を発見した。

 仔鹿先輩は一言、わかった、と言うと足早に去っていく。

 当然ドアに隠れていた私のすぐ横を先輩が通る、という事態が起きるわけだけども。幸い、俯き加減の先輩とは全く目が合わず、見つかる事はなかった。ほっと小さく息を吐く。

 先輩がいなくなっても、七緒はぼけーっと屋上に立っていた。

 ――今だ。今、謝らなきゃ。

 そう思うのに、やっぱりなかなか踏ん切りがつかない。そういえば七緒とはあんな大喧嘩を引きずるのも初めてなら、当然その後2人きりで真面目に謝るのも初めてだ。だから余計、馬鹿らしいほど緊張する。

 あぁとにかく早く、素直にごめんって言わなくちゃ――。

「……バレバレなんだけど」

 と、七緒。

「……へ」

「ほんと、隠れるの下手だよな」

 呆れたような顔で、こっちを向く。黒岩先輩の時、私が自分から出てくるまで全く気付かなかった奴が言う台詞ではない。



 また1つ場違いな事を思い出す。

 昔、かくれんぼが苦手だった頃の話だ。

 私はとにかく隠れるのが下手で、必ず1番に見つかっていた。たまに奇跡的に上手く隠れられたとしても、鬼が近くに来るとなぜか変に笑ってしまったり、緊張に耐えられず自白してしまったり。

 

 七緒が鬼になると、特に。


 私は一度も自分の姿を隠し通せた事がないんだ。








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