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17<華ちゃんと、チャンネルロック>

 馬鹿馬鹿しいくらい、君が好きで。

 切ないくらい、大切で。

 ただそれだけの事なんだけど。

 本音を伝えるのって、どうしてこんなに難しいんだろうね。






「じゃーちょっと禄朗のとこ行ってくるわ」

 昼休み。あまりにも爽やかな笑顔で七緒が言った。

「な…何で?」

 対する私の返事は、あまりにも不機嫌な声になってしまった。

「昨日、24日の詳しい事決まったら連絡するって約束したから。教室行って伝えてくる」

 あの暴走すると止まらない禄朗と、何だかんだ言って彼のペースに振り回されている七緒が2人きりで会う。割りと穏やかではない未来予想図が脳内を駆け巡り、気付いたら叫んでいた。

「…わ、私も行く!!」

「え、本当に?」

 意外そうな七緒の顔が私をまじまじと見つめる。

「へー。心都もやっと禄朗と仲良くする気になったんだ」

「いや、仲良くってゆーか…」

 ただ禄朗と2人きりになってほしくないだけなんですけどね。そんな嫉妬心がまた顔に出ていたのか、隣でお上品に弁当を食べていた美里が半ば呆れたような薄笑いを浮かべこっちを見た。

「……」

 まだまだ子供な私は、さっき美里がくれた貴重なアドバイスを守れない。

 ――だって、気になる。ライバルの事も、周りの事も。

 自分が何をしたいかだけを考えるなんて、当分出来そうにないよ。




 禄朗は1年1組の教室にいなかった。

 廊下にいた1年生何人かに居場所を知っているか訊ねても、皆知りませんと首を振るだけだ。中には、こっちが進藤禄朗の名前を出しただけでガタガタ震えだす子もいた。あいつ過去に何やったんだ。

「誰も居場所知らないなんて、禄朗の奴どこにいるんだろうな…」

 途方に暮れたように七緒が呟く。

「でも朝はいたらしいから、どっかその辺にいるよきっと。さっさと捜し出して用件伝えちゃお」

 ごく平凡な私と、顔がやばいくらい可愛いジャージ姿の2年生(制服はまだクリーニングらしい)がここ1年生エリアの3階できょろきょろしている様は少々浮き気味だ。昨日の禄朗よろしく、またいつ鬼の橋本がやってきて、無駄な用で他学年の階へ来るなと怒鳴りつけられるかわからない。

「じゃあ効率よく二手に別れて捜すかー。俺こっち見てくるから」

「へーい」

 間延びした返事と同時に、私は七緒と反対方向へ歩きだした。

 昼休みの廊下は元気な1年生で溢れていて、気を付けないと人にぶつかりそうだ。

 数歩進んで、振り返る。

 ジャージの後ろ姿。人混みの中でもやっぱりちょっと浮いていて、笑ってしまった。

 と、その時。

「……」

 ――まただ。

 はっきりと感じる背後からの視線。

 私はこの間と同じように、喉をごくりと鳴らした。

 そして数秒躊躇って、でもやっぱり正体を確かめないとどうにも落ち着かなくて――ゆっくり後ろを振り返った。

 案の定、廊下の遥か遠くから私に視線を送る犯人も前回と同じ小柄な女の子だ。

 目が合う。

 すると彼女は、悪戯が親に見つかった子供みたいに、びくっと肩を震わせた。

 何だその意外な反応は…。こっちだって十分怖い思いしているってのに。私はもう顔面蒼白全身硬直、1ミリも視線を逸らせない。

 だってあの子、前回消えましたよ。私が瞬きした、ほんの僅かな間に。

 やっぱりこれは学校の怪談ってやつで、という事はあの女の子は幽霊で、この学校の制服を着ているから昔ここに通っていた生徒の霊とかいうよくあるお話なわけで――霊にガンつけられた私はどうなっちゃうのよ。…あっちの世界に連れていかれちゃうとか?

 そんなの嫌だ。だってまだ若いし遊び足りないし皆と離れたくないし、何より、七緒に気持ちを伝えていない。

 ――なのに死んじゃうなんて、そんなの、そんなの……そんなの!

「絶対嫌――――――っっ!!」

 妄想がMAXに達し、絶叫。

 近くにいた1年生が、一斉にこっちを見た。

 ……あれ。今の私、完全に「イタい子」かな。だって周りの冷たい目線がそう言っている。

 その時。女の子がまた、曲がり角に消えた。

 ――いや、消えたんじゃない。走りだしたんだ。姿がなくなる直前、走るために足を折り曲げたのが見えた。

「………足?」

 …冷静になろう。あの子には足があった。幽霊なんかじゃない。

 私を見ていたって事はきっと、何かあったんだ。私に伝えたい事が。

「…まっ…待って!」

 周囲からの「イタい子」に対する目線を感じながら、私は女の子を追って走りだす。

 今さっきあの子が消えた角を曲がると、階段を上る彼女の姿が目に入った。

「ねぇ、ちょ…っそこの子、待って!」

 追ってくる私に気付いた彼女はますますスピードを上げる。

 こうなるとお互い意地だ。私も全速力で、尚且つ2段抜かしで階段を駆け上がった。

 ――が、やっぱり慣れない事はするもんじゃない。

「ぐはッッ」

 4階から5階へ行く途中の踊り場で躓き、床にガッツーンと顔面強打。

「――――!!」

 声にならない叫びが口から飛び出す。いやもう半端じゃなく、痛い。

 しばらくその場にヤンキー座りでうずくまり、あぁこれは追跡不可能かと思った瞬間、

「…あの……大丈夫ですか…?」

 控えめで可愛らしい声が頭上から降ってきた。

「だっ、だいじょぶれす…」

 痛みに涙ぐみながら見上げると。

「本当ですか…?だって、は、鼻血が出てますよ?」

 そこには、髪を低い位置で2つに結んだ小柄な女の子――つまり、先程まで私に視線を送ったり追いかけっこを展開中だったあの子が、心配そうな表情で立っていた。






 昼休みも人気がなく2人きりで静かに話ができる所というと、私にはやっぱり裏庭しか思いつかない。だけど、12月に入ってからやたら通ったこの場所に、まさか私が後輩と来る事になろうとは。

「えっと…私、1年3組の吉澤華っていいます」

 裏庭の隅の古びたベンチに座り、その女の子――吉澤華ちゃんは私に向き直った。

「2年2組の杉崎心都ですー…」

 鼻に丸めたティッシュ(止血用)を詰め額にはたんこぶを作った、女子として「ナシ」な姿の私は、鼻孔が塞がれたため口呼吸しながら名乗った。

 ……何だか、女の子らしくなろうと決心すればするほど、理想とかけ離れていくのは気のせいでしょうか。

「あー…やっぱ足ある」

「え?足…ですか?」

「あ、ごめん何でもないない。老化からくるただの独り言」

 すると、今まで思い詰めたような顔で隣に腰掛けていた彼女が勢い良く頭を下げた。

「あの…っ、さっきは逃げたりしてすいませんでした!杉崎先輩が叫んでたから私、怒られるんじゃないかと思って怖くなっちゃって…そのせいで先輩怪我しちゃって…」

「いやいや!私が勝手に妄想して叫んですっ転んだだけだから気にしないで、ね」

 華ちゃんは小動物みたいにくりんとした瞳を今にも泣きそうに潤ませ、私を見た。

 ……おっと、可愛い。同性の私でもくらっとくるほど、『守ってあげたい系』だ。

「えーっと……華ちゃん?どうしてさっき――っていうか前もだけど、遠くから私の事見てたの?…あ、何かこの聞き方キモいな」

 これじゃあ、ただの自意識過剰な思い込み女だ。

「いえ」

 華ちゃんは首を小さく横に振ると、

「…幼馴染み、なんです」

 ぽつりと言った。

「へっ…誰が?」

「私と禄ちゃんです」

「ロクチャンって…TBS?じゃないよね。…あっ、もしかして禄朗!?」

 地域によっては通用するかどうか微妙な小ネタを挟みつつ訊ねると、華ちゃんはこっくり頷いた。

「はい」

 …ちょっと禄朗。こんなおとなしくて可愛い幼馴染みがいるなんて初耳なんですけど。

「そうなんだー。あのムカつく野郎…いや、あのやんちゃな子と小さい頃から一緒なんて大変だね」

 ふふ、と華ちゃんが笑った。

「そうですね…ちょっと大変です」

 会ってから初めて見る彼女の笑顔はとても柔らかく純粋で、何というか……かなり癒された(何しろ最近小悪魔な笑顔ばっかり見ているもんで)。

「で、禄朗の幼馴染みの華ちゃんがどうして私を…」

 ぎょっとして言葉を止める。なぜならほんの数秒前まで笑っていた華ちゃんの瞳には、また急速に涙が溜まり始めていたからだ。

 ――え!?私…泣かせた?えっ!?

 パニックに陥る私の耳に、小さな小さな華ちゃんの声が届く。

「…禄ちゃんが、違うんです」

「ち、違う…?」

「最近…いえ、結構前から、禄ちゃんが変で――とにかく違うんです…」

 禄朗が『変』な事なんて重々承知していたけどなぁ。なんて今にも泣きそうな華ちゃんに言えるはずもなく、私はただただ途方に暮れるのであった。




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