16<僕らの秘め事と、小悪魔な彼女>
「うをえぇ!?」
と、妙に甲高い声を発したのは、『短髪・色黒・泣きぼくろ』で『脅しとかに弱そう』な田辺。
「ろ…禄朗って、あの進藤禄朗かっ?」
「あの進藤禄朗。」
七緒が答えると、田辺は頭を抱え込んだ。
「あの進藤禄朗と!?仲良くクリスマスパーティ!?」
「え…駄目?」
「マージーかーよーぉぉぉ…」
俺、何かやっちゃった?と目で私に訴えてくる七緒に、やっちゃったねーと同じく目で返す。
――24日なんだけど、1年の禄朗も一緒でいい?
朝1番、冬休み間近で浮つく教室にて、美里と田辺に七緒が問うた言葉。それが冒頭の田辺の奇声の原因だ。
一方の美里は落ち着いたもので、
「進藤君ってあれでしょー。こないだの授業中キレて先生総動員させた子」
「そうそう」
私が頷くと、横から無駄にデカい声が割り込んできた。
「あいつ、質問に5秒以内で手早く尚且つ解りやすく答えないと胸ぐら掴むんだぜ!?すんげぇ血走った目で!」
「田辺君なんでそんな事まで知ってるのー?」
「え」
美里の大きな瞳に覗き込まれ、田辺は言葉を詰まらせた。そりゃ、まさに昨日七緒の家を教えるように脅されたからだーなんて情けない事、好きな子の前では言えないだろう。
「う、噂。そう噂で」
誤魔化し方が苦しいぞ、田辺。…まぁ、昨日の私の大福ほどではないけど?
一刻も早く話題を変えたい田辺は、急いで七緒に向き直った。
「つか東、いつの間に進藤禄朗と仲良くなったんだよ?一昨日まで存在も知らなかったじゃんかー」
「あー……うん。まぁ…色々あって。」
七緒さん、女の子と間違われ愛の告白をされた事は意地でも隠し通すつもりらしい。男も男で秘密が多くて大変だ。
「ね、美里は禄朗も一緒でいいの?パーティの場所だって美里の家でやらせてもらう事になってるのに」
私が訊ねると、美里は顔の横で可愛いVサインを作り、
「いーよん。どうせうち、クリスマスは両親もお姉ちゃんもらぶらぶデートでいないのよ」
「へぇー…若いね、美里のお父さんとお母さん」
「まぁね。それに」
と、美里が小悪魔スマイルを浮かべる。
「人数増えた方が色々と楽しそうだし?ね、心都」
何だか彼女、面白がっている気がするのは私だけでしょうか。
美里はそのまま笑顔を田辺に向ける。
「田辺君は?進藤君が入っちゃ嫌?」
「…!おっ、俺は、栗原がいいならそれで!」
「えぇ!?変わり身早っ」
七緒の突っ込みに激しく共感。
田辺の良い返事を聞き、栗原美里さんは更ににっこり微笑んだ。うーん最強。
「まぁ、とりあえず了解とれてよかったよ」
七緒がほっとしたように言う。
「禄朗喜ぶんじゃない?『七緒先輩がオレのためにお友達に頼んでくれたなんて感激っスよっ!』みたいな」
「3年前のジャ●おじさんといい今の禄朗といい、心都って妙に物真似上手いよな」
…そんな誉め言葉嬉しくない。
「あ、そだ」
七緒は自分の机の横に掛けた通学鞄をごそごそ探り、「ん」と私に何やら袋を差し出した。
「何これ?」
「きのーの。結構ちゃんと出来てたからさ」
袋の中のタッパーには、レモンの砂糖漬けが入っていた。
「わぁホントだー!普通に食べられそうっ」
レモンの砂糖漬けは、一晩置かないと出来上がらない。だから昨日、薄く切ったレモンを七緒がちゃんと砂糖に漬け込んだのを見届けたところでその日のお料理教室は終了になった。『明日ばっちり出来上がってるといいね』という私の言葉を、七緒は覚えていてくれたらしい。
「すごーい可愛いー。これ心都と七緒君が作ったのー?」
美里が鮮やかな黄色のレモンをつまみ、感嘆の声をあげる。
初めて自分の料理(レモンの砂糖漬けって料理か?という疑問はこの際ナシで)がまともなものになった七緒は得意気に笑った。
「へっへー。食ってみ食ってみ。ま、俺の腕も確実に上がってきてるって事だな」
「そうだね。たとえ七緒がレモンを漬け込む時に間違って塩で漬けようとして間一髪私が止めたっていう秘密の出来事があったとしてもね」
「…それ言うな」
こっちだって、まさかあんなベタベタなお料理ボケかまされるとは思っていなかったわ。
「おいしーい!」
1口食べた美里が、ちゃんとレモンを飲み込んでから言う。七緒と並んで校内きっての美少女(?)である彼女は、物を食べながら喋るなんてお下品な事はしないのだ。
「おっマジだ。うまいじゃーん。これ部活中に食えたら嬉しいよなー」
田辺も口をもぐもぐさせながらの好評価。
「だっろー?料理部直伝だしな、おいしくて当然ってやつ?心都も食ってよ」
ますます鼻高々な七緒に勧められ私も1つ頂くと、なるほど、七緒の前科(カレー、肉じゃが等)から見てもかなり『まとも』で『食べられる』。
「おいしー。すっごいよ七緒!進歩したねぇ」
「さんきゅ。心都センセにそう言ってもらえると俺も自信つくわ」
と、七緒が笑う。
その屈託ない笑顔は、私の中で燻っている昨日の小さな出来事を思い出させる。
――私が七緒を好きな事なんて、奴にとってはただのありえない『もしも話』。『わけわかんない嘘』なんですってよ。
ちくりと胸が痛んだ。
「何が『センセ』よ」
苦笑いで答える自分が、本当に嫌になりそう。
「でもさー…何かこーいうのってアレだよな」
と、3つ目のレモンをくわえながら田辺が腕組みをする。
「アレって?」
「東がその顔できらっきら笑顔ふりまきながらレモンの砂糖漬けとか乙女ティックなもんを部活に差し入れで持ってくわけじゃん。それって見た目的にはアレになっちゃうよな、ほら今年流行った、いわゆる…『萌え〜』?」
――ガシッ。
「ぐはッ」
「田辺テメェ人をそんな目で見てたのか」
「いや俺はただお前ファンの3年生のお姉さん方の甘い心理描写を」
「それ以上言ったらぶっ殺す」
「す、すんません……」
見た目とは裏腹に性格は限りなく男前な東七緒君なのでした。
でも七緒、とりあえず早くその首にかけた手を離さないと、すでに白目状態の田辺が死んじゃうから。
「心都、本当は進藤禄朗君が来るのあんまり嬉しくないでしょ」
美里が私めがけてバレーボールを手から放つ。さすが現役バレー部員、動きが美しい。
「な…何でわかるの!?」
動揺した私は、ゆるやかな速度で腕の中へ飛び込んできたボールを取り落としてしまった。
ふふーと美里が微笑む。
「心都って本当表情に出やすいのよね。まぁ肝心の七緒君は全く気付いてないみたいだけど」
「美里ってとことん鋭いよねー…。誰かとは大違いだよ」
体育館はバレーのトス練習をする(ふりをしている?)女子たちの笑い声や叫び声に溢れ、もはや体育の授業はフリートークタイムと化している。そんな空気に便乗した私と美里も、あきらかにバレーの練習にはならないような至近距離でボールの受け渡しをしながら、朝の一幕について語っていた。
「何でそんなに嫌なのよー?」
「…だって禄朗は私に敵意むき出しだしさぁ。それにあの2人…ちょっと見てらんないくらい仲良いんだもん」
「なぁんだ、ただのヤキモチじゃない。っていうか男の子にヤキモチ焼いてどーすんのよぅ」
くすくすと笑う美里に、私は大真面目で反論する。
「あいつの決め台詞は『男とか女とか、そんなのもう関係ないっス!』だよ!?」
おまけにやけに健気だし、薔薇とか咲かせちゃうし。
「どうしよ美里…クリスマスのロマンティックなムードに染まった七緒と禄朗が万が一何か間違いを起こしたら…っ」
「はーい妄想はそこまで」
ばっさりと美里が遮る。
「あのね心都、今は進藤君より自分の今後の行動についてよぉっく考えた方がいいわよ。周りの事ばっかり気にしてると、そのうち自分が何したいのかわかんなくなっちゃうんだから」
小悪魔美少女の言葉には、ひしひしとした重みがある。
向かうところ敵なしに見える彼女にも、そんな恋があるんだろうか。
「…そういえば美里の真剣な恋の話って聞いた事ないかも…」
「『真剣な』ってかなり失礼じゃない?」
完璧に可愛らしい顔で口元を歪める美里はなかなかの迫力があった。
「別に聞きたいなら話してもいいけどー、好きな人をクリスマスパーティに誘えたくらいでるんるん気分の心都にはちょっと刺激強すぎるかもね。あれは4ヵ月前…一夏のアバンチュール」
「ア、アバン……!?」
どうしよう。最後まで平静を装って話を聞く自信がない。ていうか中学生が口にする言葉じゃないよね、それ。
あたふたする私をよそに美里は相変わらずの落ち着きぶりを発揮し、細い指先で髪の毛なんかいじっている。
「まぁそのうちゆっくり語ってあげるわよ。――でもこれだけは言っとくね」
「は、はいっ」
ごくり、と唾を飲み込み美里の言葉を待つ。
「障害があればあるほど、絶対素敵な恋になるから」
彼女は再びにっこり笑うと甘い声で言った。
「あー…だから禄朗がパーティに参加するって聞いた時、あんなに面白そうに了解したんですネ美里さん」
「さぁ?」
やっぱり美里は本当の本当に、小悪魔です。