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14<放課後の悪夢と、甘い会話>

 ぞわり、と悪寒が全身を駆け巡る。

 『そいつ』の姿が視界に入ったその瞬間から、震えが止まらない。

 ――どうして。どうして神様はこんなにも無情なのだろうか。

 心の中でそう何度も繰り返す。

 たまらなくなって、私は擦れた声を出した。

「……何であんたがここにいるの」

 『そいつ』――進藤禄朗は、得意気な表情で言った。

「いちゃ悪りぃか!オレの情報網をナメんなよ。七緒先輩在る所にオレ在りだ!!」

 いや、もう訳わかりません本当に。




 湯気のたつ3つのカップがテーブルに置かれ、

「いただきまス!」

 いちいち暑苦しい挨拶と共にお茶を啜ったのは、もちろん進藤禄朗。

 極度の眩暈に襲われながら、私は禄朗を見据えた。

「ていうかストーカーだろ」

 なぜならここは東家のリビング。そしてさっきまで禄朗が仁王立ちで待ち構えていたのは、あと2、3歩進めばこの家のインターホンに手が届く位置だったからだ。

「人聞き悪りぃな。そんなキモい事するわけねぇだろ」

 と、私を睨みながら禄朗。

 そして、

「それにしても…よく俺の家わかったなー…」

 呆気にとられた間抜け面のまま七緒が呟く。外での立ち話は寒いからまぁ入れ、と禄朗を招き入れ、またまた買い物中で不在の明美さんに代わりお茶まで淹れた彼も、未だに状況が飲み込めていないようだ。

 七緒が言葉を発した途端、禄朗は口調と表情を変える。

「もちろんっ!オレ、七緒先輩の事なら何でもわかるんスよ」

 はい。今、明らかに空気が一瞬凍りました。

「というのはお茶目な冗談っス。本当は放課後テキトーに生徒捕まえて聞いたんスよ」

「は?生徒…?」

「校庭にいたんで部活中だったんだろうスけど、2年の東七緒さんの家の場所を知ってるかどうかってオレが優しーく控えめに尋ねたら、その人すぐ教えてくれましたよ。短髪、色黒、泣きぼくろ。多分バスケ部っスね、近くにボールが転がってたんで」

「………田辺」

 げんなりと、七緒が友人の名前を呟く。私の頭にも、美里に惚れて度々ドンマイな目にあっているクラスメイトの顔が浮かんだ。

もちろんこの進藤禄朗が「優しーく控えめに」尋ねたはずはないと思う。田辺、脅しとかに弱そうだもんなぁ…。

「――で、禄朗。人に俺ん家の場所聞いてまで、どうしたんだよ」

 ぽ、と禄朗が初々しく頬を染める。

「実は、どーしても今日中に七緒先輩に言いたい事があるんスよ」

「…なら朝言えばよかったじゃない」

「そこ、うっせぇよボサボサ!!さっき思いついたんだよ!」

「だからボサボサって言うな!朝よりはマシだっつーの」

「あーはいはいストップ」

 七緒が私と禄朗の間に割って入る。このまま喧嘩に突入したらまた話がややこしくなる事を察したのだろう。

「えーと…本題は何だっけ」

「七緒先輩に言いたい事があるんスっ」

「あぁそうそう。何?」

 禄朗はつんつんに逆立った頭を掻き、

「えーっとスねぇ…」

 と、恋する純情少女よろしく少しもじもじした。

 激しく嫌な予感。

 七緒はというと、頭上に「?」マークを浮かべた相変わらずのきょとん顔で禄朗の言葉を待っている。

「七緒先輩、24日お暇っスか?」

 嫌な予感、大的中。

「もしよかったらっ、オレと一緒にチョコレートケーキ食べたり鶏の唐揚げ食べたりクラッカー鳴らしたりシャンパンもどきの炭酸飲料飲んだりツイスター☆ゲームしたりしませんかっ?」

 へぇ禄朗ってば不良ぶってるくせにクリスマスパーティのイメージはわりと古典的、そしてケーキはチョコ派なのね―――――じゃなくて。

 またまた誘われてしまった東七緒君。24日、アイドル並に大人気だ。

「あー…残念だけどその日部活で、その後も予定が…」

 と、申し訳なさそうなアイドル。

 「その後の予定」は私との約束で、それを七緒がちゃんと覚えていてくれた事が、禄朗には悪いけどほんの少しだけ嬉しかった。

 が、しかし。

「あ、そーだ心都」

「ん?」

 笑顔を輝かせた七緒の提案は、私の思考を吹っ飛ばした。

「24日のパーティ、禄朗も呼んでやればいーじゃんっ」

「え」

「人数増えた方が盛り上がるし」

 私には、くっきりと見えた。クリスマスツリーの前、七緒を巡って火花を散らす私と禄朗の姿が。

 それはかなり信憑性の高い未来予想図。

 とてもじゃないけど今まで夢見てきたイヴとはかけ離れすぎている。

「で、でもさ…えっと…あ、美里と田辺にも聞いてみないとっ」

「あいつらには俺から言っとくよ。多分納得してくれんだろ」

 ――な、何か今日はやけに押しが強いじゃない。

 あぁ七緒の笑顔が眩しい。本当に眩しい。もう眩しすぎて涙が出てくるよ。

「マジっスか七緒先輩!こ、光栄っス!」

 よく見たら禄朗も泣いていた。ただ私と違うのは、頬を伝うそれが明らかに嬉し涙だという事だ。

「ダメ元で言ってみてよかったっス。クリスマスイヴを七緒先輩と過ごせるなんて夢みたいっスよ…!」

 本当に、夢である事を望まずにはいられない。

 もし、夢ならば、お願い。

「さ、覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ〜ぉぉぉ」

 低音でそう呻きつつ頬をつねると、やっぱりと言うべきか、痛みが走る。

 どうやら夢じゃないらしい。

 強靱な妄想力により、クリスマスイヴの予想図は更に膨らむ。

 禄朗と仲良くケーキを食べる七緒。禄朗と仲良くシャンパンもどきの炭酸飲料を飲む七緒。禄朗と仲良くツイスター☆ゲームを楽しむ七緒……(エンドレス)。

 そしてその傍らには、闘いに敗れ独り寂しくジャ●おじさんの物真似に励む私。

 ……わぉ。虚しい。虚しすぎる。

「七緒先輩は何ケーキ派っスか?チョコっスか?クリームっスか?それとも意外なとこでモンブランっスか?」

「何か層になってるやつ」

「ミルフィーユっスね!さすが先輩、いい意味で予想を裏切る返答っス!」

 孤独感に苛まれる私の耳に。

「でもあれって綺麗に食うの難しいっスよね」

「いくら上下左右バランスよく食っても絶対最後ぼろっぼろに崩れるもんな」

「美味しいのに勿体ないっスねー」

「うんうん」

 聞こえてくるくる。仲睦まじいお二人の甘ーい会話。

 ……っていうか。

「……馬鹿話。」

「あ゛ぁ!?何だとボサボサ」

 ぎん、と禄朗がこっちを睨む。

 最初に会った時は呆然としていた私だけど、今朝から何度も睨まれているせいかもう恐怖心は感じなくなっていた。その目の鋭さにも、センス0な私の呼び名にも。

 何というか、慣れってすごい。

「私は『意外なとこ』のモンブラン派ですって言ったの」

 でも栗ご飯は嫌いだ。甘さ×白米のコラボレーションはどぉっしても体が受けつけないから。

「誰もお前の好みなんか聞いてねぇし。しかもさっきから『とっとと帰りやがれ』みたいな目で見てんなよ」

「けっ」

 …以前にも増して自分がひねくれてきているのを感じる今日この頃。

 つまり、馬鹿話だとかモンブラン派だとかはどうでもよくて――私が言いたい事は1つ。

『七緒とベタベタしないでください』。

 もちろんそんな告白っぽい台詞を口にできるはずもなく、自分の中のわがままな嫉妬心を目のあたりにして落ち込むばかりだ。

「大体どうしてお前が当たり前みたいな顔で七緒先輩ん家にいんだよ。ずうずうしい女だな」

「…ずうずうしい?」

 今の台詞はかなり聞き捨てならない。

「ちょっとちょっと、ずうずうしいのはどっちだっての。あんた自分の事棚に上げすぎだから!」

 あぁまた始まったよこんちくしょう、と呆れ気味に遠い目になる七緒。

 が、出会って2日で既に犬猿の仲になりつつある禄朗との火花はもう消せない。

「は、オレのどこがずうずうしいんだよ?言いたい事言うために来たんだっつったろ」

「ふん、私には料理教室っていう正統な目的があるんですー。誰かさんみたいに突然押し掛けたわけじゃありまっせーぇぇん」

「料理だぁ?お前の作ったもんなんか食ったらそのまま死ん……」

 死ん…って何よ(まぁ大体想像つくけど。『死んでしまうほど美味しいんだろうなぁ』とか続くとは思えないし)。

 中途半端に言葉を切った禄朗はじっと私の顔を見て、

「へーぇ…」

 突如、意地の悪い笑みを浮かべる。

「…何笑ってんの」

 そう問うと禄朗は、一層不敵に口角を上げた。

「そーかボサボサ、お前…」

 何なんですかこの人。

 ……めちゃめちゃ嫌な予感がするんですけど…!!

 が、沸き上がる緊張感のあまり、酸欠金魚よろしく口をぱくぱくさせる事しかできない私。

 そしてまだまだ極悪スマイルの禄朗。真っすぐ私を見据えると、大声で言う。

「お前、七緒先輩の事好きだろ!」

 瞬間、周りの景色が色を失った。

 ……このつんつん頭の彼は今何て?ワタシ、何も聞こえない。えぇ聞こえませんとも。

「つーか大好きだろっ」

 悲しいかな、当然の如くばっちり聞こえたその2度目の禄朗の発言で、ようやく現実に引き戻される私。

「!!!…私が!?な、ななな何言っ…!!つーか、いやマジで、はぁ!?」

「見ててバレバレなんだよ」

 思えば、黒岩先輩にも『ベタ惚れバレバレ』と言われた。私ってそこまでわかりやすいんだろうか?この、好きな人しか眼中にない進藤禄朗にもバレるくらいに。

 ――いや、今の問題はそこじゃない。

 日頃の他人との怒鳴り合いで鍛えられた(?)禄朗の大声は、当然すぐ傍の七緒にも聞こえたわけで。

 という事は、私の4年間の想いがまさに今、不本意な形で伝わってしまったわけで……。

 恐る恐る、七緒を見遣る。

「……」

 ぽかーん。と、わけがわからなさそうな表情の七緒が、そこにはいた。



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