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12<やる時はやる女と、幸せ>

 教室へ戻った私に、美里はにっこりと微笑んだ。

「おかえり、心都。相変わらず素敵なナチュラルヘアーね」

 その目は間違いなく、笑っていなかった。

「いや、もうホント…すんませんでした…」

 教室を出た本来の目的を思い出した私は、背中に嫌な感じの汗をかきながら美里に手を合わせた。

「えー?別に私は心都に謝られる事なんかないわよ」

 目だけが笑っていない顔のまま、美里が言う。

「だってせっかく直してこいってすすめてくれたのにまだ…」

「私はただ、頭が爆発してたら心都のためによろしくないと思って忠告しただけよ。心都が直さなかったところで私に害が及ぶわけじゃないし。謝る事なんかなーんにもないのよ」

 更ににっこりと美里。

「……う」

 こういう時の美里は、怖いくらいにドライ。っていうか普通に怖い。

「…い、今すぐ直します」

 もう鏡なんか見なくていい。そんなの気にしていられるか。

 美里の射るような視線(これがかなり痛い)を受けながら、私は手ぐしでワイルドに髪を整え始めた。いや、何しろ鏡やらくしやらを携帯する習慣がないもんで。

 ――恋する女本格的に失格、か…?



「さっきよりはマシな頭になったわね、とりあえず」

 怒れる女神美里様からやっとお許しが出たのは、2時間目終了後の休憩時間だった。

「お世話になりましたー」

 思わず美里の机の前で頭を下げると、

「ほらすぐそうやって安心するー。まだ人並みに寝癖はなくなった、ってだけよ。……ねぇ心都、頼むからクリスマスパーティの日だけは爆発頭で現れないでね?そんなんじゃ生まれる愛も生まれないわよ」

 彼女が不安げな色を宿した瞳で私を見る。

 心配してくれているのはとてもとてもありがたい。が、私の頭の中では今美里が発したある単語だけが強烈な主張を繰り返していた。

「愛……愛かぁ…いーなその響き…」

 うっとりしすぎて別世界へ行きそうになった意識を慌てて引き戻す。げんなりとした美里の目線が痛かったからだ。

「だ、だいじょーぶ!心配しないで美里。当日はバッチシ☆」

「へぇ」

「そんな疑わしい目で見ないでよ。言っとくけど私、やる時はやる女ヨ?」

「ふぅん」

 ……さっきから、反応薄っ。ぐっと立てた親指のやり場のなさが虚しい。

「そこまで言うんなら心都」

 と、美里がお得意の小悪魔スマイルで微笑んだ。

 その白い腕をゆっくりと私の肩に回し、甘ーい声で囁く。

「クリスマスイヴはそれなりの行動を起こしてくれるんでしょうねぇ?」

「こ…行動って!?」

 美里、ますますにっこり。こうなるともう小悪魔じゃなくただの悪魔にしか見えない。

「そうね例えば、告白とか、告白とかー…あと告白とか?」

「結局告白じゃないですか……って告白!?そ、そんないきなり!!」

 ヤバい、頭部に血液上昇中。

 そんな私とは対照的に、美里はふふふと悪戯っぽく笑い、

「冗談よ。心都は心都でちゃんと決めてるんでしょ?告白の条件」

 白い腕が私の肩からはずれる。首周りが自由になった私は、美里の問いにこっくりと頷いた。

「…『いつか、私が可愛くなれたら。そんでもってあの部活命の鈍感男をちょっとドキドキさせる事が出来たら。』」

 その時は、ちゃんと伝える。

 泣いて喚いて殴られかけたほんの十数日前、冬の校庭を走りながら決めた自分の中での目標。

 我ながら、果てしなく無謀だと思う。

「じゃあ今はまだ全然告白できないわね」

「そーそーまだ私より七緒の方が何百倍も可愛いから――って美里さん?」

ハッキリ言いすぎです。

「でもね心都、告白とまではいかなくても、ちょーっといい感じの雰囲気でいい感じに気のきいた言葉を囁き合ったりは出来るんじゃないの?」

「えー…」

 そりゃあ、クリスマスが近付くにつれてそんな感じの理想(妄想?)が何度も頭を駆け巡った事は否定できない。

 でも、なんだか都合よくいく気がしないのも事実。

 大体「囁き合う」っていうのが問題だ。仮に、クリスマスのきらびやかな雰囲気に押し流された私が囁きまくったとしても、七緒はどうだろう。

 やっぱり奴の「いい言葉」は、『男の拳は喧嘩のためにあるんじゃねぇんだゼ』くらいが限界なのかもしれない。

 …いや、別に何か期待しているわけでもないけれど。

 神のみぞ知るクリスマス。

 とりあえずもう二度と、酔って物真似しまくるような事態だけは避けたいものだわ。








「今日一緒に帰れる?」

 好きな相手からこう言われて、嬉しくない人なんかきっといないんじゃないかな。

 もちろんかく言う私もその1人で。

「あっ、え、今日?私、かっ帰れりゅ」

「ぷっ。噛んでやんの」

 私のぐたぐたな返答を聞いた七緒は、わざとらしく噴き出した。あんたの不意打ちのせいだっての、とはもちろん言い返せない。

 だって、本当に、不意打ちだった。

 かったるい6時間目の数学もHRも終わり、帰り支度をしていた丁度その時。七緒が私の席へやって来て、さっきの無駄に人を惑わす台詞をさらりと口にしたのだ。

「あの、なんで急に…?」

「昨日の続き教えてもらおうと思って。もう冬休みまで1週間切ってんだし!」

「きのー…?」

 あぁ料理教室、と私は納得した。そうだ。じゃなきゃ、いつもは部活仲間と帰っている七緒が理由もなく私を誘うはずがない。だって彼氏彼女でもないのに。

「あーはいはいOK。そういう事ねー」

「なんか投げ遣りだな…。でさ、なんか教わる身なのに毎度毎度お邪魔するのも悪いし、今日は俺の家開催って事で」

「そんな気にしなくてもいいのに」

 こういうところは妙に律儀な七緒に感心しつつ、私は『また明美さんに新婚ごっことかからかわれるのかなー』と考えていた(正直、そんなに嫌じゃなかったりする)。

「あ、でも俺今日は部活6時までなんだけど、心都は?」

「私は今日5時までなんだよね実は。いーよ、1時間待ってるし」

「え、マジで?」

 七緒の表情がぱっと輝いた。

 …駄目だ。料理教室のためだって事も、さらにその料理教室は部活のためだって事も、わかっているのに。

 七緒が私に向けるこの笑顔を見ると、どうしてもウキウキしてしまう。

「柔道部って体育館だよね。久しぶりに七緒の柔道姿でも見学しようかなー」

 懲りずにまたニヤけそうになる自分の顔を俯き加減に隠しながら、私は言った。いかにもな「浮かれてます」感が声に滲み出ない事を祈りながら。

 ふぅん、と七緒は呟き、

「じゃー頑張んなきゃな」

 いつもと変わらない口調で言う。

 そりゃあ、当の御本人は何も考えずにおっしゃった言葉なんだろうけど。

 知り合い見に来るならいっちょ張り切るか、くらいの意味なんだろうけど。

 それが、ものすごく悔しいけど。




どうしてこの人は、私を一瞬で幸せにするコツを無意識に知っているんだろう。

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