11<名言と、乙女ちっくな彼等>
中1にしては割りと長身な禄朗は、159センチの七緒より少し大きい。
目を輝かせる禄朗と少し困り顔の七緒が並んで立っていると、まるでカップルのように見えてくる。
もちろんどっちが女の子かというと、それは想像通り。
「お別れは辛いっスけど…ここまでっスね…」
1階の階段前にて。
禄朗は切なげな瞳を七緒に向けた。
「…禄朗」
「いいんス、何も言わないでください…」
朝独特の静かな冷気が、辺りには漂っている。
「また、会いに来てもいいっスか…?」
禄朗にしては珍しく、少し躊躇いがちなその口調。そんな彼の心配をとっぱらうように、七緒はさらりと答えた。
「ん。いつでも」
必殺・美少女風(ってかまんま美少女)きらめきときめきスウィートBabyスマイル。私命名。
今日は一段と眩しい。
禄朗の瞳に色とりどりの薔薇が咲いたのは言うまでもない。
「…お二人さん早く行かないと授業始ま…」
「うっせ黙ってろボサボサ」
…なんか慣れてきたけどさ。どうにかならないかな、この私の扱い。指で地面にへのへのもへじでも書きたい気分だ。
「ありがとうございますっ。感激っス!」
「…あ、そだ禄朗。これだけは言っとく」
僅かに真剣になった七緒の口調に、禄朗の背筋がピンと伸びた。
「お前昨日の3時間目もなんか暴れてたろ」
「はいっ担任の橋本を殴ろうとしてましたっ!」
元気よく答えるなよ。つーかまた橋本かい。私は心の中で突っ込みつつ、2人のやりとりに耳を傾けた。
七緒は禄朗の目を見据え、静かに言う。
「むやみやたらに誰かを殴ったり、まわりのモンに当たり散らしたり、そーいうのはもうやめとけ。何の解決にもなんねぇって判ってんなら、尚更」
「は、はいっ!わかったっス!」
――これだったんだ。1つ謎が解けたよ、七緒。
昨日、禄朗の喧嘩を止めた時に言った「判ってるんだろ」。こういう事だったんだね。
と、唐突に。七緒が私の方を向く。
今まで階段の隅っこでしょぼくれながら2人を見守っていた私の方を、だ。
「ちょっとかっこつけていー?」
「――は?なんで私に聞くの」
七緒は禄朗に向き直り、
「俺がかっこつけんのにはあいつの許可が必要なんだよ」
大真面目に言った。
「前に勝手にかっこつけたら怒って泣かれたから」
…あぁ。あれか。ほんの十数日前、12月の初め。私の代わりに黒岩先輩のビンタをくらった七緒へ、泣きながら言った言葉。
『かっこつけすぎなんだよバカー!』
…我ながら、本当の本当に可愛くない。
「どうぞ。気の済むまでかっこつけちゃってくださいな」
もう泣かないからね。
「では。……禄朗」
「はいっ」
白い歯を見せ、きっと奴にとっては精一杯の男らしい笑顔――しかし周りからすればやっぱり美少女スマイル――を見せる七緒。
きらりーん、とか古い効果音が入りそうだ。
「……男の拳は喧嘩のためにあるんじゃねぇんだゼ」
…………。
「ぶっ」
「あっ、てっめぇ心都、今笑ったろ!?」
「や、笑ってな…っゲホゴホ」
「咳で誤魔化したけど今のは絶対笑った!!」
ごめん、七ちゃん。
だってこれは、もう。
「くくく…っ男の拳はって!!しかも最後ゼって!あはははは!!」
笑うしかないでしょう。
「笑ってんなよ!」
真っ赤な顔でムキになる七緒。どうやら、相当とっておきな台詞だったらしい。あぁ今度は笑いすぎて涙が。
そういやさっきから反応がない禄朗は、と思い彼の顔を見遣ると。
「…七緒先輩、続きは!!」
禄朗がすごい勢いで七緒に訊ねる。
「え、続き?」
「そっス!!その言葉の続きっス!男の拳は、なんのためにあるんスかっ!!」
七緒の言葉は、私とは比べものにならないくらい禄朗の心に響いたらしかった。
一方、七緒はもう「かっこつける」事を諦めたようだ。いつも通りの美少女顔で答える。
「それは人それぞれだよ」
「それぞれ…っスか」
「うん」
それぞれ。その答えは結構難しい。
禄朗は自分の中で言葉を消化するように、ゆっくり頷いた。
「じゃあ…七緒先輩の拳はなんのためにあるんスか」
「へっ俺!?」
予想外の自分への質問。七緒は今度こそ困った顔になる。
そして、しばらく考え込んでいたかと思うと。
質問の答えを、とても短く、禄朗に耳打ちした。…なんだかやたら乙女ちっくな光景だ。
「そうっスか──わかりました!!ありがとうございましたっ!!」
ぶん、と風を切るくらいに激しい一礼。
そして禄朗はスキップ混じりに1年生の教室方面へ駆けていった。
「カッコヨカッタネ七緒☆」
「…うっせぇな。わざとらしいんだよ」
「いやいや本当に。私の中の名言集に刻み込まれたよ。ねぇさっき禄朗になんて言ったの?」
「また笑うから絶っっ対教えない」
「…うん。私もまた笑っちゃいそうだから聞くのやめとく」
きっと、七緒が自分の中でかっこつければつけるほど、私は笑いがとまらなくなってしまうんだろう。
「でも禄朗、七緒にまた来いって言われて嬉しそうだったね」
「…そう?」
「きっとそのうちまた会いに来るよ」
誰かを好きって気持ちは、簡単に変わらないよね。
そう呟いた私の言葉が、七緒に届いたかはわからない。
ただ、私たちはなんとなく黙って教室へ戻った。