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10<ドキドキと、一緒に>

 七緒は一瞬、うっと言葉に詰まった。

 彼を困らせたくないなぁとしょっちゅう思って、自分の発言を反省したこともこれまでの付き合いの中で数えきれないほどある。そして今この瞬間も、私は間違いなく七緒を困らせている。

 だけどこれだけは今、聞いておかなきゃならない。

「私と2人で過ごすのが嫌だったから、柔道部のマッチョ軍団を誘ったの?」

 七緒は、自分の本意でないことにはきちんと否定の意思表示をする人間だ。

 その彼がこうしてひどく苦しそうな顔で黙っているということは、そんなのそのままそれが答えなのだ。

「…………そっか」

 ぽつりと呟いた自分の声が、どこか遠くから聞こえるような錯覚。

 だんだん激しくなってきた雨が足元で弾けて、そのまま私を飲み込んでいく気がした。


 ……私はどこで間違えちゃったのかなぁ。

 七緒と両思いになれて、すごく嬉しくて、毎日ドキドキして。本当に幸せをもらっていたのに、どうやら彼にとってこの日々はそういうものではなかったみたい。

 知らず知らずのうちに、こんな嫌な気持ちにさせていたなんて。


「心都。あのさ、俺……」

 七緒が何か言いかけるのと同時に、私は脱兎のごとく走り出した。

 傘を放り出してしまったから、顔周りにまとわりつく水分が涙なのか雨粒なのかわからない。

 とにかくここから去りたい。一刻も早く。

 とても情けないなと思いながらも、こらえきれずに、私は泣き叫んだ。泣き叫びながら、走った。

「う……うわぁぁーん!」

 だって、この後に待ち受ける悲しい展開がありありと予想できてしまったから。

「ちょ、ちょい待てこら! ストップ!」

 七緒の慌てたような声が追いかけてくる。

 腕を掴まれた。

「うわぁぁ! 離して!」

「お前、人の話は最後まで聞くのが今後の目標なんじゃなかったのかよ!」

「いやだー! 別れ話なんて聞きたくないー! つらすぎる! お願いだから今時の若者っぽくメールで別れを告げてよ!『飽きたw\(^o^)/』とかでいいから! そっちの方がよっぽどダメージ少なくいられるから!」

「何言ってんだよお前! そもそも俺ケータイ持ってないからメール送るのなんて無理ってわかるだろ!」

「じゃあ学校の視聴覚室のパソコンからでいいよー!」

「ダサいにも程があるだろ! つか聞けよ! そんな話じゃねーから!」

 ひとしきり言い争い合って、私たちは黙ってお互いを見つめた。──いや、にらみ合った。

 いつのまにか、七緒も傘を道の端に投げ出していた。

 びしょ濡れのひどい顔を突き合わせて、いやな沈黙が続く。

「……なぁ」

「……何?」

「今回のは本当に俺が悪かった」

「謝られたってつらいだけだよ……ねぇ知ってる? ふる時に優しくするのが一番残酷なんだよ」

「……だから、そういう話じゃないってば」

「じゃあどういう話なんですか」

 七緒がおもむろに自分の傘を拾って、私たちの上に差した。

 怒っているような表情だった。自分が悪いとか言ってるくせに、何よ。

「俺……お前のことは、ある意味で大先輩、いや、師匠だと思ってるんだ」

「はっ?」

 急に何を言い出すんだろう。

 とってつけたようなお世辞で私の負の感情を沈める気か? どこでそんな小賢しい処世術を覚えた?

 私がジトリと睨むと、彼は一瞬身を固くした後、

「……本当はこんなこと言いたくなかったけど」

 観念したように溜息を吐いた。

「なぁ、心都はもう何年も俺が好きなんだよな?」

「え?」

「前に言ってたじゃん。それこそ小学生の頃からずっと好きで、もう片思いのベテラン選手みてーなもんだったんだろ。だから俺のこと好きなくせにそんなそぶり全然見せないで俺に暴言吐いたり暴力ふるったり大口開けて笑ったり出来たんだよな」

「な、七緒……マジで喧嘩売ってるの……?」

 体が震えた。

 相手が七緒じゃなかったら引っ叩いているところだ。

 俺のこと好きなくせに、だと? そんな台詞、よくもまぁいけしゃあしゃあと。お前はどこのナルシストバカ野郎だ! と、喉元まで出かかった言葉を、私は飲み込んだ。

 というか、飲み込まざるをえなかった。

 悔しいかな、彼の言葉は全て事実。

 私は、報われる可能性が絶望的に低いかと思われたこの恋心を何年もしつこく抱き続けた。その結果が今なのだ。

「でもさ、俺は違うから」

 七緒が低い声で呟く。

「……だから、こういう気持ちにも慣れてない」

「え、待って、ごめん意味わかんない」

 憮然とした顔で私を見つめる七緒。

「心都は知らないんだよ」

「はぁ?」

「自分ばっかり俺のこと好きで、ドキドキしてるって、思ってるだろ」

 うん、そう思ってるよ。

 だって七緒は恋人同士になってからも、ずっと普段通りの顔で、余裕ありそうで、ドキドキなんて全然していなさそうで──。

 …………あれ?

「…………」

 じゃあ、どうして今、七緒の顔は赤いんだろう。

「こんなん、かっこ悪いだろ。だからできるかぎり隠したかった、のに……」

 彼らしくない、ぼそぼそとした語尾。

 頭を強く殴られたような衝撃が走り、気付いたら私は──矢継ぎ早に問うていた。

「そ、それはつまり! 七緒、私といると緊張する!? ドキドキする!? 幼馴染みとして過ごしてきた15年間とは全く別の時間が流れてるのを感じる!? かわゆい彼女の何気ない可憐な仕草にときめいて胸が苦しくてもうどうしていいかわかんねぇよコンチクショーってこと!?」

「そ、そこまで言ってねぇだろ……」

「まだ知って日が浅い恋のドキドキに慣れてないから! 部屋で2人きりになったら緊張して困るから! だからマッチョ軍団に無理矢理来てもらったってこと!?」

 自分で言うのもなんですが、私のまとめは簡潔で的確だったらしい。

 七緒は打ちのめされたように、途方に暮れた顔で黙り込んだ。

 繰り返しになるけれど、つまり彼が否定をしないということは、ほぼ肯定の意なのだ。

 それで私は、もう──笑えて来てしまった。

「なんだぁ……」

 胸がきゅんとするほど嬉しくて、愛しくて。こんな喧嘩っぽくなる前にもっと早く知りたかったのに、と少しもどかしくて。

 でも今一番大きな気持ちは、安心、かな。

「七緒も同じだったんだね」

 私ばっかり気持ちが大きくて、余裕がないのかと思っていた。

「うぷぷ」

「……おい、笑うな」

 今更そんな怖い顔を作って睨んだって無駄だ。

 七緒、耳まで赤い。


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