2<スリルと、襲撃>
そこにいた七緒は、まるで値段も希少価値も超越したたったひとつの宝石のように輝き、桃色の里に今まさに降臨したる大天使が如く、気高く凛々しくかっこよく、白雪姫の魔女の鏡ももう世界一美しい人物として彼の名前以外は口に出せなくなってしまうことは確実だろうという感じであり、きんきらきんと後光が差し、最高にイカして見えた。
あ、眩しい。
私は強い光に目がやられるのを感じながら、ぎこちなく右手を上げる。
「お、おはよっ七緒!」
しまった。声が裏返った。
「おす」
と、七緒が軽く挨拶を返す。
それがあまりにもいつも通りだったから、私はなんだか全身の力が抜けそうになる。安心したような、ちょーっと拍子抜けしたような。
「風邪は? もう完全に治ったの?」
「うん。おとといやっと熱下がって、昨日には全快」
「そうなんだ、よかった。ってゆーかこの大切な時期にうつしちゃってごめんね」
「別に心都のせいじゃねぇだろ」
私と七緒の何気ない会話を、美里がにやにやと見守っている。
「な……なんだよ、栗原」
七緒が非常に居心地の悪そうな顔で、美里に問う。
美里はにっこり笑って答えた。
「んーん、幸せな2人を眺めてると私も幸せだなぁと思って」
最近美里がよく見せていた類の笑顔(何かを企んでいる時や、全てを焼き尽くすような闘志を燃やしている時)とは違う、とてもピュアで可愛いにっこり顔だ。美少女此処に極まれり。
周りにいた男子たちが何人か倒れた。
お前栗原になんか余計なこと言っただろ、というような視線を七緒が無言で私に向ける。
余計なことなんて言ったかなぁ。
まぁ、告白成功を電話で伝えた時に、七緒の台詞と一挙一動を覚えている限り細かい描写を駆使して報告はしたけど。
私が小首を傾げて上目遣いで「わかんなーい」とやってみると、七緒はげんなりした顔を見せてそのまま教室へと引っ込んでいった。
おい、なんだその反応。
仮にも彼女がキメ顔で胸キュン狙いにいってるってのに。
というか、一応恋人同士になった日以降の初顔合わせだったはずなんだけど、なんか特に何もなかったなぁ。
まぁ、七緒の性格からして急にベタベタのラブラブになるはずがないっていうのもよくわかっていたけどさ。
「心都、今のは駄目よ。無いわ。無し無し」
気付けば美里も真顔に戻っていた。
「え、駄目? 2年くらい前に読んだファッション雑誌に、男は上目遣い&首傾げに弱いって書いてあったんだけど」
それを読んだ当時は、七緒との身長差なんてほぼ皆無だったから実現できなかった。
ようやく最近それを試せそうな感じになってきたから、今ちょっと勇気を出してやってみただけなのに。
「情報が古いっていうことは100歩譲って置いとくとしても、さっきの心都のは上目遣いじゃなくて単なる三白眼のガンくれ野郎よ」
強烈で的確な駄目出しだった。
とりあえず両思いにはなったものの、私はきっと今後もまだまだ美里のアドバイスの世話になり続けるのだろうな、と確信した。
その日は始業式とクラスでのホームルームのみで終了となった。
ホームルームでの担任の話は受験のこと一色で、教室のムードがほんの少しぴりりとした。
当然といえば当然だ。
──気付けば入試はもう来月に迫っていた。
本当に我ながら、なんちゅうタイミングにカップルになっちまったんだ、という感じだ。
冬休み中の私の進捗状況はというと、風邪をひいたりしつつもなんとか厳しい冬期講習を乗り越え、そこそこ良い感じに勉強ができた。
先日受けた最後の模試も、なんと、ついにB判定(安全圏まであと一歩)まできた。
この時期にB判定というのもまだなかなかスリリングなものだと思うけど、元々がD判定スタートの私だから、喜んでしまうのも無理はないでしょと思う。
でもやっぱりまだまだ油断はできない。
ほんの1日の過ごし方で、合否が分かれる。些細なことが命取りになる。
B判定というのは、つまりそういうすれすれのラインにいるということだ。
それを重々肝に銘じている(つもりの)私は、とりあえず放課後図書室に寄ることにした。
以前も言ったように、私、家の自室よりも、多少人目がある場所の方が勉強が捗るタイプなのだ。
なのでひとり、せっせと3階の図書室へ向かっていた──のだけれど。
あと数歩で図書室に辿り着く、という時。
電光石火、私の目の前に躍り出た人物が、強烈な頭突きを繰り出してきた。