32<雪と、笑えない想い>
ようやく言えた。
私の5年間の思いが今、あっけないほど短い言葉で、七緒に伝わった。
あぁ、ついにこの瞬間を迎えたんだわ──そう実感した途端、ものすごい恐怖心が私を襲ってきた。
この告白の結果はわかっている。
私は七緒に振られるためにここにいる。
全て覚悟した上で、気持ちを伝えることを決心したはずなのに──。
情けない私。結果がわかっているからこそ、今になって急に、彼の反応を待つこの時間が怖くてたまらない。
もしもこれで七緒が「ははっ、何言ってんだよ今更。俺もなんだかんだお前のことは最高の幼馴染みだと思ってるぜ(笑)」なんてベタな返しをかましてきたら……どうしようかな。もう辛抱たまらずその可愛いお顔をぶっ飛ばしてしまうかもしれない。
しかし、彼の反応は違っていた。
「…………え?」
七緒は、今までに見たことがないくらいの戸惑った顔をしていた。幼い頃から今日まで、彼が色んな女の子(稀に男の子)に告白される現場を見てきたけど、ここまでの戸惑い顔は初めてだ。
どうやら私の言った「好き」の意味、その笑えなさは伝わったらしい。けれど、七緒はそれを自分の中で受け入れられていないようだった。
私の言葉が七緒を困らせている。思考回路をショート寸前にさせている。
そのことが身にしみて感じられて、胸が痛んだ。
──やっぱり、言わない方が良かったのかも。
今更ながら微かな後悔が湧き上がってくる。
「……七緒、びっくりさせてごめん。でも、別に告白してあんたとどうこうなろうってんじゃなくて。ただ、私、伝えたかっただけなの。感謝と……好きだから、七緒に幸せになってほしいの」
七緒が何か言おうと、口を開きかけた。
私はそれを遮って、ほとんど叫ぶように続けた。
「だから……子リスちゃんと末長くお幸せにね!」
そう言うと、反射的に駆け出した。
うわー。どうしよう。逃げちゃった。
雪道を猛烈に走りながら、私は自己嫌悪に陥っていた。
今日ズバッと言って、バッサリ振られて、すっきり素敵な思い出にするはずだったのに。全部終わりにするはずだったのに。
ただでさえ私のエゴ全開の失恋作戦が、こんな言い逃げみたいなやり方になって、もう最悪。
ごめんね七緒。我ながら、自分勝手にもほどがある。
だけどどうしても、あのまま立ち尽くしてはいられなかった。
七緒のあの、ショッキングで戸惑った顔。
私にこんなこと言われるなんて微塵も予想していなかったであろう彼。
この告白は、きっと私が想像していた以上に七緒にとって重荷になるものだったんだ。
彼の顔を見たらそれがじゅうぶんわかってしまったから、もう胸が張り裂けそうに痛んで、あの場にはいられなかった。
ややあって、後方から足音と声が聞こえてきた。
「おい、こら、心都!」
放心状態から我に返ったらしい七緒が追いかけてきた。
私は走るスピード更に上げつつ、振り向いて彼を睨みつける。
「く、来んなー!」
「はぁ!? お前……なんだよそれ! 言い逃げすんな! 待てって!」
「無理! 無理無理無理ー!」
絶叫しながら、私は公園に入った。
遊具の多いこの敷地内なら、七緒との距離を広げて、うまく撒くことができると思ったからだ。
もう日が落ちていることもあり、狭い公園内は誰もいなかった。
私はジャングルジム、滑り台、そしてブランコの周辺を縦横無尽に駆け回り、七緒からの逃げ切りを図った。
しかし、予想と反して彼との距離はどんどん縮まっていく。
この野郎、さては本気で走っているな。
かよわい乙女相手に、恥ずかしいとは思わないの?
私は振り向いて、思いの丈を叫んだ。
「かよわ……おと……はず……っか……ゼェ」
「息切れしすぎで何言ってんだかわかんねーよ!」
正直、スタミナのない文化部系にこの追いかけっこはキツい。
私は走りつつ足元の雪をすくい上げて、軽く固めると、七緒めがけて投げつけた。
「うぉっ」
雪玉は彼の肩にぶつかって砕け散った。
一瞬、七緒がひるむ。
よしよし。このまま良い具合に引き離せれば……。
しかし、これが裏目に出た。
私の雪玉攻撃は七緒をイラつかせ、余計にスピードを出させてしまったらしい。
ついに気配がすぐそこに感じられるまでの距離に追いつかれた。
「待てって……言ってんだろ!」
ぐい、と右腕を掴まれる。
公園のど真ん中──時計台の下で、バランスを崩した私は顔面から思い切り転んだ。
「ぎゃっ!」
「おわっ」
それに巻き込まれる形で、七緒も私の真横に倒れ込む。
ぼすっ、と鈍い音。
「……」
「……」
うつ伏せになりながら、私は顔を上げられなかった。
いくら雪の上といえども、やっぱり勢いよく突っ込んだらダメージも大きい。
強打した顔面が痛い。っていうか、前歯が痛い。これ、折れていたらどうしよう。そういえば最近そんな内容の悪夢を見たような気がする。まさかの正夢だろうか。嫌だ──。
「……心都」
「……」
「……顔、上げろよ」
隣の七緒がやけに落ち着いたトーンで言う。
私の耳元より少し高い位置で聞こえるその声から察するに、きっともう転んだままの格好ではなく半身を起こしているのだろう。
私はその言葉を無視して、雪の上に伏せ続けた。
「……」
「こっち向けよ」
「……無理。歯、折れたかも」
「は? そんな簡単に折れるかよ」
「……」
「顔上げろ。話聞けよ。心都」
まるで聞き分けのない子供に言い聞かせるような口調だった。
それで私は急に、幼い頃のことを思い出した。
まだ5、6歳の頃だろうか。普段から一緒に遊ぶことの多かった私と七緒は、ご近所さんたちや通りすがりのおばあさんなんかからも、よく「まるでキョウダイみたいね」なんて言われていた。その「キョウダイ」が「兄妹」なのか「姉弟」なのか──それが私たちにとってはとても重要なことだった(今になって思えば、もしかして「兄弟」や「姉妹」の可能性だってあったのかもしれないけれど)。
自分こそが年上役だ! と主張し合った私たちは、そのことでたびたび喧嘩したっけ──。「誕生日は俺が先だ!」「背は私のほうがちょっと高い!」なんて。結局決着はつかなかったけれど。
15歳の今、そんな遠い日の幼さが懐かしすぎて、胸が痛い。
あのとき一緒にバカな争いをした七緒が、今はもう私をなだめるような立場にいる。大切な人ができて、守るものを見つけて、七緒だけ先に大人になってしまった気がする。
かたや私は今日一日で何度も七緒を困らせている──。
恥ずかしくなって、しぶしぶ顔を上げた。
「……」
「なんで泣いてんの」
「…………私、顔面打ったんだよ。痛い……」
「大丈夫だよ、歯なんて全然折れてねーから」
「本当に?」
「うん」
自分の歯が折れていないことなんて、本当は知っている。
この滝のような涙だって、転んだ痛みによるものじゃない。
七緒のことが好きで好きでたまらなくて、でもそれが叶わなくてつらいから。
全部、わかっている。
そしてそれはきっと、七緒も同じだ。
七緒もこの私の号泣の原因がわかっているから、こんな兄のようななだめ方で接してくるのだろう。
そのことがいっそう胸に突き刺さる。
後から後から、涙がとめどなく流れる。
最低だ、と思った。
ただでさえ自己中極まりない告白なのに、今の私は涙と鼻水と自分の思いに溺れて、もう七緒の返事を聞くどころじゃない。
こんなはずじゃなかったのに。
綺麗に終われるはずだったのに。
失恋の悲しみと自己嫌悪とで、卒倒しそうだ。
「……泣くなよ」
七緒が呟く。どこか途方にくれたような顔をしていた。
「俺……泣かれたくないんだよ、お前には」
静かな口調で、七緒は言った。
お前には。
その一言で私はもう、心臓を掴んで揺さぶられたような思いだった。
そして長年の癖(もう本能と言ってもいい)で、私の中のもうひとりの私が、今の七緒の言葉にいそいそとリボンのラッピングをかけて、大切な宝物として胸にしまおうとした。
──だ、だめだめ。
嬉しければ嬉しいほど、我に返った瞬間が辛いんだから。
「…………何それ……」
声が恨みがましく震えてしまった。
頭にどんどん血が逆流するような感覚になる。
心のラッピングをビリビリに裂きながら、私は七緒を睨みつけた。
「なんで、なんでそんなこと言うの? こっちは諦めに来てるってのに、なんでわざわざこのタイミングで嬉しくさせるようなこと言うの!? こ、子リスちゃんと付き合ってるくせに……小悪魔気取りか! 単純アホ女の心を弄んじゃう俺カッケーってか! 女をドキドキさせた数だけ男の価値は上がるぜってか! 男子力♂ブチアゲモード♂全開♂ってか!」
「お前、何言ってんの?」
ぎょっとした顔の七緒。
しかし、一度火が付いてしまった私の勢いは簡単には止まらない。
「ギネスにでも挑戦してんのか! 1日でどれだけ女をきゅんとさせられるかってか! それともあれか、誰かと賭けでもしてんのか! 発生させたとくんとくんの数に応じて金でも貰えるシステムか! 「1とくん」=100円ってか! そりゃたいそうアコギな商売してまんな、協力させてもらいまっせってアホか! 子リスちゃんが泣くぞ!」
「あ、子リスちゃんって……太一の彼女のことか」
ぴんときた、という風に七緒が手を打つ。
私はヒステリーを停止させ、彼をまじまじと見つめた。
「たいち? って誰だっけそれ」
「柔道部の同級生。ほら、山上のサイン欲しがってたあいつだよ」
「あぁ、クマ吉くん……」
『月刊 中学柔道』片手に山上への思いを熱く語る、大柄でつぶらな瞳の男子生徒の顔が頭をよぎる。そういえば、七緒は今日ついに彼宛の山上のサインを手に入れていた。おそらく本人の手元に渡るのは年明けになるのだろうけど、クマ吉くん、喜ぶだろうな。かなりの山上ファンという感じだったもん。クマさんのような体で嬉しさを爆発させる彼の姿を想像して、無関係な私まで微笑ましい気持ちになった。
「……」
──で、七緒は今、何て言った?
数秒前の彼の台詞を反芻する。
そして、頭が真っ白になった。
「う、うそだ!」
「こんなことで嘘ついてどーすんだよ」
呆れたように七緒が言う。
「だって子リスちゃんが……」
私は今までに得た情報を頭の中にかき集め、ぶちまけた。
「大好きな先輩と付き合えたって……そのために柔道部に通ってめっちゃ努力したって! もう1ヶ月記念日だって!」
「いや、それ全部太一のことだから」
「子リスちゃんって超七緒ファンだったじゃん!」
「ファンだかなんだか知らないけど、そういうのと恋ってきっと別物だろ。現に今は太一にゾッコンなんだから。今日だってあの2人デートだよ」
「でも七緒ファンの他の女の子たちは『七緒先輩が最近アンニュイ』って!『恋人ができたに違いない』って!」
「なんだよそれ知らねーよアホか」
「で、で、でも、」
まだまだ言いたいことがある気がして、私は口を開く。
けれど何も言えないことに気付いた。
よくよく考えてみれば、私は七緒からも子リスちゃんからも、お互いの想い人が誰なのかという決定的な言葉は聞いていない──?
「……あ、あれ……?」
今まで私の中で揺るぎなかった「何か」が、音をたてて崩れていく。
じゃあ、ここ1ヶ月ちょっとの間の私の絶望って、一体何だったの?
まさか、まさか、そんなものの原因は最初から存在しなかったの?
全部私のひとり相撲?
喜びとか安堵とか、そういう感情すら追いつかない。愕然とした私は頭を抱えた。
駄目だ。急過ぎてまだどこか信じられない。
もしかして、女の嫌な部分を煮詰めて凝縮したような私の鬼ヒステリーを目の当たりにした七緒が、子リスちゃんを守るために咄嗟についた嘘かもしれないのだ。
でも……。
その時、私のPコートのポケットからいつもの着メロ(某ボクシング映画のファンファーレ)が鳴り響いた。
震える手で携帯電話を開くと、美里からのメール。
『心都に重大報告。時間があるとき電話ちょうだい』
文末にはピンクのハートが添えられている。そこに何の意図があるのかはわからなかったけど、私の心をざわつかせるにはじゅうぶんだった。
「……ちょっと電話していい?」
一度に色々なことが起こり、混乱の限界を超えた私は今きっと能面みたいな顔で七緒に問いかけているのだと思う。
七緒は少し引いたような表情になりながらも、「いいけど……」と頷いてくれた。
私は七緒に背を向けると、相変わらず震える指で、のろのろと携帯電話のボタンを押す。
1コール目で美里は出た。
「もしもし心都?」
はずんだ声だ。
「美里? じゅ、重大報告って何?」
「あのね、簡潔に言うわね。七緒君の彼女疑惑の、子リスちゃん? あの子の彼氏は七緒君じゃないわ。全然別の柔道部の男子と付き合ってるわよ」
先程と同じ爆撃を受け、またもや頭がぐらつく。
「な、なんで? っていうかそもそも美里、子リスちゃんと接触したことあったっけ?」
「ないけど。でも心都からの情報だと、うるうるの瞳でくるくるヘアで小柄で小動物系のかわいこちゃんでしょ? くせ毛を活かしたショートヘアなんて、縮毛矯正やらアイロンやらを使って死に物狂いで髪を真っすぐにしがちな中学1年生にしてはなかなかのやり手よ。そんな子学年に何人もいるもんじゃないから、何度か1年生の階をうろついたらすぐ見つかったわ」
「えぇ……? 何か話したの?」
「ううん。まさか、2学年も上のおばさんからいきなり初対面で『よう、かわいこちゃん、誰と付き合ってんだよ?』なんて話しかけられたら、子リスちゃんだって嫌な気持ちになっちゃうでしょ。かといって七緒君に直接的にこんな話振っても本当のこと言わなさそうだし、それでまた波風立っちゃったら嫌だし。子リスちゃんの顔だけわかればじゅうぶんよ。一目見てわかったけど、子リスちゃん、校則にひっかからないように透明マスカラつけてたの。恋する乙女の必需品よね。で、それだけメイクに気を使うけど、先生にはバレないようにしたい……ってことは、昼休み後半は確実に女子トイレでお化粧直しタイムがあるはずでしょ。そして、化粧直しの乙女たちが集うと、絶対トイレですることがあるのよ。なんだかわかる?」
「わ、わかんない」
私には何もわからなかった。子リスちゃんが透明マスカラを愛用していたことも、学校でお化粧直しタイムがあることも、そこに何が付き物なのかということも。
電話口の向こうの美里は、じれったそうに言った。
「もう! 恋話に決まってるでしょ! こ、い、ば、な! お、の、ろ、け!」
「お、おぉ……!」
「だから私、毎日昼休みになると1年生用の女子トイレの個室の一番奥に籠ってたの。子リスちゃんがお友達と交わすのろけ話から具体的な情報を聞く為に。おかげで1年生の間では最近『トイレの神様』の噂が蔓延してるわ。昼休みに奥の個室がいつも閉まってるのはトイレの神様がいるからで、不躾にその正体を探ろうとした者は呪われるんだって」
それ、神様というか妖怪じゃないか。
「なかなか根気がいったのよ。毎日子リスちゃんがのろけ話の主役なわけじゃなく、当然聞き役の日だってあるし。たとえ話し手の日でも、『昨日先輩と長電話しちゃってハッピー』とか、『先輩ってピンクとオレンジだったらどっちのチークが好きかなぁー』とか、そりゃもうふんわりしたものばっかりだったから」
私は、校内一の美少女と呼び声の高い親友がトイレに立てこもり後輩の恋話に聞き耳をたてる姿を想像した。
……ビックリするくらい似合わなさすぎる。
「でもおととい、ようやく聞けたのよ。『24日、学校から帰ったらすぐ着替えて先輩とデートなの。映画見て、ご飯食べて、隣町の駅前の限定イルミ見に行くの。ねぇ、やっぱりそういう日ってキスとかしちゃうのかなー!? どーしよーキャー!』って具体的な情報が」
「じゃあ美里、今日は学校のあと……?」
私は美里の声の後ろから微かに聞こえる雑踏の音に耳を済ませた。
若者たちの声にまじって、クリスマスソングのBGMが聞こえる。
「隣町の駅前のイルミネーションエリアでずっと待ち伏せしてたのよ。田辺君と一緒にね。そしたらついさっき、バッチリ登場。子リスちゃんとうちの学年の柔道部のクマみたいな男の子、寄り添って2人で1つのマフラーしてるわよ」
「ま、まじでぇ……?」
ここ最近の美里の謎めいた行動の訳が、ようやくわかった。
美里は、子リスちゃんや彼女の周囲の人間に直接何かするわけでもなく、完全に自分の気配を消したままで(主にトイレで)、真相に辿り着いたのだ。
彼女の将来は一流の女探偵かもしれない。
そしてその探偵能力もさることながら、私の為にそこまでの労力を割いてくれたという事実に、胸がいっぱいになる。
「み、美里……私、なんてお礼を言ったらいいのか……」
「え、ちょっとヤダ、泣いてるの? 気にしないでよ。私自身が心都の失恋騒動に全然納得いってなかっただけだから。──それに隣町のイルミネーション、初めて来たけど、デートスポットなだけあってすごーく素敵よ。ここに来れただけでもトイレに通った甲斐があったって感じ。ま、一緒にいるのが田辺君っていうのが残念だけどね」
鈴を転がしたような声で美里が笑う。
「とにかく心都、そういうわけだから、まだまだ諦めちゃダメ。今からでも遅くないから、クリスマスデートに七緒君を誘ってみなさいよ。今、家? 何してるの?」
「告白してた」
「え?」
「今ちょうど七緒に告白してる最中だったの」
電話口の向こうの美里は、しばし絶句した。
あれっ栗原どうしたんだよ顔怖いぜ、なぁなぁどうしたんだよー杉崎なんて言ってんの? ……と、やかましい田辺の声が、その更に向こう側から小さく聞こえる。
数秒の空白の後、美里の怒声が携帯電話を割らんばかりの勢いで響いた。
「そんな重要なときに何のんきに私と電話なんかしてんのよ! 切るわよ! 全部終わったら報告してよね!」
鼓膜がキーンとする。
その衝撃に私が面食らっているうちに、電話はぶつりと切れてしまった。
「……」
私はゆっくりと、七緒の方を振り向いた。
「……終わった?」
と、律儀にその場で待っていた七緒。
「うん、終わった……」
「……」
「あっ、そうだ!」
突如大声をあげた私に、七緒がびくっと肩を揺らした。
私はそんなことお構いなしに彼に詰め寄る。
まだ腑に落ちていないことがあったのだ。
「そうだよ! 前に廊下で子リスちゃんと七緒、2人仲良く雑誌読みながら喋ってたじゃん! 幸せモード全開で! あれは?」
「あー、あの子に相談受けてたんだよ。『太一先輩にクリスマスプレゼント何あげたらいいと思いますか?』って。雑誌見て色々カッコイイもの選んでたみたいだけど、やっぱりそういうのって値が張るから中学生には厳しいだろ。結局手編みのマフラーにしたみたいだな」
「……まじすか」
「まじだよ」
あっさりと七緒が言う。
これで全ての疑問は解消された。
子リスちゃんの彼氏は、七緒じゃない。クマ吉くんだった。
「……なにそれ……」
この1ヶ月、なんて壮大な思い違いをしていたんだろう。
嬉しいはずなのに、私はいまいち手放しで喜べず、放心状態だった。
なぜならこの勘違い失恋期間中、私は自分なりに悲しい事実を受け止めようと努力して、心の準備を進めていた(完全とは言えなかったけど)。
だからそれが全部払拭されてしまった今、それまで立っていた足元の床が消え去ってしまったような、今後どうすればいいのか見当もつかないような──妙な感覚だ。
先程までとは別の意味で、私は逃げ出したかった。
でも体に力が入らない。
がっくりと膝をつき、俯く。
──っていうか、私、告っちゃったぞ。
七緒に恋人ができたと思ったからこそ、追い詰められてある種の勇気が出て、このタイミングで伝えたのに。
そうじゃないなら全然話が違ってくる。
どうすんだオイ。
「……『なにそれ』……? それはこっちの台詞だよ」
七緒が低い声で言う。
「お前こそ、なんなんだよ。……好きな奴って……俺かよ」
私は顔が上げられずに、その場に固まった。
どうしよう。
うっそぴょーん! って今からでも言ったら通用するかな。さすがにぶん殴られるだろうか。
どうしたらいいのかわからない。
でももう、嘘をつくのも嫌だ。
「俺……てっきりお前は、違う誰かのことが好きなんだって思って……だから俺、お前が幸せになれるならって、全部ケリつけてなかったことにするつもりでいたんだよ。……でももう、そんなん駄目で、自分の気持ちが全然消えなくて、だからここ最近ずっとモヤモヤして……」
私は顔を上げた。
七緒は、私に負けず劣らずの愕然とした顔をしていた。
「何言ってるの、七緒」
私は信じられない気持ちで、目の前の幼馴染みを見つめた。
だって、それじゃまるで。
「まるで私のこと好きって言ってるように聞こえるよ……?」
自分自身の言葉が、なんだか遥か遠くから聞こえてくるようだった。
むき出しの膝に、雪が冷たい。
だけど震えが止まらないのは、きっとそのせいじゃなかった。