27<Cafeエメラルドと、5年目の決意>
電車に揺られて約15分。私の家の最寄り駅から3つ。
『Cafeエメラルド』は西高のすぐ近くの、商店街の一角にあった。
木製のドアを薄く押し開けて、こっそり様子を伺うと、店内にはなんともファンシーな雰囲気が広がっていた。
壁紙はいちご柄だし、椅子の背もたれ部分は色とりどりの水玉模様。チューリップ型の吊り下げ照明からはオレンジ色の光が淡く降り注いでいる。お昼時だというのにお客さんはあまり入っていなくて、(それはお店側としては深刻な問題なのかもしれないけど)そんなまったりのほほんとした感じが、キュートな店内とよく合っていた。
黒岩先輩、本当にここでバイトしているのかなぁ。全然キャラじゃないけど。
昨日手に入れた魔法のチケット、パフェ割引のチラシを握りしめて店内を見渡す。黒岩先輩らしき店員は見当たらない。
もしかして、バイトのシフトが入っていないのだろうか。
よくよく考えれば、当然のことなのかもしれない。だって今日は恋人たちのクリスマスイブ。彼氏が6人もいる黒岩先輩は大忙しに違いない。
先輩のスケジュールを確認してから来れば良かった。せっかく「サービスしてあげる」って言ってくれたのに(私が太ることに対してとても愉快そうな笑顔を浮かべてはいたけれど)。
後悔しながら入り口に立ち尽くし、このまま店内に入るか入るまいか迷う。
「いらっしゃいま……」
バックヤードから出てきた店員が、私の顔を見るなり動きを止めた。
ピンクの水玉エプロンを身につけた黒岩先輩だ。いつもは下ろしているウェーブヘアを、今日はバイト仕様で顔の横で一つに結んでいる。
「先輩、来ちゃいました!」
嬉しくてつい健気な年下彼女みたいな台詞を吐きながら駆け寄ると、先輩は接客業にあるまじき形相を私に向けた。
「昨日の今日で早速かよ。イブに1人でどんだけ暇なの、あんた」
自分でチラシを私にくれたくせに、非常にうんざりした、そして忌々しそうな表情。2日連続であんたのアホ面なんか見たくないわ、という様子だった。
だけどそんな先輩のキツい態度にも私は傷付かず、むしろ少し嬉しくて自然と笑みがこぼれるくらいだった(決してマゾっ気があるわけじゃない)。
だって今までなんだかほんのりとした孤独感を感じていて、たとえ乱暴な応対でも私を相手にしてくれる人にやっと会えたことが、胸にじーんと沁みたから。
窓際の席に案内されると、即チラシを提示して25%引きで食べられるというジャンボパフェをオーダーした。
10分位待った後、高さ30センチほどもあるフルーツパフェをお盆に乗せた黒岩先輩が現れる。
「わー! 本当にジャンボですね! どうしよう幸せ!」
いちご、白桃、オレンジ、ブルーベリー、メロン、さくらんぼ、真ん丸バニラアイス、スティックビスケット、コーンフレーク、生クリーム、チョコレートスプレー、フルーツソース……それらが高々としたソフトクリームを中心に所狭しと飾られ乗せられ敷き詰められ、まるでゴージャスなお城のようだった。
私はその夢みたいな光景をうっとりと見つめた。
その向かいで、「締まりのない顔」と毒づきながら、黒岩先輩が同じテーブルに着いた。手にはおそらく自分用の紅茶のカップを持っている。
「あれ? 先輩仕事中じゃないんですか」
「……あたしとあんたがさっき話してるの見て、店長が、『知り合いが来てるなら1時間休憩入っていいよ』って」
個人経営っぽいお店ならではの粋な計らいだ。
「別にあたしはあんたと和気あいあい過ごしたいなんて全く考えてないけど。気を使って休憩いれてもらったわけだから、一応ね、無駄にはできないじゃん」
「じゃあ先輩も一緒に食べましょうよ」
「あたしはいい。太りたくないから」
スプーンですくって一口食べると、パフェはとても甘かった。
このテのコテコテ大盛りパフェにありがちな「甘さ控えめ」なんて概念はそこには全くなく、砂糖と生クリームのもったりとした甘味が口内に広がる。
だけど甘いものが食べたくて食べたくてたまらなかった私にとって、まさにこれこそ求めていた味そのものだった。これだけ大きなパフェだけど、私はひとりでも問題なく全て食べきれることを確信した。
「おいしいです!」
「そりゃ良かったね」
黒岩先輩は昨日と同じように、私には全く興味がなさそうに自分のロングヘアの毛先をいじっている。
「先輩、今日はイブですけど……バイトですか?」
「何が言いたいの」
「6人の彼氏は?」
怒られるのを覚悟で聞いたけど、意外にも先輩は口元にふふんと笑いを浮かべた。
「夜からデートなの。イブの今日は2人。明日は朝から夜までで4人」
「多忙ですね」
「まぁねー」
私はパフェをもりもり食べながら、先輩の綺麗な顔を眺めていた。
高校生ってどんなクリスマスデートをするのだろう。
バイトしていてお金もあるだろうし、遠出したり、ちょっと良いお店で何か買ったり、高めのご飯を食べたりするのかな。そんで何かロマンティックな言葉を交わしたりするのかな。
中学生のちゃんとしたデートすら経験したことのない私には、まるで未知の世界だった。
黒岩先輩はふとこちらを見て、哀れむように言った。
「あんたはイブなのに暇そうね」
「そんなことないですよ、受験生ですから! 今日も帰って勉強だし、明日も一日勉強で大忙しです」
「いや、そういうことじゃなくて、恋人もいなくてこんな所までひとりでパフェ食べに来て寂しい奴ねって意味」
「あぁ……」
パフェの甘さで忘れかけていた虚しさが、再び胸に蘇る。
「っていうか、あたしあんたに対して全く気遣いとか遠慮とかする気ないからもうハッキリ聞くけど、東くんへの恋は終わっちゃった系? しつこい片思いがやっと玉砕したの?」
予告通りのオブラートフリーな言葉がぐさぐさと突き刺さってくる。
私は息も絶え絶えになりながら、座ったままその場に崩れ落ちるのをなんとかこらえた。
「……」
「シカト?」
「……つい最近失恋したんです。七緒に恋人が……できたので」
何度経験してもこの失恋報告の瞬間の苦しさだけは、どうしても慣れない。
「へぇ」
黒岩先輩はちょっと目を丸くすると、紅茶をすすった。
「ふぅん、そっかー、東くんもついに彼女持ちか」
「彼氏がいる人に聞くのもアレですけど……先輩はもう七緒を好きだったことは完全に過去の出来事なんですか?」
先輩がキツい目つきで私を睨む。
「当たり前でしょ。今は6人の彼氏一筋だっつーの」
「……」
ひどい矛盾を指摘することなんてもちろんできない(だって先輩顔怖い)。
「あたし、卒業前に東くんとデートしたことがあったでしょ? バレンタインの後」
「はい」
こっくりと頷く。そのデート事件には当時ずいぶん悩まされた。
「その後、ちょっと考えて、すっぱり諦めたの。それからはもうウジウジ思い出すこともなかったわね」
「……そうだったんですか」
そのデートの時に七緒と黒岩先輩の間でどんなことがあったのか、私は当然知らない。
だけど、それまであれだけ「東くんラブ!」だった先輩がたった一度のデートをきっかけにすっぱり諦めるなんて──あの鈍感男、何かよほど馬鹿な、100年の恋も冷めるようなことを言ったんじゃないだろうか。デートの後、黒岩先輩が散々怒り狂って八つ当たりまでされたのはよく覚えている。
「あたしみたいなイイ女ってのは、終わった恋のことはもう二度と思い出さないの」
「はぁ」
「でもあんたは違うみたいね。未練タラタラ、引きずりまくりって感じ」
相変わらずの怖い目で、先輩が私を見つめる。
私はその視線を受け止めるだけの自信がなく、思わず顔を伏せた。
「でも……恋を諦めるための努力はしてます。今はその途中だから、まだちょっと完全じゃないけど、そのうち……」
「そんな努力しなきゃ諦められない時点で、間違ってるでしょ。っていうか、告白とかしたの? 自分の気持ち言ったの?」
「えっ」
絶句した。黒岩先輩の問いかけは、あまりにも私の常識の範囲外だった。
彼女がいる人に、どうして自分の気持ちを言える?
先輩はいつの間にか新しいスプーンをおろし、既に溶けかかった私のパフェを横から食べていた。さっきまでいらないって言っていたのに。
「あー!」
悲痛な叫びをあげる私。なぜなら、黒岩先輩がスプーンですくったのは、私が最後に食べようと大事に取っておいた、ひとつしかないてっぺんのさくらんぼ!
黒岩先輩は全く悪びれる様子もなくそれを口に放り込んだ。
「東くんのことまだ好きなんでしょ? じゃあなんでハッキリ自分の気持ち伝えないの?」
先輩の目は相変わらずとても怖い。だけど食べ物の恨みと怒りが手伝って、今の私はなんとか怯まず答えることができた。
「だ……だって、彼女がいるんですよ! 可愛い彼女が!」
「は? だから何よ」
「だから何、って……」
「あんたの言う『恋を諦める』一番の近道は、ガツーンとぶつかって自分の気持ち伝えて、スパーンと振られることよ。そしたらすっきりして何の後悔も残らないで終われるんだから」
私は右手のスプーンを机に置いて、黒岩先輩に向き直る。
先輩の意見は明確で迷いがなくて、とても彼女らしい。言葉はちょっと乱暴だけど、私に対するアドバイスをくれていることはよくわかる。
だから私も、逃げずに自分の今の考えをきちんと説明したいと思った。
「私、七緒のことが好きですけど……ううん、好きだからこそ幸せになってほしいって気持ちがあります。だから、今はすごくつらいけど、やっぱり七緒と彼女の仲を応援したいし、変に自分の気持ちを伝えて穏やかな幸せを壊したくないっていうか……それが私なりの精一杯の、」
ここまで言って、絶句した。息を飲んだ。体が震えた。
今までの怖い顔なんて比にならないくらいの、世にも恐ろしい、地獄のような表情で、黒岩先輩が私を睨んでいたからだ。
「ゴタゴタ言ってんじゃねーよ」
「……」
「ここがバイト先じゃなかったら、あんたなんかとっくにブン殴ってるんだけど」
早くも前言撤回、私もここが公共の場じゃなければみっともなく叫んで逃げ出しているかもしれないです。
「あんた、東くんのことナメてんの?」
「い、いえ、滅相もない……」
まだ体の震えが止まらない。
黒岩先輩はさくらんぼの種を紙ナプキンの上に乱暴に吐き出すと(もうその仕草さえ怖い)、私に詰め寄った。
「東くんのこと、そんな自分の彼女も大切にできない度量の小さい男だと思ってんの? 今更あんたに気持ちを打ち明けられたくらいで、東くんがみっともなく動揺してグラついて、今の彼女との幸せが脅かされちゃうようなことになるって本気で心配してんの? っていうかあんたどんだけ自分に影響力あると思ってんの? どんだけうぬぼれてんの? マジ寒いんですけど!」
頭をハンマーで殴られたような思いだった。
「た、た……確かに……!」
「愛し合う2人にとってはあんたなんて脇役よ! 通行人Aよ! 村人その1よ!」
「ぐぬぉぉ……」
カッと顔が熱くなる。胸の奥から羞恥心が滝のように溢れ出し、体中をほとばしる。
きっと今後、私は今日のことを寝る前なんかに何度も思い出し、その度枕に顔をうずめて足をバタバタしたい衝動に駆られるのだろう。
「は、恥ずかしい……! 先輩、私モーレツに恥ずかしいです!」
「でしょ? だから余計なことで悩んでんじゃないわよ」
私は無意識のうちに、少しうぬぼれていたのかもしれない。
七緒のことが大好きだけど、大好きだからこそ、彼の幸せを応援したい──だからこの気持ちは告げずに隠し通そう、だなんて。思い上がりも良いところだ。
私の気持ちを告げようが告げまいが、2人の愛には何の支障もないに違いないのだ。
あぁ、本当に恥ずかしい。
黒岩先輩は更に私のパフェを食べ進めていた(2つしかないから慎重に取っておいたメロンまで!)。
「東くんならあんたのことちゃんと振って、さっぱり思い出にさせてくれるわよ」
15年来の幼馴染みだ。七緒の性格はよく知っている。
七緒ならきっと私の気持ちをきちんと受け止めた上で、振ってくれるだろう。
「……」
だけど心のどこかでまだ踏み切れないのは、ひとえに私の勇気のなさが要因だ。
振られるのがわかっていて告白するなんて、どう考えたって悲しすぎる。
言葉に出して、七緒に伝わって、振られて──私の恋は今度こそ完全にそこで終わる。消滅する。
自らの足でそのステージに進むのは、まるで死刑台に向かう囚人のよう。
「でも、やっぱり……怖くて」
そう呟いた自分の声が、驚くほど惨めな響きになった。
情けないやら悲しいやら、沈んだ気持ちに耐えられず、私は深く俯く。膝の上で握り締めた両手が、歪んで見える。
「気持ちなんて言わないと一生伝わらないわよ。東くんは超能力者じゃないんだから」
「……」
ふん、と黒岩先輩が水玉の背もたれにふんぞり返った気配がした。見えなくても、先輩のイラついた顔が目に浮かぶ。
「あたし、昨日あんたと久しぶりに会って、正直変わったなって思った」
「え?」
思わず顔を上げる。
私を見る黒岩先輩の目つきは相変わらずキツいけど、なぜだかそれほど威圧感はなかった。
「初めて会った頃みたいにジャージでグダグダな姿じゃなかったし、髪も整えてるみたいだったし。あと顔……っていうか表情もちょっと、それまでに比べればガキくさい感じではなくなったかなって」
予想外の言葉に、私は混乱した。
「え? え! 今、私、黒岩先輩に褒められてるんですかっ?」
「うるさい静かに聞け」
「……はい」
黒岩先輩が少しイラつきだしたようだったから、私は背筋を正した。胸がドキドキする。先輩が私に対して肯定的な言葉をかけてくれているという、普通ならありえない状況なのだ。
「とにかく、あんた変わったよ。それは東くんに恋してたからでしょ?」
少し迷った末、私は頷いた。
私は七緒に恋をして、好きになってほしかったから、一緒にいて恥ずかしくないような女の子になりたかったから、頑張った。たまに失敗もあったけど、自分なりに頑張った。
だって相手はそんじょそこらの女子より可愛い美少女顔の持ち主で、ムカつくことに内面までキラキラしている野郎だったんだもの。
「だったらたとえ振られて終わったからって、無駄になんかなるわけないじゃない」
黒岩先輩が、静かに言う。
「東くんがあんたを変えた。それほど大きな気持ちだったんでしょ? それが、当の本人に伝わることのないままなんて、悲しすぎない?」
窓際の席からは、外の様子がよく見えた。
朝からやけに寒いと思ったら、いつの間にか外ではちらちらと雪が降り始めている。
──去年と同じ、ホワイトクリスマスイブだ……。
ちょうど一年前の今日のことを思い出す。
慣れないひらひらミニスカートを履いて、雪の中を走って、叫んだり怒ったりホッとしたりして、公園で大福を食べて笑った。とても楽しい記憶の隣にはやっぱり七緒がいる。
それだけじゃない。今までだってずっとそうだ。
裏庭で怖い先輩とタイマン張れたのも、幼馴染みのポジションにジレンマを感じたのも、遊園地で見た夕日が目にしみるほど綺麗だったのも、ただのチョコに溢れんばかりの思いを託したのも、自分の輝ける場所を探して悩んだのも、桜並木の下で泣きそうになったのも、人混みで繋いだ右手が熱かったのも、逃げずに目標を決める勇気を知ったのも、朝ご飯がおいしかったのも、自分の存在価値を少しだけ信じられたのも、冬の寒さが好きになったのも。嬉しい気持ちも、悲しい気持ちも、ドキドキも、切なさも。
全部全部、七緒がいたから。大好きな七緒が隣にいたから。
──七緒のおかげ? 七緒のせい? 多分、どっちもだ。
泣き笑いの気持ちで、小さく頷く。
私って超重い。最強に重い女だ。七緒もドン引きかな。でも、私がこんなにもあんたを好きだって、きっとそれこそ言葉に出さなきゃ一生知らないままなんでしょう?
──あぁ、本当に泣いちゃいそう。
「黒岩先輩、私……」
怖いけど嫌じゃない。逃げたくない。
私は胸に芽生えたひとつの決意を、今、しっかりと感じていた。
「七緒に……自分の気持ち、言いたい……」
小さな声で、けれどハッキリ呟くと同時に、涙がこぼれた。ボロボロと、後から後から止まらない。
ごめんね七緒、もう無理みたい。あの気持ちもこの気持ちも全部なかったことにだなんて──それは、やっぱり出来ないや。こういうのをエゴと呼ぶのだろうか。
「だから……言います。ちゃんと好きって、伝えます」
私をこんなに変えてくれて、色んな気持ちを教えてくれたのは、七緒なんだよ。
それをどうか、知ってほしいの。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになり始めた私を、黒岩先輩は冷静に見ていた。
「やっとわかった? だからさっきからそうしろって言ってんじゃない」
「は、はい……。ううっ、うっ……」
「泣かないでよ、マジうっとうしい」
「はい……」
机に備え付けの紙ナプキンで、早急に顔を拭く。
ティッシュに比べれば固めの感触のそれは、頬にパリパリと痛かった。でも、確実に涙を吸ってくれる。
なんだかすっきりした。色々なことが吹っ切れたような気分だ。
よし。綺麗さっぱり振られて、昨日山上が言ったように「青春の1ページ」にしてやろうじゃないの。
本格的に溶け始め、もはや一刻の猶予もないパフェのソフトクリームを口に運んだ。
先輩と一緒にもくもくと食べ進めると、パフェグラスはあっという間に空になっていく。
「黒岩先輩って……」
「何」
「こんなにすごい良い人だったんですね……」
「あんた……もっと泣かされたい?」
滅相もない! と私が両手を大きく振りかけた瞬間、鞄の中からファンファーレ。
携帯電話を開くと、山上からのメールだった。
「え?」
──『今、東と一緒に道場にいる。』
たったこれだけのシンプルなメッセージ。だけど私を混乱させるには十分すぎる内容だった。
道場というのはおそらく、小学生の頃に七緒と山上が(あと短期間だけ私も)通っていた町の柔道教室のことだろう。
そんな所に、こんな日に、なんで2人が? そもそも七緒は今頃子リスちゃんとクリスマスデートのはずでは?
私はハッとした。
数日前、山上に失恋を打ち明けたときのことだ。彼は「なんじゃそりゃあぁぁ!」と刑事の殉職シーンよろしく叫ぶと、「信じねぇからな!」とまで吠えた。全くもって納得していないようだったのだ。
もし、山上があのパワフルなテンションを維持したまま、七緒の元へ事実確認に向かったのだとしたら?
デートの予定だった七緒を、あの持ち前の強引さで密室に連れ込んで詰め寄っているのだとしたら──?
七緒が心配だ。
もちろん山上が殴る蹴るの暴行を加えるだとかは思っていないけど、少なくとも今こうして2人が会っている時点で、子リスちゃんとのデートがおジャンになりかけていることは確実なのだ。
山上のメールには、ただ現在の状況が最低限記されているだけだった。どんな意図でこれを送信してきたのかはわからない。彼はたまにこういうことをする。まるで私には見えないものが見えているみたいに。
『杉崎も来いよ』なんて全く書かれていないけれど──こんなメールをもらって、このままここでじっとしているなんて無理だ。
「私……七緒のところに行かなきゃいけないです! 今すぐ!」
コートとマフラーを慌てて身に付け、鞄を引っ掴む。
黒岩先輩はまた毛先いじりに戻ったようだった。「話したいことは終わったからもうイイ」ってな感じだ。
「ふぅん。ま、頑張ってよ」
「はい! あ、パフェおいしかったです!」
そう言って頼んだ分のお金を置いていこうとしたら断られた。
「イブにわざわざ失恋しに行く中坊に対しての、JKなりのハナムケよ」
よくわからなかったけど、私はまた泣きたくなった。今度は感動の涙だ。食べ物を奢ってもらうなんて、私にとってはもう無条件でその人のことが大好きになるに決まっている最上級の待遇だ。
「黒岩先輩、ありがとうございました!」
ファンシーな店を出る。
私は走った。
ちらちら降る雪が、まぶたの上に落ちて、すぐに溶けていく。