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19<夕暮れと、男の弱みに関するプチ考察>

 まぁあんまり落ち込まずにね、今は受験でそれどころじゃないかもだけど高校行ったらきっとすぐに新しい恋なんか見つかって、失恋の傷もペロッとなくなっちゃうよ──最後までそう言って励ましてくれた青山さんと喫茶店の前で別れ、私は歩き出した。

 駅前のメインストリートを抜け、少し裏道を歩くと、商店街へ出る。夏に毎日のように通った塾までの道のりだ。

 さっき言ったように、今日はこれから冬期講習の参加申し込み書を提出しに行くのだ。

 もう辺りはすっかり夕暮れ時という感じで、空の色も濃いオレンジに染まっている。

 喫茶店に入ったのはお昼過ぎだから、紅茶とクッキーでかれこれ4時間程粘ったことになる。恋バナになるとついつい時間を忘れて喋り続けてしまうのは、私みたいな平凡女子も青山さんみたいな大人びた女子も同じらしい。

 商店街の電柱に設置されているスピーカーからは、何やらピアノの軽快な音色がBGMとして流れている。

 ちょっとアレンジされているみたいだけど、聞き覚えがある曲だ。確か、小さい頃好きで繰り返し見ていたアニメビデオで使われていたような……。

 私は思わず立ち止まり、耳を澄ませた。

「あぁ、なんだっけこの曲……」

「『いつか王子様が』だろ」

 私の疑問に秒速で答えてくれた声の主を求めて振り向くと、そこにいたのは学ラン姿の山上だった。

「うわっビックリした! こわっ! 何してんの!」

「ずいぶんな挨拶だなぁ」

 山上がケラケラと笑う。

 彼は黒い学ラン姿だった。この寒いのに上着もマフラーも身につけず、学ランとワイシャツを第2ボタンまで開けていた。

「歩いてたら杉崎の後ろ姿が見えたんだよ。声かけようと思って追いついたら、急に止まって独りごと言い出すからさ、こっちがビックリしたぜ」

「そうなんだ。っていうかよく曲名知ってたね」

「脳筋だと思われがちだけど俺って意外と物知りなんだよな」

「はいはい」

「こんなところでなにしてんだ? 杉崎の家の方面じゃないだろ」

「塾に冬期講習の申し込みに行く途中なの」

 よくよく考えれば、塾の近辺は彼の通う西有坂中の学区域だ。どうやらどこかからの帰り道らしい山上と出会うのもまぁ不自然ではない。

 しかし、それよりももっと気になる点があった。

「山上、なんで土曜日に制服なの? しかも柔道着まで持って」

 学ラン姿の山上は、肩に柔道着を担いでいた。その姿はさながら昭和のガキ大将のようで、なんだかやけに似合っている。ついでに破れた学生帽と、口にくわえる用の草もオプションで付け足したい気分だわ。

「あぁ、西有坂高校に行った帰りなんだ」

「西高に? なんで?」

 西高といえば以前聞いた山上の志望校だ。そこにわざわざ休日に部活着を持ってまで訪れる理由がいまいちピンとこない。中学の部活は秋には引退しているはずだし、季節外れの高校見学というわけでもないだろうし。

 山上は珍しくちょっと照れたように鼻の頭をかくと、へへっと笑った。




「えーっ! もう高校の部活に参加してるのっ?」

 山上の説明に、私は思わず大声をあげてしまった。

「まぁまだ休みの日だけだし、手伝いみたいな作業も多いんだけどな」

 彼は今年の春にアメリカから帰国して以来、大会でもその実力をメキメキあらわし、この辺の地区の柔道界ではすでにちょっとした有名人だ。期待の新星として雑誌に紹介されていたのも記憶に新しい。

 そんな彼を、強豪校の柔道部が当然放っておくはずがない。

 中学の顧問と、山上の志望校である西高の顧問との間で何やらやり取りがあったらしい。特例として入学前から休日は部活に参加する誘いが来たそうだ。

「すっごー! じゃあもう合格も確実じゃん!」

「いや、それはわかんねぇよ。来月に推薦試験受けるけど、それの合否と今部活に参加してることとは全く関係ないってあらかじめ言われてるし」

 山上はそう言うけど、中学生を部活に参加させるだなんてそうとう即戦力として期待していなければないことだと思う。つまり推薦試験でよほどヒドいことでもしなければ合格はほぼ決まったようなものだ。

 私は素直な賞賛の気持ちで山上を見つめた。

 この時期にひとあし早く合格が決まりそうな同級生を見れば、焦りや羨ましさの気持ちも感じてしまいそうなところだけど、山上の場合はあまりにもレベルと土俵が違いすぎてそんな感情すら起きない。

 ただただ尊敬だ。私も頑張らなきゃなーという勇気すら与えてくれる。

 そういえば数ヶ月前に、創立記念日だというのに制服で出歩く山上と遭遇したこともあったっけ。

 その時は「まぁちょっと野暮用で」とはぐらかされたけど、今思えば西高へ行く途中だったのだろう。

 もしかしたら山上なりに気を使ったのかもしれない。

 なぜならあの時は隣に七緒がいた。同じ柔道仲間が既に強豪校への切符をほぼ手にして練習にまで参加しているというのは、七緒にとってはわずかでも焦燥感を感じさせることになるのかもしれない。

 山上がこう見えて結構察しが良いということは私も知っている。

 だからきっとあの場では何も言わなかったのだ。


 ──『進路だって悩んだし、勉強だってしんどい時あるし、山上が雑誌にデカデカ載ってた時だって、……すげーなって思う反面、あいつはあんなに立派なのに、俺は高校行ってちゃんと柔道部で通用するのかとか不安にもなったし』


 屋上で聞いた七緒の本音が、頭の中でよみがえる。

 察しの悪い私は、七緒が口に出すまでそんなことにちっとも気付いていなかった。

 彼はいつも強くて気持ちがまっすぐで、ぶれることなんて決してないと思っていた。

 だから七緒が、自分の心の奥のそのまた奥に隠している弱い部分を見せたとき、私は本当に驚いたのだ。


 ふと、疑問が浮かぶ。

 あの時はただただ驚きでそれどころじゃなかったけど──七緒はどうして私なんかに弱みを見せてくれたんだろう。


「なーんか難しい顔してるな」

「……山上、ちょっと聞いていい?」

「おう、いいぞ」

「男が弱みを見せたくなるのってどんな人間?」

「なんだよ、ずいぶん面白いこと聞くな」

 山上は腕組みをすると、ふふんと笑った。

「男には2種類あるんだ。好きな女にだけは弱みを見せられない奴と、好きな女にだけは弱みを見せられる奴」

「ほほう」

 だったら間違いなく七緒は前者だ。だって以前、私に散々ぶっちゃけた後、「結局かっこつけなんだよ俺」とか言っていたし。

 それなら色々と合点がいく。恋人である子リスちゃんにはきっと自分の弱い部分や不安な気持ちを見せたくないんだろう。ましてや年下彼女だし、変に真面目な七緒は自分がいっそう頼もしくあらねばとかいう余計な責任感も持っていそうだ(ちぇっ、面倒な奴)。

 そのぶん幼馴染みである私には本音も言えるのだろう。

「……大変勉強になりました」

 嬉しいかどうかといったらかなり微妙だけど──。

 きっとこれを素直に嬉しいと思えるようになった時、私は本当に恋を諦められたということになるのかもしれない。


「なんかあったか?」

「え?」

「なんか最後に会った時より顔がスッキリしてるっていうか、大人っぽくなってるな」

「そ、そーお?」

 私は頬に手を当て、小首をかしげた。

「まぁアレよ、女は1日あれば変わるっていうしね? 私も急に綺麗なレディになっちゃっても不思議じゃないっていうか?」

「……」

 ちょっと、つっこんでよ。恥ずかしいじゃん。

「わかった。東となんかあっただろ」

 ズバリ、といった感じで山上が私を指差す。

 彼は本当に察しが良い。

「なんだよ、ついにくっついたのかよ?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「目が泳ぎまくってるぞ」

 ニヤニヤと詰め寄る山上。気付いたら背中が電柱にあたるところまで追い詰められていた。

「白状しろよー。俺には聞く権利があるだろうが」

「いや、山上の言うこと、真逆っていうか、半分当たってるっていうか……」

「ん?」

「確かにくっついたんだけどそれは私と七緒じゃなくて……」

 キョトンとした顔になった山上に向かい、私は意を決して告げた。

 あぁ、日に2回も人に失恋話をすることになるなんて。

「……実は、七緒に彼女できちゃったんだよね」

 次の瞬間。

「ええぇぇぇ──っ!?」

 鼓膜をびりびり震わすような山上の大声が、辺りに響き渡った。






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