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17<揺れる思いと、恋は点滅>

「どうしたものか……」


 帰り道。通学路をひとり歩きながら、私は思わず呟く。

 気候はすっかり冬真っ最中といった感じで、日が暮れるのも早くなった。

 風が冷たい。マフラーをいっそうきつく首に巻き直す。

 頭の中をぐるぐる巡っているのは、近頃やたら謎めいている美里と、近頃やたら浮かれ気味な田辺のことだ。

 田辺が浮かれている原因は、当の本人も言っていたように明々白々。恋する男女の一大イベント、クリスマスが近いからだ。どうやら彼の頭の中では自分と美里は完全に「イイ感じ」で、イブの夜を一緒に過ごすことはほぼ「当然の流れ」らしい。

 しかし一方、最近の美里はどうも秘密の香りがする。行き先を告げずにフラリといなくなったり、私が尋ねると謎めいた笑みを浮かべたり。心なしか以前にもまして美少女っぷりに磨きがかかったような気もする。

 彼氏が出来たのでは? という私の予想は、あながち外れていないんじゃないだろうか。

 先程田辺を前にしたときは、「確証が得られるまでは何も言わないでおこう」と思った私だけど、こうして一人でゆっくり考えると、本当にそれで良いのかと迷ってしまう。


 例えば本当に美里に恋人ができたとして、それを田辺が不本意な形で知ってしまうより先に、私からやんわり準備をさせてあげたほうがいいのだろうか? でもって、一緒に泣いてあげたほうがいいのだろうか?

 そうでもしなければ、今の田辺の高揚っぷりからの落差があまりにもくっきりと予想できて恐ろしい。

 それにしてもラブチャンス同盟の2人が同時期に失恋してハートブレイク同盟になってしまうかもしれないなんて。

 すごいタイミングだな、世の中って面白いな。はは、と笑おうとして、頬がピリピリ引きつる。

「いやー、笑えない……」


 そのとき、私が歩く数メートル先に、見慣れた後ろ姿があることに気付いた。

 七緒だ。

 ちょっと面食らって、私は歩調をゆるめる。

 彼が教室を出たのは私よりかなり前だったはずだ。いくら通学路がほぼ一緒だとはいっても、もう追いついてしまうなんて予想外だ。

 なんだよあいつ、ちんたら歩いちゃって。こっちはちゃんと時間差を考えて教室を出たのに。

 私は歩くペースを落とし、ギリギリ彼に追いつかないように調節を試みた。それはもう「歩くの? 止まるの? どっちなの?」っていうレベルの超鈍足だ。

 しかし更に運の悪いことに、その先にある横断歩道の信号が、ちょうど青の点滅から赤に切り替わった。

 もちろん七緒は信号待ちで立ち止まる。このまま私が歩いていったら、追いつくことは確実だ。

 どうしよう。いっそ止まってしまおうか。もしその瞬間何かの拍子に七緒が振り向いたら、ストーカー認定は確実だけど──。

 ここまで考えて、はたと気付く。

 私は、どうしてこんなに悩んでいるんだろう?

 七緒への恋が終わったこと、諦めなければならないことは、もう自分の中で受け入れられたはず。今後は「ただの良い幼馴染み」に徹すると決めたのだ。

 それなのにこうして鉢合わせしないよう帰りの時間をわざとずらしたり、追いつかないよう気を使って足を止めたり。こんなことをしている時点でもう既に意識しまくり揺れまくりで、「ただの良い幼馴染み」ではないのではないか?

 恋を諦めようと努力すればするほど、矛盾していく気がする。


 ……そもそも、「諦める」って何?


 必死で「諦めなきゃ」と念じて頑張っていることが、いまだ「諦められていない」何よりの証拠な気もする。

 でも、そうでもしなきゃきっと私はいつまでも未練がましく七緒の姿を目で追ってしまう。笑顔に、言葉に、いちいち無駄にときめいてしまう(だって私ってバカだから!)。

 どのタイミングで私は、この恋を完全に「諦められた」といえるのだろう──。

 諦めるあきらめるアキラメル……あぁ、もう、ゲシュタルト崩壊だ。頭が激しく混乱してきた。


 そうこうしている間にも、七緒との距離は完全に詰まってしまった。

 信号が変わるのをボケッと待っている彼の背中は、もう目の前。

 私は少しの逡巡の後、おそるおそる右手を上げた。

 そして腹を決め、一気に振り下ろす。

「おいっす!」

 バシン! と七緒の背中が想像以上に良い音を立てる。

「いて! 何すんだよお前!」

 驚き半分、怒り半分といった顔の七緒が振り返る。

「いやー、なんかボーッとしてるみたいだったから。カツでも入れてあげようかと思って」

「ボーッとしてねぇし。大人しく信号待ってただけだろ。それだけでいちゃもんつけて背中叩くなんてお前どんだけ血の気の多い荒くれ者だよ」

「そう? めんご、めんご」

「うっわ、謝り方が古い! あと全く誠意がねぇ!」

「悪りーね、悪りーね、ワリーネ・デートリッヒ」

「……お前、何歳なんだよ?」

 七緒が疑り深く目を細めてこちらを凝視してくる。

 いや、あなたと同じくナウでヤングな15歳ですけど。こういう死語、酔っ払うとお母さんがたまに使うのだ。

「あと、アイムソーリーヒゲソーリーとかね」

「もういいって」

「あ、その突き放したような目、すんごい傷つくわー。謝ってほしいわー」

「……お前、なんか誘導してないか? 俺にもめんごとか言わせようとしてるだろ」

「へへ、バレた?」

 私は密かに安堵の思いでいっぱいだった。

 大丈夫だ。ちゃんと七緒と自然に話せている。こういうバカ話、非常に有難い。いかにも「ただの良い幼馴染み」っぽい。


 信号はいまだ赤だ。私も七緒も足を止めたまま、青に変わるのを待つ。

「そういえばさ七緒、こないだ返された模試の結果、私C判定だったよ」

「へぇ、前回より1つアップじゃん」

「そうなの! 『志望校変更の余地あり』から『努力が必要』になったの!」

 もちろん客観的な事実として、この時期にC判定というのは結構危ない。決して喜んでいいものでないことはわかっている。

 それでも、多少なりとも自分の勉強の成果が出て、たとえ低レベルでもステップアップできた喜びが大きい。

 七緒も馬鹿にすることなく、同じように笑顔で喜んでくれている。それがまた嬉しい。

「良かったな」

「うん! ありがとう」

「ほんっとーに良かった。また何度もD判定出してその度ぶっ倒れられて保健室まで運んでたんじゃ、俺の体の方がもたないからな」

 早くも前言撤回だ。今の発言に関しては、こいつ完全に私を馬鹿にしている。

「ちょっと! 何それ! もう絶対D判定出さないし倒れないよ!」

「へぇ」

「仮にそうなっても七緒になんて運んでもらわないし! ていうか私そんなに、お、お、おも、重く……ない……はず」

 自信がないためハッキリ言い切れないのが辛い。「もごもご喋ってんじゃねーよ」とでも言いたげな薄ら笑いを七緒が浮かべる。悔しい!


 そのとき、信号がようやく青に変わった。

 ここの信号っていつもこんなに赤が長かったっけ? 私は不思議に思いながら、七緒と並んで横断歩道を渡った。

 このまま真っ直ぐ歩いて住宅街を抜け、公園の前を通り、少し進めば私たちの家に到着だ。

 しかし私はその場で止まり、右方向を指し示しながら七緒に告げた。

「じゃ、私今日はこっちだからー」

「え? 帰らないのか」

「ちょ、ちょっと友達と待ち合わせしてて」

「学校じゃなくてわざわざ別々に帰って待ち合わせなんて、随分まどろっこしいことするんだな」

「あ! そっか、えぇと、アレだよ! 夏期講習のときにできた友達! 他校の友達!」

「ふぅん」

 七緒は特に疑う様子もなく、「じゃーな」と軽く手を振り、その場をあとにした。


 その背中を見送りながら、私は再び安堵の気持ちで溜息を吐いた。

 下手な嘘をついてしまったけど、これで良かったのだと思う。

 恋する乙女は小さなことにも敏感で、傷つきやすい。七緒が他の女と一緒に下校していたことを万が一何かの偶然で子リスちゃんが知ったら、間違っても良い気はしないだろう。ましてや付き合って一ヶ月ちょいなんて、一番微妙そうな時期だ。

 だから嘘をついた。変じゃないよね? これは「ただの良い幼馴染み」としての自然な気使いだよね?

 自問自答でうんうん頷こうとしたけれど、やっぱり自信がなくて、首を縦に振ることができない。

 本当に「ただの良い幼馴染み」だったら、そもそもそんなこと気にもせず普通に家まで一緒に帰るものだろうか。

 気を使ったふりをして下手に意識していること自体が、自分を幼馴染みじゃなくて女の子としてみてほしいという気持ちの裏返しになるのだろうか……。

「あ、あたまいたい……」

 難しい。私にはあまりにも難しすぎるテーマだった。

 考えれば考えるほど深みにはまり、わからなくなる。

 モヤモヤを払うように頭を振った。

 とりあえず今は遠回りをして、ゆっくりゆっくり家まで帰らなければならない。











 * * * *












「心都にプレゼントがあるんだ」

 そう言って七緒が差し出したのは、綺麗な紺色をした小さな箱だった。

 突然の出来事に驚いた私はきっと相当な間抜けヅラになっていたと思う。

「プレゼント? 私、誕生日じゃないけど」

「バカ。今日は12月24日……クリスマスプレゼントに決まってんだろ」

「えっ」

 いつのまにイブになっていたんだろう。時が経つのって本当に早い。

 周りをよく見渡せば、なんだかやたら綺麗な夜景の中、私たちはベンチに座っていた。

 彼女でもない私なんかがプレゼントをもらっちゃっていいのかな? っていうか、恋人たちのクリスマスイブだってのに子リスちゃんはどうしたの?

 聞きたいことはたくさんあった。でも七緒のにこやかな顔を見ていると、なんだか頭がクラクラしてきてしまって全てがどうでもよくなった。

 震える指で小箱を開けると、中には真っ白い大福が神々しく鎮座していた。

 私は泣き笑いで彼を見上げる。

「はは……去年の約束覚えてたんだ」

「あたりまえだのクラッカーだぜ」

「ありがとう、七緒」

 大口開けて大福をパクつく。ふっくらお上品な柔らかい皮、甘い甘い餡子が口いっぱいに広がる──。


 ──がりっ。


 口内で妙な食感と音がした。

「んん……?」

 思わず眉をしかめる。しかしそんな私を見つめる七緒は、笑顔のままだ。

 彼に背を向けて、その音の正体を手のひらの上にそっと吐き出してみる。

 華奢なシルバーの輪に、きらきら光る石がしがみついている、これは……。

「ゆ、指輪?」

「こーいうときはリングって言えよな」

「七緒……!」

 リングは信じられないくらいの輝きを放っていた(餡子やヨダレがでろんでろんに付着してはいたけども)。

 戸惑いと嬉しさが嵐のように入り乱れ、私は涙をこらえながら七緒の瞳を見つめた。

「嬉しい……!」

「喜んでもらえた?」

「うん……! だって……私、本当はずっと七緒のことが、」

 七緒は相変わらず天使のような微笑みで、私に更に何か差し出した。

 まだプレゼントがあるの? 何この待遇、私ってお姫様?

 恭しくそれを受け取る。赤や青や緑の宝石で装飾された手鏡だった。

「わぁ、綺麗……」

 そしてそれに何気なく自分の顔を写して、私は絶望した。

 左の前歯が、根元からポッキリ折れていた。




「うおぉぉ嘘だぁー!」

 絶叫しながら体を起こすと、自室のベッドの上だった。

 転がり落ちるように姿見鏡の前へ移動し「イー」の顔で覗き込む。

 前歯、ある。いつも通りの自分の顔だ。

 夢か……。

 思わず胸をなでおろす。

 そりゃそうだ。よくよく考えたらありえないことづくしだった。イブはまだ20日も先だし、子リスちゃんを差し置いてあんなプレゼントもありえないし、大福に指輪もありえないし、七緒の喋り方もなんかキモかった。

 部屋の時計を見ると、午前2時。草木も眠る丑三つ時だ。

 そういえば去年のこの時期にも、七緒から指輪をプレゼントされるという都合の良い夢を見たっけ。

 無意識のうちに、両手でこめかみをぐりぐり磨り潰そうとしていた。

 ベッドに深く腰掛ける。

 ──どうしよう、本当に。

 いまだにこんな夢を見ている時点で、この恋を諦められていないのが丸出しじゃないか──。


 視界の端がチカチカと光る。

 枕元に置いた携帯電話が数秒置きに点滅し、未読のメールがあることを知らせていた。





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