4<告白と、続くサバイバル>
案の定、先にキレたのは進藤だった。
盛大な舌打ちの後、今まで少年の胸元にあった右手を思いっきり振るう。
「……!」
止めようと駆け寄るその一瞬の間に、私は3つの事を考えた。
『立場逆だけど前にもあったなこんな場面』
『七緒のためなら歯の1本や2本!』
『…でも前歯は嫌』
そして。
結果的に、私の助けは必要なかった。
柔道で鍛えた反射神経で、七緒はすんでのところで進藤の手首を掴んだのだ。
――あぁ心臓に悪い。
私は中途半端な割り込み未遂の格好のまま、ホッと息をついた。
「……っ」
苛立たしげに腕を振り払おうとする進藤。
だけど七緒はその手を離さず。
「――お前」
私はてっきり、七緒が1発説教でもぶちかますのかと思った。
でも、違った。
「本当は判ってるんだろ」
何を。
七緒は怒っているようでもなく、波立ちのない口調でそれだけ言うと、あとは静かに進藤の目を見ていた。
いつも思う。
こういう真剣な時の七緒の目はとても強くて、絶対に逸らせないんだ。
14年間で一度も、私はこの目から逃げられた事がない。
そして、それはどうやら進藤にとっても同じらしく。
それ以上七緒の手を振り払おうとはせずに、ただその視線を受けとめる。
「……」
流れる空気は、重くならなかった。
しばらく睨み合っていたかと思うと、ふいに七緒が進藤から手を離した。
そして、さっきからずっと地面にへたり込んでいたあの気の毒な少年に声をかける。
「だいじょぶか…?」
「は、はい」
進藤はというと、さっきまでの威嚇的な眼光はどこへやら、何とも間の抜けた顔で自分の右手をぼうっと見つめている。
えっと、何だっけこういうの――骨抜き?…ちょっと違うか。
とにかく、私が感じる事はただ1つ。
何かすごいな、七ちゃん。
そして今回も役に立ってないなー心都ちゃん。
私は小さな感動と虚しさを覚えながら、少年にすごい勢いで頭を下げられ照れまくっている幼馴染みの姿を眺めた。
「――あのっ。ちょっといいスか」
「はい?」
気が付いたら、すっかりナイフの鋭さを失った進藤が私のすぐ傍にいた。
ていうか敬語だ。七緒は、さっきまでヤクザよろしく怒鳴り散らしていたこの1年生の言葉遣いまでをも変えてしまったのか。
進藤はその外見に似合わない空気だけの声――いわゆる乙女の内緒話系囁き声――を出した。
「あの人の名前、何て言うんスか」
少し離れた所で、まだ頭を下げられ続けている七緒。
何故か微妙に震えている進藤の人差し指は、しっかりとそれを示していた。
「2年2組の東七緒っスよー」
何で私まで敬語で喋ってんだろうなと自分に疑問を感じつつ答えると、彼はそっと呟いた。
「七緒先輩──…」
あれ今、薔薇咲いた?
一瞬すごく華やかな幻覚が見えたような。
――幻覚じゃなかった。
とても恐ろしい事だけど、薔薇は進藤の瞳の中に咲いていた。
おいおいおいおい。
突っ込む間もなく、進藤は回れ右して七緒の方を向く。
「七緒先輩!」
ちょうど帰ったあの少年の後ろ姿を見送っていた七緒は、
「え?」
いつもの顔で振り返る。
そう、いつものきょとんとした美少女顔で――――。
「…あ、もしかして」
私が信じ難い事実に気付く頃には、もう始まっていた。
何がって、爆裂不良少年進藤クンの、頬を紅潮させながらの大絶叫が。
「1年1組進藤禄朗っス!今、惚れましたっ!!オレとお付き合いしてくださぁぁ――――いっ!!」
新たな恋のライバルは、
性別の壁をぶっとばしてやってきたようだ。