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9<彼の噂と、セピア色>

 美里と別れ、ひとり家に向かい歩きながらも、私は悶々と考えていた。

 ──七緒に好きな人、もしくは恋人が──?

 そんなの、ほとんど心配したこともなかった。

 だって七緒は昔から今まで、ずっと柔道バカで、部活一筋で。

 彼に思いを寄せる大勢の女の子たちとは裏腹に、当の本人には色恋沙汰の気配が全くなかったから。

 私なんて常々、七緒に思いが伝わらないことやフラれる心配はしていたものの、彼に想い人ができてこの恋が終わる可能性なんかはあまり頭になかった。


 冷静になって考えてみれば、なんという矛盾だろう。

 七緒のことが大好きで、想いを伝えたくて、私のことだって好きになってほしくてたまらないのに。その反面、彼の鈍感さや恋愛に対する興味の無さに、どこか安心してしまっている自分もいた。

 七緒が他の女の子とくっついてしまう可能性なんて、当面はないものだと思い込んでいた。

 本当に情けない。


「……あ」

 そこまで考えたところで、ふと、気付く。

「……お弁当箱……」

 今日はいつもよりやけに身が軽いと思っていたら、昼休みに食べたお弁当箱を、教室に置きっぱなしで出てきてしまった。

 たまにやってしまうんだ、これ(そういえば前に七緒が届けてくれたこともあったっけ)。

 冬とはいえ、食べ終わった器を一晩放置するのは、間違っても気分の良いものではない。

 おセンチに色々考え込んでいるのを、まさか弁当箱によって現実に引き戻されるとは。

 なんというか……ダサいなぁ、我ながら。

「……」

 しょうがない。

 ため息ひとつついて、私は元来た道を引き返した。


 先程一度通った道をひとりで歩くと、少しだけ落ち着いた気持ちになれた。

 七緒に好きな人云々は、まだただの「噂話」の範囲だ。更に、彼のファンである一年女子たちのキャピキャピした様子を思い出すと、なんとなくあまり信憑性の高い噂にも思えないし。

 ──でも、もしも──。

 ほんの僅かな可能性が、絶大な存在感を持って、ちらりと頭を過ぎる。

 もしも本当だったら。

 本当に七緒に好きな人や恋人がいるとしたら──。

 私は、どうしよう?

 諦められるのかな?

 この恋心に蓋をして、笑顔でお祝いできるのかな?

 なんだか現実味がなさすぎて、想像すらできない。










 学校に着き、無事に教室で机の横に引っかけられたお弁当箱入りサブバッグは回収できたけど、なんとなく真っ直ぐ帰る気がしなかった。

 このまま家に戻っても、きっと七緒の噂に対するモヤモヤが心を占拠して、勉強机に向かいながらも集中できそうにない。無駄な時間を過ごしてしまう予感がプンプンする。

 私は図書室に寄っていくことにした。

 図書室とかカフェとか、人目があるところだと勉強が捗らないっていう人も多いけど、私はどちらかといえば逆のタイプ。多少の人目や雑音があった方が勉強が進むのだ。家だと「ちょっと休憩」とかいってベッドに寝転んでしまう可能性もあるわけだし、何かと誘惑も多いのだ。その点、外で勉強すれば、周りに人がいる分だけ気を引き締め続けることができる。


 3年2組の教室から図書室に向かうには、階段を上り、更に廊下の端まで歩かなくてはいけない。颯爽と歩くような気にもなれず、ダラダラした足取りで目的地を目指し進む。

 夕日差す放課後の廊下を歩いていると、ふと、今年の夏のことを思い出した。

 七緒ファンである小動物系の1年女子、通称子リスちゃん。こんな風に茜色に染まった放課後の廊下で、彼女が七緒を夏祭りに誘っているのを偶然目撃してしまったことがあった。

 あの時は壮大な勘違いをしていて、てっきり七緒がそのお誘いをOKしたものだとばかり思い込んで、結構ヘコんだんだっけ。

 思えばあれは、「七緒に恋人ができちゃうかも?」を心配した数少ない経験だったなぁ。

 1年女子の間で流行しているという今回の噂は、子リスちゃんの耳にも恐らく入っているのだろう。

 あの子はどうするのかな。こんな噂に揺さぶられて、七緒のこと諦めちゃったりするのかな。……きっとしないだろうな。七緒の部活の練習を見に言って名前を叫んだり、いきなりデートに誘ったり、結構イケイケな感じだったもの。

 直接話したこともない後輩女子のことをこのタイミングで急に思い出したのは、きっと私が今回の噂に情けなくも影響を受けて、戸惑っているからだと思う。

 私も子リスちゃんくらい可愛かったら──ふんわりくるくるショートヘアに、うるうる輝くつぶらな瞳を持っていたら──「これくらいじゃ諦めないわ!七緒に他に好きな女の子がいたとしても、絶対振り向かせてみせる!」って、きっと堂々と言えるだろう。








 図書室のドアを開けると、そこから一番近い席に、今もっとも見たくないような見たいような姿があった。

「……七緒……」

「心都」

 七緒はシャープペンを握ったまま顔を上げると、目を丸くした。

「めずらしいな、心都が図書室にいるなんて」

「七緒こそ……」

「今日はたまたま。ちょっと英語でつまづいたところがあって、放課後残って先生に聞いてたんだ。ついでだからそのまま図書室で勉強してこうかと思って」

「ふーん」

 小声で会話を交わしつつ、辺りを見渡す。

 貸出カウンターの中で本を読みながらうとうとしている図書委員が1人いる他に、部屋の奥に私たちと同じく勉強している人が1人、イヤホンを付けたまま机に伏せて眠っている人が1人、何やら分厚い本を読んでいる人が1人──そこまで広くない図書室に、ひと気はまばらだ。

 しかし、それぞれが、室内に4つある4人掛けのテーブル1つに1人ずつ座るという見事な散らばり方をしている。つまりどこに座っても誰かと相席になるのだ。

 普段の私なら、特に気にも留めず七緒と同じテーブルに着いたかもしれない。だけどホットな噂を聞いたばかりの今、妙な迷いが生まれてしまう。

 そしてその一瞬の逡巡を七緒に見破られたくなくて、考えがまとまらないまま口を開いた結果、

「あの、ここ……わたくしが座っても問題ないですかね」

 彼の向かいの席を指差し、ヒソヒソ声でなんとも不審な問いを投げかけてしまった。

 七緒は怪訝そうな顔で答えた。

「なんだその聞き方。好きなとこ座ればいいじゃん」

 えぇ、ごもっともです。

 私はそそくさと七緒のはす向かいに着席し、筆記用具と参考書を取り出した。


 この判断は結果的に失敗だった。

 数式に挑みながらも、斜め前に座る七緒が気になってしまい、チラチラと視線を向けてしまう。

 家より集中できそうだからと図書室に来たのに!こんなんじゃおとなしく帰宅した方が良かった。

 もちろん七緒は私のチラ見なんかには全く気付かず、真面目に英語の問題集に取り組んでいた。

 伏せられた瞳は長いまつ毛がとても目立って、うらやましくなる。

 ついさっきの目を真ん丸くした彼よりは、だいぶ大人っぽく見える表情だった。

 七緒の顔を(彼が気付かないのをいいことに、もはやチラチラでなくジロジロのレベルで)見ているうちに、先ほど美里から聞いた1年女子たちの盲目的な台詞が頭をよぎった。

『アンニュイ』か……七緒がねぇ。物静かに勉強に励んでいる姿を見ても、さすがに私はそこまでは思えない。やっぱり小さい頃からの七緒や、今でも馬鹿みたいな口喧嘩をする七緒や、子供っぽく笑う七緒を知っているからなのかな。

 だって、私の「あんぽんたん、おたんこなすー」なんて挑発にもいちいち乗っかっちゃう彼だ。とてもじゃないけど『アンニュイで大人びてかっこいい!』とは、なんか違うような気が。


 ふいに、七緒が顔を上げた。彼の端正な顔を絶賛凝視中だった私は、そのまま固まった。

 不信感maxで目を細めた七緒が、「なんだよ」と声を出さずに口の動きだけで言う。

 もはや何の言い訳もできない。

「……へ、うへへ」

 お茶目に笑って誤魔化す作戦は、ますます七緒を気味悪がらせただけのようだった。

 一瞬怯えたような表情を見せた七緒は、そのまま「不気味だから何も見なかったことにしよう」とばかりに再び目を伏せ、英文に向き直った。

 私も参考書に視線を落とす。正直、まだ問題はなかなか頭に入ってこないけど、もう顔を上げない。というか、上げられない。

 ……あぁ、せめて「えへへ」にしておけば良かった。










 2時間ほど経ったところで、下校時間を告げるチャイムが鳴った。

 いつのまにか私もそこそこ勉強に集中していたようで、そんなに時間が過ぎていたとは思いもしなかった。

 冬の期間は日が短いこともあり、夏に比べて最終の下校時間が1時間半ほど早くなる。

 図書室内にちらほらいた生徒たちもいつのまにか帰ったらしい。その場には私と七緒と、うたた寝から目覚めて早く帰りたそうな図書委員の男子生徒(私と七緒がさっさと退室すれば即施錠して帰れるんだろう)の3人だけ。

 私と七緒は荷物をまとめると、図書室を後にした。

「あー……疲れた」

 すっかり暗くなった廊下を歩きながら、七緒が伸びをする。

 私も心なしか固くなった自分の肩をほぐしながら、隣に並んだ。

「七緒、すっごい集中してたもんね」

「途中で誰かさんが不審者みたいな顔で人のことガン見して怪しく笑うから、そこだけ一瞬集中力切れたけどな」

「……それは本当に……申し訳なく思ってるよ。えっと……まつ毛が長いなと思ってつい見ちゃったんだよね」

「なんだそれ……。想像を超えるくだらない理由だったな。っていうか別に長くねぇし」

 呆れ顔の七緒は、それでも自分に対する『かわいこちゃん呼ばわり』への否定をしっかり忘れない。

「心都、最近勉強はどんな調子なんだ」

「うん、ぼちぼちかな」

「ぼちぼちか」

「割と良い意味寄りのね」

 七緒に保健室で活を入れられてから、すでに3週間。勉強への向き合い方も自分らしさを取り戻せてきて、少しずつではあるけれど上り調子の私だった。次の模試では、前回よりはだいぶ良い結果を取れるんじゃないかと思っている。

 七緒のおかげだよ! と言いたかったけど、それはこの間「忘れろ、なかったことにしろ」と一方的に封印されたし。また七緒が怒って喧嘩になるのも目に見えている。

 私は感謝の言葉をグッと飲み込んだ。

「七緒は? 調子どう?」

「んー……俺もぼちぼちかな。まぁやれるだけやってるよ」

「そっか」

 七緒の「ぼちぼち」は、なんだか私の数倍頼もしい。もともと超努力型の彼だ。きっと着実に志望校の合格率を上げているのだろう。

 春になったら、七緒は遠くの高校へ、夢を叶えに行くんだな──。

 しみじみと思う。

 こうして七緒と並んで学校を歩くのも、一緒に帰るのも、あと何回くらいできるのだろう。

 生まれてから今まで当たり前だった日常が、春からは当たり前じゃなくなる。

 彼が近くにいるこの日々の温度も、香りも、ときめきも、いつか忘れてしまう時が来るのだろうか。

 靄がかかったセピア色の思い出になってしまう時が来るのだろうか──。

 七緒に進路を告げられた頃から何度も考えてはいるけれど、それは私にとっていまだ非現実的で、不思議な感じだった。


 急に黙り込んだ私のことを不思議に思ったらしい七緒が、こちらを見た。

「……心都?」

「あ、ごめんごめん。ボーっとしてた」

「食いすぎか」

「ちょっと! 勝手に決めつけないでよ!」

「じゃ、逆か。心都がボーっとしてる時なんて大体は食いすぎか、腹減って食い物のこと考えてるかの二択だもんな」

「言ってくれるじゃん。そのまつ毛むしりとってやろうか! まつ毛ハゲにしてやろうか!」

「おう、やれるもんならやってみろ」

 不毛な言い合い(決してダジャレではない)を続けながら校門を出たところで、突如、数人の人影が私たちの前へと飛び出した。

「あの……東先輩!」

 現れたのは、3人の女子生徒。見たことのない顔なので、おそらく1年生だろう。

 七緒の名前を呼んだのは、黒髪を肩甲骨辺りまで伸ばしシャギーで軽めにすいたような、サラサラヘアの女の子だった。真ん中に位置するその子の背中を押すように、ポニーテールとツインテールの女子がそれぞれ左右についている。

 シャギーの彼女は恥ずかしそうに頬を紅潮させ、それでも意を決したように七緒を見つめていた。

「はじめまして! 急にごめんなさい! 東先輩にどうしても言いたいことがあって、ずっと待ってました!」

「え……ずっと? って、授業終わってから今まで?」

 七緒が面食らったように言う。当然の反応だ。授業終了からもう何時間も経過している。この寒空の下、七緒を待って校門に立ち続けるのは、きっと大変だっただろう。

 健気だ。つい3週間前の自分──朝の通学路で七緒をほんの十数分ほど待ち伏せし、「おい、めっちゃ健気だろ私!」と押しつけがましく迫った──を思い出し、恥ずかしくなる。

「はい!」

「そ、そうなんだ……。なんというか……申し訳ない」

 と、七緒。戸惑いやら申し訳なさやら驚きやら色々な感情が入り混じっているらしく、なんとも微妙な表情だ。

「いえ、良いんです! 私が勝手に待ってただけなので! あの……お話、聞いてくれますかっ?」

 シャギーの彼女がそう言うと同時に、傍らに構えるポニーとツインの双璧が、チラリと私を見遣った。

 そこまで察しが良くない私でも、さすがにわかる。これは恋するシャギー少女の一世一代の愛の告白で、そして、卑屈になるわけでも被害妄想でもなく、この状況では誰がどう考えたって私が邪魔者だ。

 私はなるべく明るく軽いトーンを心がけ、口を開いた。

「えーと……そんじゃ七緒、私、先に帰ってるね! お腹すいちゃったし!」

「え、心都──」

「じゃあね、また明日ー!」

 七緒が何か言いかけたけど、私はそれを遮って早足で歩き出した。


 学校前の大通りを抜け、脇道に入る。

 今日この道を通るのは既に4回目だ。朝の登校時と、美里と別れた帰り道と、その後忘れ物を思い出して引き返してきた時と、今。

 我ながら、何やっているんだろうという感じだ。結局図書室でも期待していたほど勉強は進まなかったし。家に帰ったらその分気合入れてやらなきゃ。私は片思い中の身である以前に、受験生なんだから。

「……」

 だけどやっぱり少し気になって、数秒、後ろを振り返ってみる。もちろんこの場所からは告白現場なんて全く見えないけれど。

 とりあえず上手く離れられて良かった。さすがにあの場に居座ったら悪者以外の何でもないだろう。

 こういう現場に遭遇するのはもう慣れっこだったし、特に動揺はなかった。

 クリスマス前のこの時期に告白が増えるのも、さっきの美里との会話でも出た通り周知の事実だし。

 あのシャギーの彼女の告白が成功するかどうかは、私にはわからない。もしもいつも通りのパターンだったら、可哀想だけど、きっとあの子はフラれてしまうだろう。そんな玉砕乙女たちを何人も見てきた。

 だけど万が一、七緒の噂の「想い人」が彼女だったなんてロマンチックな奇跡が起きたら──晴れてカップル成立だ。その可能性だってないとは言えない。

 じゃあ私、なんでこんなに冷静なんだろう──?



 少し歩いたところで、閑静な住宅街に入る。

 すっかり暗くなった辺りには、ピカピカと点滅するイルミネーションが目立つ。一戸建ての家々の庭先やベランダで光る、青や赤や白の豆電球で作られたサンタさん。トナカイ。雪の結晶。

 クリスマス前になると、やっぱりこういう家が多いなぁ。

 我が家にはないけれど、私は今の時期に急増するこの家庭用イルミネーションを眺めるのが好きだった。本格的な街並みのものに比べてだいぶチープではあっても、そこがまた愛らしいし、クリスマスをめいっぱい楽しもうと備える各々の家の心意気が見えて、楽しい。いよいよ冬が始まるぞ、とわくわくする。


 雪だるま型のイルミネーションを眺めながら、私は去年のクリスマスイブのことを思い出していた。

 禄朗と華ちゃんの本音のぶつかり合いを見届けて、喧嘩中だった七緒と仲直りして──。その後2人で、公園で大福を食べたのだ。私は食わず嫌いを克服して、七緒も楽しそうに笑っていた。

 そして、「来年は受験で大変だろうけど、クリスマスイブくらいは外に出て一緒に大福でも食べよう」と約束をした。

 あの約束、私はかなり本気にしたままなのだけど、七緒はどうなんだろう。その場のノリと雰囲気で交わした冗談にすぎないのかな。


 ──いや、たとえ七緒も本気で約束してくれていたとしても。

 もしも、「七緒に想い人がいる」っていう噂が真実で。

 もしも、クリスマス前に彼のその恋が実ったとしたら。

 きっと幼馴染みの私と一緒に大福なんて食べてくれないよね。

 なんてったって、恋人たちのクリスマスだもの。









「歩くの、はぇーよ」

 唐突に後ろから声をかけられ、驚いて振り返る。

 少し息を切らせた七緒がいた。

「わ、ビックリした……。七緒こそ追いつくの早いね」

「ちょっと走ったからな」

「……そんな、いいのに。わざわざ私のこと気にしなくても」

「別にそんなんじゃないけど。ただ、あとでお前に文句言われても困るからな。邪魔者扱いされて先に帰らされたー! とかってさ」

 飄々とした顔で、七緒が言う。

 ……あっそ。だったらそういうことで良いけど。

「で、どうなったのよ、シャギーちゃんの告白は」

「シャギーちゃん?」

「さっきの女の子のこと。健気だし可愛い子だったね」

 嫌味やからかいのつもりで言ったわけではない。全くの本心から出た言葉だったけど、七緒はちょっと眉をしかめると、ぼそりと答えた。

「…………せっかくだけど、お断りした」

「あ……やっぱり」

「やっぱりって、なんだよ」

「なんとなくそんな気がして。……でも、もったいないね」

 静かで暗い住宅街に、私たちの足音だけが響く。

 七緒は一瞬イルミネーションのトナカイを見遣り、呟いた。

「……もったいなくたって、好きでもない相手とは付き合えないだろ」

 ドキン、と心臓が跳ねる。

 七緒らしくない言葉だ。

 今は柔道が一番楽しい、恋とか愛とか全然わからんプー、って憎らしいほど無邪気な顔で言っていた幼馴染みだったのに。


 これじゃまるで、私の知らない彼みたいじゃない。

 あの「噂」が本当みたいじゃない。


 激しい鼓動と戸惑いが、胸をいっぱいにする。

 とっさに上手い言葉が出てこない。

 だから私は七緒の顔を見つめ────、

「で、出たー! イケメン発言!」

 指差し、思いっきり笑ってやった。

「お前、馬鹿にしてんだろ!?」

 七緒は怒ったけど、私はそれでも彼の肩をバシバシ叩き、大袈裟に笑い続けた。

 だってこうでもしないと、なんだか無性に寂しさにのまれて、涙が出そうだったから。




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