6<初冬と、対決>
11月ともなると、もう体感温度はすっかり冬で、通学には防寒具が必需品になる。
最近買ったばかりのお気に入りのマフラー(深緑のチェック柄。高校生になっても使えるようにちょっと大人っぽいものを選んだ)をぐるぐる首に巻き、私は自宅の前に立っていた。
朝の寒さが身に染みる。
こういう気温の低さは好きだけど、なんだか今日はいっそう寒い気がする。
いよいよ本格的に冬なんだなぁ。
季節の到来を噛みしめてついついセンチになりそう。俯きかけた顔を、ふと上げる。
制服の七緒が歩いてくるのが見える。まだ豆粒ほどの大きさにしか見えない距離だけど、視力1.5の私の目はばっちり彼の姿をとらえた。否、目の良し悪しなんて関係ない。恋する乙女にとって、好きな人の姿というのはどんな離れたところからでも目ざとく見つけられるものなのだ(えっへん)。
彼は私に気付くと、なんだか微妙な顔をした。
気まずそうというか、バツが悪そうというか。でも何か言いたげというか。
昨日は結局保健室で喧嘩別れみたいになってしまった私たちだから、この反応もまぁ当然だろう。私だって正直、若干の居心地の悪さはある。
だけどそれを引きずらないようにするため、私はここにいるのだ。冬の寒空の下わざわざ幼馴染みを待っていたのだ。
私は努めて明るく右手を挙げた。
「よっ」
「……おす」
私につられ、彼も右手を軽く挙げる。
「七緒のこと待ち伏せするの、久しぶりだよね」
「そうか? ちょっと前にもあったような気が……。お前にタックルされた日とか」
夏休み中の七緒の引退試合の日のことだ。そんなの『ちょっと前』とは言わない。あの時は暑くて、今は寒いんだもの。
それにあれはタックルじゃない。色んな愛を込めたハグのつもりだったのに。
──とまぁ反論は山ほどあったけど、今はまとめて飲み込むことにした。それよりも言わなくてはいけない言葉があるのは明白だったからだ。
七緒と並んで通学路を歩きながら、私は口を開いた。
「昨日はごめんね? 私が起きるまで残っててくれたんだよね、七緒」
「……別に。全然」
そっけない返事だ。見上げて表情を確かめると、彼は未だなんともいえない顔をしていた。
「……っていうか、俺もなんかキツい言い方して……悪かった」
彼らしくないボソボソとした口調。なんだか私の方までますます調子が狂ってきそうになる。
「そ、そんなことないよ! 昨日の七緒の言葉、胸に響いたよ! もうガツーンとね!」
「いや……そんな大層なこと言ってないし、そもそも俺もなんであんなこと言ったのか自分でもよくわからん」
と、七緒が苦悩の表情を浮かべる。
どうして彼が謝るのだろうか。今にも頭を抱え込みそうな幼馴染みを前に、私はいてもたってもいられない気持ちになる。
──感謝の気持ちを伝えたい。
──あなたの言葉はこんなにも私を勇気付けたよ、ということを知らせたい。
「そんなこと言わないでよ。……ねぇ、昨日の七緒の言葉、嬉しかったし、なんかちょっと自信もついたよ。私もダメダメではないのかな、少しでも七緒の役に立ってるのかなって……。昨日はやっとネガティブ脱して勉強もはかどったし」
えへ……とガラにもなくハニカミながら、私は七緒に語りかけた。
少女漫画ならポワンポワンの点描が漂うところだ。
「七緒、本当にありが──」
「ス、ストップ!」
私の謝礼を遮り、七緒が右手をつき出した。紛れもない拒否のポーズだ。
しかめっ面の彼は、この寒いのに冷や汗っぽいものまでかいている。
「そういうのやめてくれ」
「は?」
「昨日のことは綺麗さっぱり忘れろ!」
「……はぁ?」
「わ、す、れ、ろ!」
一方的にそう言い捨てると、七緒は早歩きでズンズン進んでいった。
取り残された私は、呆然とした一瞬の後、たちまち怒りの念がこみ上げてきた。
なんだそりゃ。昨日はあんなにハイテンションで(松岡●造ばりに)アツい言葉をくれたのに。
私の心にあんなに響かせておいて、こんな自信と勇気までつけさせて、それをあっさり破棄だなんて。
あまりにも一方的!
あまりにも身勝手!
「待て待て待てーい!」
私も負けじと足早に彼を追う。
「一度した発言をそんな横暴な態度で取り消せると思うなよ! 言葉は相手の耳に入った瞬間もう自分だけのもんじゃなく共用なんだよ!」
「うっせぇな! 昨日の話は終わりだって言っただろ!」
「この寒空の下、七緒にお礼言いたくて待ってたのに! めっちゃ健気だろオイ! それを踏みにじるのか!」
「けなげぇ? 誰がだよ」
「私だよ、わたしわたしわたしっ!」
「そういうの普通は自分で言わねぇんだよ! 頭おかしいぞお前!」
そう言いながら七緒は私を睨み、私もそれを受け止め最上級のガンを飛ばす。
変な奴! あんたのほうがよっぽどおかしいよ!
せかせかとした早歩きで抜きつ抜かれつの争いを繰り広げながら言葉の応酬を続ける我々は、きっと傍から見たら相当異様だったと思う。
その証拠に、私たちが足早に追い越したひとりの男子が、驚いたような声をあげた。
「おぉ。杉崎と東、朝から競歩対決かっ?」
聞き覚えのある、明るい声──。即座に反応しきれずに少し進んだ後、私たちは歩みを止めた。
振り返るまでもなく、山上だった……。