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3<女子マネもどきと、拳の予感>

昔から、そう。

七緒の頼みといえば、それはそれは大した事のないもの(例えば消しゴム貸してくれーとか)ばかりだった。

だから今回も、そんな感じの用件かなぁと思っていた。のだけれど。




「――りょーり?」

間の抜けた声で聞き返す私に、七緒はこっくり頷いた。

12月ともなると、日が落ちるのが早い。

薄暗くなり始めた通学路を七緒と2人で歩きながら、私は「これってちょっとだけ正夢?」とかぼんやり考えていた。

でもその夢見心地な思考も、七緒が本題を切り出すのと同時に終わった。

「心都、仮にも料理部じゃん?料理教えてほしいんだ」

「仮にもは余計なんだけど。ていうか何でまた急に。一人暮らしでも始めるわけ?」

「じゃなくて」

実はさ、と七緒は語り始めた。

早い話が、今日の部活中くじで運悪く当たりを引いた七緒は「めっちゃくちゃ重くて辛くて大変な差し入れ係」に任命されてしまったらしい。

「何そのめっちゃくちゃ重くて辛くて大変な差し入れ係って」

「夏休みとか冬休みだけの臨時の係なんだけど、練習の度に部員皆の差し入れ作ってかなきゃいけないんだよ。ほらうちの部活マネージャーとかいないから1、2年生の中の誰かがやる事になってて。もちろん練習は普通にするけど、休憩時間中はマネージャー代わりになるって感じのやたら忙しい係でさ」

つまり冬休み中の七緒は可愛らしい女子マネみたいに、レモンの砂糖漬けやらスタミナドリンクやらをいそいそ用意するって事か。

……何かそれって、ビジュアル的にハマりすぎ?

「でも料理って七緒さぁ…」

「だから心都に教えてもらいたいんだよ」

悲愴感漂う七緒の声。それには理由がある。

「ひっどいもんね、七緒の料理…」

小学校低学年の頃、母の日に私の家で一緒にカレーを作った。

エプロンを着てさぁやるぞと意気込んだのはいいけれど、じゃが芋を切る七緒の包丁さばきを見た私は、幼心にはっきりと思った。

絶対こいつに包丁を持たせちゃいけない、って。

というか包丁だけじゃない。

味付けも盛り付けも分量も、きっと生まれつき才能がないってこういうのを言うのかなぁと考えてしまうくらいに、七緒はひどい。

そうしてその日出来上がったカレーはある意味スペシャルだった。

「確かにあの腕前で差し入れとか作っちゃったら相当素敵な事になりそうだねー。でも私、いくら部活でやってるからって人に教えられるほど上手くないよ?」

「そんなに豪勢なもんは作んないし、基本的な事教えてくれるだけでいいから!――駄目?」

七緒は再び両手を合わせ、縋るような目で私を見た。

「………。」

そんな顔されて、断れるわけないでしょーが。

「わかった、いーよ。でも本当に大した事は出来ないからね、そこんとこよろしく」

七緒が屈託ない笑顔で拳を宙に突き上げる。

「サンキュ、やっぱ持つべきものは料理ができる幼馴染み!」

やっぱりポジションはそこだよね。心の中で小さく呟いて苦笑い。

「じゃあ帰りに家寄ってく?冬休みまであんまり日もないから特訓始めるんなら早い方がいいし、きっとうちのお母さんも七緒が来たら──」

喜ぶよ、と言いかけた私は思わずその言葉を飲み込んでしまった。

「…ねぇ、あれって」

10メートルほど先、人通りの少ない細い道を指差す。

そこには向かい合う2人の少年。着ている制服はうちの学校のものだ。

「何か…とても仲良く話してるようには見えないんだけど」

「…だよな」

背の高い方の少年が、小柄な少年の胸ぐらを掴んで怒鳴っている。

「ふっざけんなよテメェ!!ナメてんのかよ、え!?誠意見せろや、誠意をよ」

ヤクザかよ。

対する小柄な少年が怯えきった声を出す。

「す、すいません進藤さん…っ」

私は、美術の時間に聞いた田辺の話を思い出した。

やんちゃ(?)でキレると周りの物をボッコボコに蹴るという1年生と、まさかここで出会うとは。

「あれが進藤かー…」

隣の七緒が呟いた。

「何かヤバそうだしとりあえず止めなきゃ――か弱い私には危険だし、七緒ファイト一発!」

と、せっかく目一杯の笑顔でエールを送ってあげたというのにこの男は。

「か弱い私って誰だよ」

「わかんない?」

「うん」

……軽い冗談だっての。

だけどやっぱり、何だかんだ言いながら七緒は昔から変わらずそういう奴で。

「悪いけど全くわかんねぇ」

そう言いながら私に鞄を預け、気合い入れなのかこの寒空の下ジャージの腕を捲る。

「…へっくし!」

格好つかない今のくしゃみは、可哀想だから聞かなかった事にしてあげよう。

そして七緒は、怒鳴る進藤と震える少年――「謝るだけじゃ許されねぇっつってんだよ」「そ、そんな事言ったって」「テメェ口答えすんのか、ぶっ殺すぞ」「ヒィ」――に近付いていく。

私はその背中の少し後ろにつけ、いざという時にはすぐ飛び出せるように両足に力を込めた。

「あー…ちょっとそこの、進藤」

七緒が進藤の肩を掴んだ。

「あ゛ぁ!?」

濁った怒鳴り声と共に振り返った進藤を見て、私は思わず呟いた。

「………すんげぇ」

あぁいけない言葉遣いが。

とにかく初めて間近で見る進藤は、ポロッと男言葉が出るくらいすごかったって事。

もちろん外見の話。

つんつんに立った赤い髪は限界まで重力に逆らっていて、反対に制服のズボンは地面につくほど引きずり気味。両耳には2つずつのピアス。こっちを睨み付けるその目には、よく切れるナイフのような鋭さがある。

とてもじゃないけど去年までランドセル背負って小学校に通っていたとは思えない。

「何だよ」

「この状況で呼び止められたらわかんだろーが。放してやれよ」

小柄な少年が救いを求めるように七緒を見る。

進藤は相変わらずぎろりとした目付きのまま唇の端を歪めた。

「こいつがぶつかっといてちゃんとした態度を取んねぇから指導してやってんだよ」

「胸ぐら掴んで怒鳴り散らすのが指導かよ」

「うっせぇな放っとけよ」

何だか危ない雰囲気。

本当にヤバくなった時に備えて、私は2人分の鞄を地面に降ろした。

もしそうなったら私が止めなくちゃならない。

もちろん拳での殴り合いなんか経験した事もないもんだから心臓はバクバクで、それを紛らわすために心の中で叫んだ。

あぁもう、これだから男の喧嘩なんて!

…いやまぁ女でも手ェ出す人はいるけどね、うん。

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