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12<誤解と、真実>

「ふざけんなテメェ! 早く返せってんだよ!」

 禄朗の大声が、私を現実に引き戻す。

「へーぇ、やっぱりそんなに大事なモンなんだな」

「そうだ! テメェの汚ねぇ手で七緒先輩のアルバムを触るんじゃねぇッ!」

 根性の悪そうな笑みを浮かべるライオン丸に、完全激怒の禄朗。

 あー、できるならこのまま帰りたい。


 ヒュー、とライオン丸が口笛を吹く。

「おっかねぇなぁ。お前の彼女か? それとも一方的に惚れてる女かよ?」

「テメェに教える筋合いはねぇよ。とにかく素晴らしいお人だ! 俺の大切な写真だ! 返せ!」

 おいおい、ライオン丸。同じ空間にいる七緒が写真に写っている張本人だって気付いていないのか。

 まぁ確かに、ライオン丸が喧嘩の相手以外は全て「脇役A」としてアウトオブ眼中にしてしまう奴だってことは今日一日の言動でわかっていたけど。

 そして禄朗、お前の言い方ひとつでかなりこの事態をややこしくしている感じがするぞ。


 突っ込みどころは満載で、とにかく色々バカバカしくて、本当にもう帰ってやろうかと思った。

 だけど禄朗は今度こそライオン丸を殴りつけそうだし、華ちゃんは心配そうに瞳を潤ませているし、当のご本人である七緒は相変わらず私の隣で無表情のまま石化中(可哀想に。きっとあまりにも不本意な出来事に思考を放棄したんだろう)。

 このくだらなさすぎる事態をなんとかできる可能性が残っているのは、もう私だけだ。

「あのー、すみません」

 今にも殴り合いを始めそうな2人に向かい、私はおずおずと右手を挙げた。

「あぁ!?」

「何だよ!?」

 不良2人が一斉に私を睨む。すごい迫力だったけど不思議と怖くはなかった。だって今はもう、こいつら本当に馬鹿だよなーという思いが根底にあるから。

 私は例のアルバムを指差し言った。

「ひとつ誤解を解くと……それ男です」

 ──瞬間、ライオン丸の周りの空気が凍る。

「……は?」

「だから、男。っていうかホラ、そこで生命力を一切感じない顔してつっ立ってるじゃない」

 今度は七緒を指し示す。

 ライオン丸が写真と現物を交互に見比べる。

 ここで、ようやく七緒が石化状態から戻ってきた。自分をじろじろと眺めるライオン丸に、悲しみと怒りと切なさが混じったぎこちない笑顔(なにせ女の子だって勘違いされていたのだから、この表情も頷ける)を向け、言った。

「………え、えーと……話が読めないけど、とりあえず俺が写ってる写真が原因でなんか揉めてるんなら、悪いけど返してくんねぇかな」

「……」

 ライオン丸が震えだした。さすがに男子制服を着て喋って動いている姿を見て、七緒が美少女じゃないとわかったらしい。

 そして、風貌に似合わない怯えきった目で禄朗を見つめる。

「し、進藤……お前が、そんな、変態に成り下がってたなんて……」

「は? テメェ何言って……」

「寄るな変態!」

「変態って言うな!」

「……っこんな変態が作った変態アルバムなんかくれてやる!」

 ライオン丸がアルバムを地面に叩きつけた(その瞬間「あっテメェこの野郎!」と禄朗が叫んだ)。

「お前みたいな変態、チームに誘った俺が間違いだったぜ……!」

 そして今までの不敵さはどこへやら、一目散に逃げていった──。



「禄ちゃん……。丸山くん、何か誤解しちゃったんじゃないかな?」

 喧騒が去った河川敷で、心配そうに華ちゃんが呟いた。

 禄朗はアルバムについた砂を掃いながら、苦々しげな顔で言う。

「ふざけやがって。俺は一人の人間として七緒先輩をリスペクトして慕ってるだけなのによ」

「うん……そうだね」

 七緒はなんとも言えない顔をしている。

「禄朗。何も、こんなん持ち歩かなくてもさ……」

「何言ってんスか先輩! このアルバムは俺の宝ッス! 肌身離さず持たせていただいてるんス!」

「……」

「でも今回あいつにパクられたことは一生の不覚ッス! すんませんしたッ!」

「あぁ、そう……」

 相変わらず遠い目をしたまま、七緒が答える。

 とりあえずこの脅迫騒動、一旦落着だろうか(わけもわからず傷付けられた七緒の心以外は)。


「でも本当に、華ちゃんが無事で良かった……。最初は私たち、華ちゃんがさらわれたのかと思ってたんだよね」

 華ちゃんがきょとんと私を見る。

「そうなんですか?」

「うん。ライオン……丸山くんがもったいぶった言い方するからさ」

 ライオン丸は『お前の大切なものを預かった』『かわいらしい子だなぁ』としか言わなかった。確かに私と禄朗が先走った感はあるけど、それにしたってこんな回りくどい言い方しなくてもいいのに。

「そうだったんですか……。なんか、すみません、心配おかけして。ありがとうございます」

 華ちゃんがぺこりと頭を下げる。なんて良い子なんだろう。今回のこと、完全に華ちゃんに非はないはずなのに、心配をかけたからってこんなに素直に謝るなんて。

 私が感涙に咽びながら「やだ華ちゃん、頭を上げて!」と思わず彼女を抱きしめそうになったとき、禄朗が腕組みをして言った。

「本当だよ。余計な手間かけさせやがって。こんな時間に本屋なんか行かねぇでおとなしくしてろよ」

 ケッ、と吐き捨てるような口調。

 なんて素直じゃない奴なんだろう。さっきまであんなに華ちゃんの身を案じて、怒り狂っていたのに。人質が華ちゃんじゃなかったってわかって、きっと誰よりホッとしていた禄朗なのに。

 私はついつい笑いがこみ上げてきて、でもそんなことバレたら禄朗にブッ飛ばされるのはわかっていたから、頬の内側の肉を力いっぱい噛みしめていた(すごく変な顔になっていたことは間違いない)。

 そして華ちゃんもこんな禄朗の対応には慣れているようで、苦笑いを浮かべていた。

「でも禄ちゃん、電話してくれれば良かったのに……。そしたら私が全然巻き込まれてないってすぐわかったでしょう」

「……」

 ぐぐ、と禄朗が言葉に詰まる。

 華ちゃんの言うことは正論だ。だけどあのとき、禄朗にはそれができなかったことも私にはよくわかる。だって怒りにまかせて携帯電話をバッキバキに破壊しちゃったんだもの。

 まぁ、それだけ焦っていたってことだよね。

「心配してくれてありがとう禄ちゃん。……でも大丈夫。私、そう簡単に人質になったりしないよ」

 にっこり微笑みながら、華ちゃんが言う。

「もしそうなっても私、ちゃんと戦うから。喧嘩しちゃうから、大丈夫。そんなに弱弱だったら、きっと禄ちゃんの幼馴染みなんて務まらないもんね」

「……そうかよ」

 相変わらず「ケッ」てな感じで不愛想すぎる禄朗だったけど、なんとなくその表情が優しくなってきているのは──きっと気のせいじゃ、ないよね。








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