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2<悲しい現実と、逃避法>

何かを叩きつけるようなその音は2、3回続いた。

「やだー何?」

美里が大げさな手振りで耳を塞いだ。でも心なしかその口調はどこか楽しげ。

自習にする、と狼狽えた声で告げた若い美術教師は慌てて廊下へ飛び出していった。

教室が騒つく。

「うふ、これで堂々とお喋りできるわね」

「なるほど、そういう訳ね。でも、なんだろ今の音。1年生の教室の方から聞こえてきたけど」

「あぁ、進藤じゃねぇ?」

ようやく夢の世界から帰ってきた田辺が口を開いた。

「進藤ってだぁれ?」

美里に問い掛けられ舞い上がった田辺は、いつもより高い声で説明した。

「1年生だよ。入学した頃からやんちゃしてたみたいなんだけど、最近ますます荒れてて1日1回はキレるらしい。キレると壁とかごみ箱とかボコボコに蹴るんだってさ。しかも担任があの鬼の橋本だから、よく衝突するんだって」

「だから先生総出で抑えに行ってるわけか。大変だなー。それにしても田辺詳しすぎだろ」

半ば呆れたような七緒の言葉に、田辺は胸を張った。

「だって橋本、バスケ部の顧問だし。進藤のせいか知らないけど最近橋本も超イラついてて、練習厳しいんだよ」

「あ、そーいえば田辺君バスケ部なのね」

この1言に、再び田辺撃沈。美里さん、「そーいえば」はキツいっス。

その笑顔から察するに、彼女に悪気はない、多分。だから余計、始末が悪い。

ヘコんでしまった田辺に代わって七緒が口を開く。

「…で、何?心都」

「は?」

「さっきの。何か言いかけてたじゃん」

まさかここでその話に戻されるとは。案の定、私は動揺しまくってしまった。

「え!?あ、あれね」

何度も見慣れた七緒のきょとん顔が、私をじっと眺める。

バカ。そんな風にされたらこっちがますます言葉に詰まるって事くらい、いい加減わかってよ。

泣きたいようなキレたいような気持ちを何とか抑える。

「七緒、今年はお母さんたちのクリスマス会行かないんでしょ?」

応えはすぐに返ってきた。

「去年は引きずられて行ったけど、今年はもう勘弁。つかそれ以前にその日部活なんだよ」

「へぇー。……って部活!?クリスマスイヴなのに!?」

「うん、部活。日本武道にクリスマスなんか関係ねぇっていうのが主将の意見で。単に彼女いなくてやけくそになってるだけって噂もあるけど」

ゴーン。哀しい鐘の音色が聞こえた気がした。

「…そっかー。柔道部も大変だね」

「その日何かあんの?」

「や、別に。部活頑張れよー」

私がバシッと肩を叩くと、七緒は前につんのめった。

美里が私に、憐れむような視線を向ける。

…うぅ。我ながら虚しいなー、この展開。







悲しい時は生クリーム。

これ、14年間の人生の中で得た私の教訓。

もっとも、食べるわけじゃなく作る方なんだけど(だって太りたくないし)。

悲しみを手動泡立て器に込め、ひたすらボウルの中のクリームに集中する。

頑張れば頑張っただけふわふわになってくれるクリームを見ると「あぁやれば出来るじゃん」ってな感じでほんの少し気分が回復する。

…まぁ早い話が、ちょっとした現実逃避?

そして私は只今、その逃避の真っ最中で。

「……」

無言で泡立て器を握り締め、銀色に光るボウルの中をがしゃがしゃやっていた。

場所は放課後の調理室。

といっても、何も個人的な理由のために教室まで貸し切りにしているわけじゃない。

今の私、現実逃避の真っ最中であると共に、れっきとした部活動の真っ最中でもある。

『料理部に入れば少しは女の子らしくなれちゃったりするかなーへへ』

そんなにやけ笑いを伴う動機で入部したのが中1の春。

それ以来私は料理部員だ。

おかげで料理はそれなりに好きになったけど、入部から1年以上たった今も女の子らしさに大した変化はない。

…それはさておき。無言で手だけをやけに機敏に動かし続ける私の姿は、かなり異様らしかった。

「わぁ今日は気合い入ってるねー」

と、部活仲間に驚かれつつ、クリームを泡立てまくる。

腕折れんぞこんちくしょうってくらいに。

「…」

――そりゃあそんなに上手くいくとは思っていなかったけど。

でも、今年のクリスマスはちょっといー感じで過ごせるかなぁなんて、ワンパターンな妄想がちらっと頭をかすめたりもした。

それが――あんなにあっさりばっさり玉砕かい。

つまり私が言いたいのは。

「柔道部主将のばかー」

溜め息混じりの呟きは、ドアをノックする音にかき消された。

「失礼しまーす…」

遠慮がちにひょこっと現れたのは紛れもなく私の溜め息のタネ、七緒。

部員のみんなは「東君だ可愛いー」と囁いたけど、さすがにジャージの天使とか言い出す人はいなかった。

それもそのはず、料理部はもう3年生が引退しているので、七緒より年上はこの教室内にいないのだ。

上級生には熱狂的ファンを持つ七緒だけど、同い年や年下には少し可愛すぎるらしい。そこまで「七緒ラブ!!」な人(それこそ黒岩先輩みたいなの)は1、2年生にはあまりいない。

私にとっては少しでも競争率が減って嬉しい限りだけど。

ドア付近に立った七緒は私と目が合うとこっくり頷いた。

つまり、ちょっと来いって事か?

怪訝に思いながらも近づくと、七緒は珍しく気遣わしげな口調で言った。

「そろそろ部活終わる?」

「うん、5時半だからもうすぐ終わると思うけど。柔道は?」

「さっき終わったんだけど」

七緒はここで一旦言葉を切り、目の前でパンっと両手を合わせた。

「心都に、折り入って頼みがある!」

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