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6<あの子の過去と、お友達>

「それで、授業すっぽかして帰っちゃった華ちゃんを、今から私も一緒に訪ねてくれって?」

「……俺ひとりで行ったって何をどう言えばいいのかわかんねぇからよ」

「そっか。あんた友達いないもんね」

「テメェぶん殴るぞ」

 禄朗がグッと拳を固めた。目が完全に本気だ。この重すぎる空気を和らげようとした私の、ちょっとした軽口だったんだけど。

 ボコられてしまう前に、私は慌てて頷いた。

「もちろん行く行く。私も心配だもん」

「……テメェにだけは借りを作りたくなかったけどな。ま、とりあえず今日は恩に着るぜ」

 禄朗が苦々しい顔で言う。私に感謝の意を示すのが本っ当に嫌そうだ。

 だけど、まぁどんな言い方でも禄朗に誘ってもらって良かったと思う。私だって華ちゃんのことが心配だ。たとえおせっかいおばさんといわれても、力になれることがほとんど見つからなくても──華ちゃんにとって悲しいことや大変なことがあったときは、やっぱり傍にいてあげたいと思う。


 華ちゃんの家は、ここから15分ほど歩いた先にあるマンションらしい。

 時刻は既に6時過ぎ。

 9月に入ってだんだんと日の入りが早くなってきた。薄暗くなり始めた道のりを歩きながら、私は禄朗の顔をまじまじと見る。

「でもさー、私に頼み事するなんて、あんた今回は相当まいってるよね」

「……うるせぇな」

 別にからかったつもりは毛頭なかったのだけど、彼は心底不機嫌そうな顔で私を睨みつけた。

「ちょっと怒んないでよ。……華ちゃん、心配だよね。私も最近そのことばっかり考えてたの」

「……」

 禄朗は何も答えずに、相変わらずムッとした顔のままだった。

 だけど返事を聞かなくたって、禄朗が華ちゃんをとても心配しているってことは痛いくらいわかる。

 今日も全体的にはいつも通りに威嚇オーラ全開の彼だけど、唯一、「お前に頼みがある」と告げてきたあの瞬間だけは、なんだか縋るような、本当に困っているような表情を見せたのだ。

 そして、先ほど彼が言った言葉。「何をどう言えばいいかわからない」だなんて──普段はとてもじゃないけど理性的とはいえない、たとえ相手にとって明らかに失礼である言葉でも気にせず吐き捨ててしまう、まるで口と脳みそが繋がっているような禄朗(歩く暴言生産マシーン、と過去に私は名付けたことがある)の台詞とは全くもって思えない。

 禄朗がそんな気遣いを見せるなんて、今回のことには相当戸惑って心配している証拠だ。『背に腹は代えられぬ』精神でヘルプを求めてきたのも納得できる。


「あいつ普段はおとなしいくせによ、たまにびっくりさせるような行動に出るんだ」

 唐突に、禄朗が言った。

「そうなの?」

「あぁ。昔からそうなんだよ。小4くらいのとき、俺が学校で上級生と喧嘩してお互いヤベェくらいボコボコになってるところに、華が……何持ってきたかわかるか?」

「ううん」

「消火器持って乗り込んできたんだよ。『喧嘩は止めてって言ってるでしょう!』とか泣き叫びながら。それ見て俺も相手もビビッて殴り合いストップしちまったから、結局消火器で大惨事にはならなかったけどよ」

 悪いけど、ちょっと笑ってしまった。

 喧嘩を食い止めようと必死な華ちゃんと、呆気にとられる禄朗。幼い2人が容易に想像できる。

 禄朗は笑ってはいなかったけど、少し目を細めながら、どこか遠くの何かを見つめるような表情で語っていた。

 七緒もたまに見せるこの顔──昔話をするときの、男の子の顔だ。

「だからあいつ、いざとなったらマジで何やらかすかわかんねぇっつーか、それがわかってるから余計気になるっつーか……」

「そっか」

 私は頷いた。

 そんな華ちゃんの「らしくない」ともいえる行動は、全部禄朗への思いが原動力となっているって知ったら、一体こいつはどう思うんだろう?





 あと少しで華ちゃんの住むマンションに辿り着く、というところで、突如、禄朗の足が止まった。

 不思議に思った私が彼に尋ねようとしたそのとき──少し先にある電柱の陰から、ぬぬぬ、と人影が現れた。

「よう、進藤」

 そこにいたのは学ランを着た1人の少年。その姿を認めた瞬間、私は初めて禄朗に会ったときと同じように、ポカンと口を開けて思わず呟いてしまった。

「すんげぇ……」

 もちろん「すんげぇ」のは外見の話。

 彼は、割と長めの髪を目も眩むような鮮やかな金色にしていて、更にそれをおそらくかなり強力な整髪剤か何かでグワッと逆立てて散らしていた。まるでライオンのたてがみのようだ。

 両耳には数えるのもうんざりするくらいたくさんのピアス。当然、制服はだらしなーく着崩している。

 切れ長の目がギラリと鋭く禄朗をとらえていて、これもまるで野生動物のような妙な迫力を発していた。

 よし、彼のことはライオン丸くんと名付けよう。

「テメェ、こんなとこまで何しに来たんだよ」

 禄朗が吐き捨てるように言う。その敵意むき出しの口調から察するに、あまり仲の良い相手ではないみたいだ。


 ……ううーむ。なんか、またしても不穏な展開の予感?


 ライオン丸くんは禄朗の元までいやにダラダラとした足取りで近づくと、不敵な笑みを浮かべた。

「相変わらずひでぇ言い方だな。俺ら、オトモダチじゃねぇのかよ?」

「うるせぇな。くだらねぇことしか言わねぇんならもう行くぞ。テメェに付き合ってる暇はねぇんだよ」

「おいおい、もう行っちまうのかよ。昔のお前ならこんなナメた態度とる奴には殴りかかってただろ。やっぱり中学いって腑抜けちまったのか」

 ライオン丸くんの挑発に、禄朗が一瞬イラッと眉を寄せた。しかしなんとか堪えたらしく、彼をきつく睨みつけるにとどまった。

「言ってろ。テメェさっさとどっか行けよ。暇なのはわかるけど俺まで巻き込むんじゃねぇよ」

「暇だからお前に会いにきてやったんじゃねぇよ。わかってんだろ。俺がお前に言いてぇこと」

「だったら俺の返事もわかるよな。しつけぇんだよクソが」

 2人が睨み合う。

 えー、何これ?

 全く話が読めないけど、とにかく怖くてもう嫌だ。

 まるでヤンキー漫画のような展開。

 そしてこのやり取りの間、当然ながら私は空気! 圧倒的空気ッ!

 だってこんなわけわかんないくらいピリピリした独特のムードの中、とてもじゃないけど割って入って止めたり、おどけて2人を笑わせようとしたりなんてできない。

 とにかく私には馴染みのない場の雰囲気だ。

 もしこれが本当にヤンキー漫画だったら、私ってば完全な脇役なんだろうな。顔もテキトーな線で描かれただけの名前もないクラスメイトで、喧嘩が起きると「キャーッ誰か先生を呼んで!」とか言っちゃうことだけが役割の。


 チッ、とライオン丸くんが舌打ちをした。

 そして最後に強烈なひと睨みを禄朗にかましたかと思うと、ズボンのポケットに手を突っ込み、乱暴な足取りでどこかへ行ってしまった。

 緊迫した場面からようやく逃れられ、私はホッと小さく息を吐いた。

 あー、怖かった。

「……今の、お友達? 西有坂中学校の制服だよね」

 尋ねてはみたものの、てっきり禄朗はまた「うるせぇな」とか言って説明してくれないかと思った。

 しかし予想に反して彼は(かなり面倒くさそうではあったものの)、頷いた。

「同じ小学校だった奴だよ」

「さっき話聞いてると、昔は仲良かった風だったけど……」

「昔はな」

「喧嘩しちゃったの? なんか、言いたいこととか返事とか色々気になるワードが飛び交ってたけど……」

 私がここまで言うと、禄朗はとうとう限界を超えたようで、心底うざったそうな顔で舌打ちをした。

「うるっっせぇな、おせっかいボサボサくそババア」

「デスヨネー」

 大丈夫、大丈夫。この暴言は予想の範囲内。そんな簡単に心を開いて全てを打ち明けてくれるなんて思っていなかったよ。

 でも「おせっかい」と「ボサボサ」は言われるとわかっていたとして、「くそババア」はちょっと予想外だったかな。心が痛い。割とダメージ負ったかもな。えへへ。


 っていうかライオン丸くん、中2だったのか。

 それにしてはすごい威圧感と目力とたてがみ感だ。驚きを隠せない。

 あぁ、怖かったなー。できればもう二度と会いたくないなー、と私は心から思った。






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