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4<「絶対許さん!」と、「気付いちまったぜ!」>

 私は机に頬杖をつき、ため息を吐きだした。

 胸の空気と共に暗い気持ちも排出できれば、と思ったけど、心が軽くなるどころかますます沈んでしまう。

 授業の合間の10分休憩は貴重な時間だ。友人との雑談に花を咲かせたり、勉強したり、好きな本を読んだりと、教室のクラスメイトたちも思い思いの自由時間を過ごしている。

 しかし私は何をするでもなく、自分の席にぐったり座り虚空を見つめていた。

 午前中の授業はまだあと2コマも残っているというのに、すでに心の充電は0。


「やたら暗いな、心都」

 斜め前の席に座る七緒がこちらを見遣り言う。

 心配しているというよりは、あまりの私のどんより加減に「うわぁ……」と若干引き気味な表情で。

 私は無理に目を細め、答える。

「おのれの無力さを痛感してね……。しょせん私はちっぽけな存在なのよ……」

「なんだそりゃ」

 昨日からずっと、華ちゃんに聞いたヘビーな話が、私の思考をどっしり占領していた。

 おせっかいおばさん全開で話を聞いたは良いものの、一体自分に何ができるのか。どうすれば2人を助けられるのか。

 自分の中のわずかな知恵を総動員して考えに考えたけど、いまだに答えはでない。

 禄朗のムスッと不機嫌な顔と、華ちゃんの悲しそうな顔が頭をよぎる。

 私の気持ちはまた数段階沈み込む。

「……」

 両手で拳を作り、自分のこめかみを揉んでみた。

 一休さんがとんちをひねるときのあの動作をイメージしたのだけど、始めてすぐに何か違うなと気付いた。

 あれ? グーじゃなくていいんだっけ? パーだっけ?

 それとも人差し指で頭をくるくるするんだっけ?

 いや、おでこだっけ?

「何してんだ? 大丈夫か……?」

 今度は少し心配げに七緒が言う。

 当然だ。目の前の人間が、いきなり拳で自らの頭をぐりぐり押して、すぐに止めて自分の手のひらをじっと見つめて、最後はうんうん唸り出したら私だって心配になる。

「だいじょうぶ」

 私はそう答えながら、またこめかみを揉んだ。

 七緒はますます怪訝そうにそれを見ていた。

 ──七緒に相談してみようか。

 でも禄朗、職員室前で会ったとき、なんとなく私たちに話すのが嫌そうだった。事情が事情だし、きっと七緒に心配をかけたくないんだろう。

 だけど七緒も、そんなふうに自分を慕ってくれる禄朗だからこそ、こんな悲しすぎる事態が起きていると知れば絶対に力になりたいって思うんじゃないかな。


 方向性を決めかねたまま、私は中途半端に口を開いた。

「……あのさ、七緒──、」

「杉崎さーん」

 誰かが背後から私の肩を叩いた。

 振り向くと、隣のクラスの青山さんという女の子が立っていた。彼女とは一度も同じクラスになったことがなく、今までほとんど接点なく過ごしてきた。しかしこの夏休み中の学習塾の夏期講習でクラスが一緒だったのでだんだんと話すようになり、仲良くなったのだ。

「おはよー、青山さん。どうしたの?」

「おはよ。この間の写真ができたから杉崎さんにあげようとおもって、持ってきたの」

 そう言って青山さんが、ミントグリーン色の封筒を私に差し出した。

「わぁ、わざわざありがとう」

 見上げてお礼を言う。

 青山さんは背が高い。肩の上で切りそろえられたボブカットもおしゃれで似合っていて、大人っぽくて良いなぁ、と私は毎度思うのだった。

 封筒の中を取り出して見てみると、写真が2枚入っていた。

 8月下旬、夏期講習最終日の授業終了後、クラスで「プチ打ち上げ」と称して2時間だけカラオケに行った時の写真だ。

 約1ヶ月、週4日の講習期間を同じ30人で過ごすので、いくら色々な中学から他人同士が集まってきているとはいえ、自然と普通の学校のクラスのように仲良くもなっていくのだ。

 だから最後の日にちょっとだけ羽を伸ばして、「1ヶ月間お疲れ様!&あと半年受験頑張ろう!」の会をやろう、となるのもごく自然な流れだ。

「むさっくるしい構図だよね」

 30人弱が写る、狭いカラオケ部屋での集合写真もどきを指差して、青山さんが苦笑した。

「本当にね」

 それには私も同意せざるを得ない。

 私たちが夏期講習で所属していたクラスは7割が男子生徒だった。入塾時のテストの結果を元に得意分野や苦手分野などを考慮してクラスが割り振られるので、男女が均等にならなくても当然と言えば当然なのだけど。真夏日なんかに男だらけの教室で授業を受けて、たまにちょっとげんなりしてしまったことがあったのも正直なところだ(室内にクーラーがあったのがまだ救いだ)。

「でも受験終わったらまた集まりたいね。無事にみんな合格してさ」

「そうだね。ねぇ、実は加藤君とか鈴木君とかがさ、杉崎さん面白いからすごく気に入っててまた会いたいって。モテ期なんじゃない?」

 青山さんが口にしたのは、同じく夏期講習でクラスメイトだった他校の男子の名前だった。

 言われ慣れない類の言葉に、ちょっと動揺しそうになったけどグッと堪えた。大人っぽい青山さんの手前、こんなことでオタオタしていかにも恋愛慣れしていないガキくさい奴だと思われたくない。

 私は片手を頬に当て、笑顔で平静を装った。

「えー? またまたぁ。お世辞だよー」

「本当だって。ほらあの辺の奴らプロレス好きじゃん? 杉崎さんの猪木の物真似のクォリティがかなりヒットだったみたいだよ」

 そう言ってほほ笑みながら青山さんが2枚目の写真を指差す。写っていたのは、マイク片手に顎を強調して全力物真似中の私と、それを指差して大爆笑中の加藤君と鈴木君だった。まさかこの瞬間を撮られていたなんて思いもしなかった。私、完全に女の顔ではない。

「あー…………そういう、ことね」

 ちょっと良い気分になって損した。



 次の授業が音楽室だから、と小走りで出て行く青山さんにもう一度お礼を言って、私はあらためて机の上の写真を眺めた。

 そしてあらためてガックリ落ち込んだ。

 私、終わってんなー。何だこの顔。モテ期が聞いて呆れるよ。

 あのときは夏期講習が終わった解放感でちょっとハイになっちゃっていた……っていうのが言い訳だ。それに加藤君も鈴木君もすっごく良い反応で大爆笑してくれるから、ついつい手応え感じちゃって。

 でも戻れるものならこの時に戻って自分をひっぱたきたい。やっぱりもう猪木物真似は封印だ。


 この写真、七緒にだけは死んでも見られたくないな──と考えたところで、ようやく、七緒との会話を中途半端に放置していたことに気付いた。

 いや、だって七緒、ずっと黙っていて何も言わないんだもん。


 慌てて顔を上げる。

「七緒?」

「何?」

 七緒はこちらを見もせずに、自分の机で頬杖をついて参考書をめくっていた。

 あれ。なんだろう? この感じ。

 彼の背中から発せられる、この何とも言えない不穏なオーラ。

「……え、なんかごめんね? 変なとこで会話途切れちゃってて」

「別に。何か話あるなら早くしてくれ。俺すっげぇ忙しんだけど」

 とげとげとした響きを隠そうともしないその口調に、私は大いに戸惑った。

「は、はぁ? さっきまで普通に話してたじゃん」

「自分そんな暇あったらひとつでも多く英単語覚えたいんで」

「何なの、その唐突なガリ勉キャラ……」

「お前みたいにカラオケ行ってちゃらちゃらしてるほど余裕ないからな」

「カッチーン! 何その言い方!」

「うわ、うざっ。自分で効果音つけんなよ」

 七緒は明らかに不機嫌だった。それも、何の前触れもなく。

 全くもって意味が分からない。意味が分からないけれど、もちろん良い気持ちはしない。

 更に七緒は依然として机に頬杖状態のままで、ちらりともこちらを見ようとしない。それがまた腹立つ。

 イライラが募った私は、自分の椅子から立ち上がり、七緒の前に回り込んだ。

「おうおう、急にクール気取りか! 難しいお年頃か!」

「気取ってねーよ。お前がギャーギャーうるさいだけだろ」

 座ったままの七緒が私を見上げる。

 そしてしばらく黙って睨み合ったかと思うと、彼は唐突に意地悪い笑みを浮かべた。

「この中にいるとお前、子供みたいだな」

 七緒は、私が手に持ったままの集合写真を指差していた。

 確かにクラスの数少ない女子生徒だった青山さんも赤井さんも緑川さんも白木さんも水野さんも紺野さんも桜井さんも金子さんも大人っぽくて綺麗な感じだったけど!(青山さんはともかく、他校の子ってなんでみんな大人びて見えるんだろう?)

 だからってどうして、そんなことを言われなきゃならないのか!

 私は怒りに悶え、頭をかきむしった。

「がー! むかつく! あんたマジむかつく!」

 このまま言われっぱなしではあまりにも悔しい。私は七緒が一番言われたくないであろう言葉を必死で考える。

 そして、ひらめいた。

「この中にいたらきっと七緒は女の子に見えるよね! 可愛い可愛い女の子に!」

 私は、彼と同じように集合写真を指差し言ってやった。

 幼い頃からその美少女顔がたいそうコンプレックスである彼には、この手が一番効く。今までだって何度もこれで挑発に成功してきた。

 ──しかし今回は少し違った。

 七緒は一瞬メラメラッと瞳の中の炎を燃え上がらせたものの、逆上したりせず、また底意地悪く唇の端を釣り上げた。そしてやたらと落ちついたトーンで言う。

「そりゃお前の隣にいれば誰だって少しは女らしく見えるかもな」

 彼が指差すのは、2枚目の写真──つまり猪木の私だ。


 ぐわわわーん。と頭をハンマーで殴られたような感覚。これは地雷だ。

「今のは絶対許さん!」

 私は右手を高く振り上げると、かわら割りの要領で、七緒めがけて垂直に振り下ろした。

 その頭叩き割ってやる!

「ふんっ」

 光の速さで狙いを定めたつもりなのに、こしゃくな七緒は両手で私の右手をパシッと挟み、受け止めた。

 真剣白刃取り?

 うぬぅ、おぬしなかなかやりよるなぁ、とかなんとか言えば雰囲気もそれらしくなったのかもしれないけど、完全に頭に血が上っている今はそんなことまで気にしていられない。

 両手がふさがっている状態の七緒に対し、私は思い切り頭突きを繰り出した。

 これはクリティカルヒット。

 攻撃をくらった顎を押さえ、七緒はうずくまったまま叫んだ(あ、ちょっと涙目だ、ざまみろやい)。

「お前……今のは、ないだろ! 反則だろ!」

「何が反則だよ! 先に喧嘩ふっかけてきたのそっちでしょ! 何イラついてんだか知らないけど、私にやつ当たりするな!」

「別にイラついてなんか……」

「ないって? 急に不機嫌になったり目も合わさず会話したり、これがいつも通りの自分の性格だって? へぇぇぇ、そりゃたいそう自由奔放に人生歩んでこられたもんですな!」

「……」

「ちょっと話しかけただけでいちいちやつ当たりされたほうはたまったもんじゃないわ! あんまりひどいと、七緒……」

 何か最後にバシッとダメージを与えられるような言葉を──。

 そう思い、とっさに私の口から出たのは、

「……明美さんに言いつけてやるからな!」

 七緒の顔が少し引きつったのを見届けて、私は自分の席へと戻った。

 最高にかっこ悪い捨て台詞だけど、効き目は抜群だったようだから良しとしよう。

 怒りはだいぶおさまってきた。だけど、それ以上に不可解でしょうがない。

 本当に、彼は何を急にあんなにイライラしていたんだろう。

 普段の七緒は多分私以上に常識人だし、なんだかんだ結構優しいし、あんなふうに急に不機嫌になって喧嘩を仕掛けてくることなんてほぼない。

 明らかに変だ。

 やっぱり燃え尽き症候群?

 はたまた受験ノイローゼ?

 もしそうだとしたら、ちょっとキツく言いすぎちゃったかな──。

 っていうか、好きな人に女らしくないって言われて怒って頭突きって、色々本末転倒な気が……。

 あぁ……。


 どことなく負のオーラが漂う七緒の後姿を見つめ、私は早くも反省会を開始していた。
















「……どうして俺は、こんな気持ちなんだろう。なんであのとき、あんなにイライラしたんだろう。心都が他の男と写真に写って笑ってて、モテ期なんて言われてヘラヘラしてるのを見たら、なんだかすごく嫌な気持ちになって……。おかしいよな、俺。どうかしてるぜ。これじゃまるで俺が嫉妬してるみたいじゃないか。心都を誰にもとられたくないって思ってるみたいじゃないか……。そんな……まさか。幼馴染みで、小さいころからずっと一緒で、兄弟みたいだと思ってたあいつなのに……。なんてこった、気付いちまったぜ! 自分でも知らないうちに俺は、いつのまにかこんなにもあいつのことを──」

「さっきから何言ってんの?」

 私が尋ねると、美里はにっこり笑った。

「七緒くんの心理描写」

「……悪いけどそれ外れてると思うよ」

「そーぉ?」

 色鮮やかなブロッコリーをミニフォークに刺したまま、美里が小首を傾げる。美里のお弁当はいつもカラフルでサイズも小さくて可愛い。

 そして美里自身もとても可愛いけど、だからといって彼女の見解に同意はできない。

「だって……今まで一度もそんなことなかったし、そういう関係じゃないし……そもそも七緒はそういうキャラじゃないし」

「何が起こるかわからないのが恋とゆーものでしょっ」

「えー……?」

 キラキラと瞳を輝かす美里には申し訳ないけど、私はどうしてもそうは思えないのだ。

 七緒が嫉妬? 私に嫉妬?

 あまりにも結び付かなさすぎて、そう考えようとしても脳がキャパオーバーで停止してしまう。

 そんな私を見つめ、美里が少し眉を下げた。

「ねぇ、こういうのに関して心都はちょっと決めつけすぎよ。確かにこれまでの色気なさすぎな関係からいうと、そうそう胸キュンな解釈に持ってけない心都の気持ちもわかるわ。でも今まで何のために努力してきたかって言ったら、こういう前進が欲しくてなんでしょ?だったら、このジェラシー&恋の芽生え説も頭っから否定しないで、むしろちょっとくらい期待するべきよ。じゃないと心都、結局何を目指してるのかわからないじゃない」

 むむ。

 的確な美里のアドバイスに、思わず唸る。

 確かに、私は都合の良い妄想は好きだけど、いざというときにはとても臆病になってしまう。

 今までに何度も、甘い期待をしてそのたびあっさり拍子抜けさせられるという苦行を味わっているから、ついネガティブな姿勢になるのだ。

 だけどこのままモヤモヤし続けるのかというと、それもまた嫌だ。

「……じゃあ、聞いてみようかな。あんた嫉妬してんの? って」

「それはやめなさい。また暴力沙汰の喧嘩になるのが目に浮かぶわ」

 美里がガッチリ私の肩を掴んだ。

 じゃあどうすればいいのか。


 ため息ひとつ、私は、一旦この件を保留にした。

 確かにこのまま七緒の様子が変なのは気持ち悪いけど。


 今はとにかく、華ちゃんと禄朗の問題が優先だ。

 









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