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13<スターマインと、彼の告白>


 私は意を決して、目の前の幼馴染みに呼びかけた。

「…………な、七緒」

 しまった、声が震えた。しかもどもった。

 この並々ならぬ緊張が伝わってしまっただろうかと心配になったけど、幸いなことに七緒は特に訝しがる様子もなかった。

「何?」

「じ、実は、言いたいことがあって……」

「言いたいこと?」

 七緒が不思議そうに私を見る。

 どうしよう。腹を決めたものの、いざ自分の気持ちを伝えようとすると、やっぱり情けないくらい怖い。


 胸の鼓動がうるさい。

 まばたきすら上手にできない。

 まつ毛の先が震える。

 呼吸が苦しい。

 私が気持ちを伝えることで、この5年に及ぶ片思いが、良くも悪くも終わる──。



 七緒がますます不思議そうに私の瞳を覗く。

「具合悪いのか? 鼻息荒いし目ェ血走ってるし……やっぱり調子に乗って買い食いし過ぎたんじゃ」

「ち、違う!」

 なんて失礼な奴だ。

 私は渾身の右ストレートを繰り出し、七緒の肩に叩きつけようとした。

 だけどすんでのところで止めた。

 いま私がしたいことは、好きな人の肩を砕くことじゃない。

「違う」

 殴る代わりに拳をほどいて、彼のシャツの裾を掴んだ。

 少女漫画のヒロインみたいにそっと摘めれば良かったのだけど、何しろ元はバイオレンス用の拳。変に力がこもってしまい、手のひら全体でがっしりと掴んだ裾はしわが寄ること間違いなしだった。

「……心都?」



 あぁ、怖いな。


 気持ちを伝えて、七緒に謝られてしまうのは怖い。

 関係が変わってしまうのは怖い。

 だけどそれ以上に、もうとっくに「好き」の気持ちは大きくなりすぎてしまった。

 もっと近い位置で、長い間、彼の傍にいたいと思ってしまったのだ。


「……七緒」

「ん?」

 七緒が私をまっすぐ見つめる。

 私は彼の目が好きだ。

 あと、ちょっと口は悪いけど実は優しいところとか、ひたむきで芯が強いところとか、純粋な笑顔とかも好きだ。

 っていうか全部好きだ。

 早い話がもう重症末期患者。好き好き大好き超愛してる。





「──す、」



 1文字目を発したその瞬間。


 ドォン、という音がお腹に響いたかと思うと、一瞬にして辺りが明るくなった。

 夜空に大輪の花が咲く。

「おぉ、すっげー!」

 隣の七緒が空を見て、感嘆の声をあげる。

 祭の終盤に打ち上げられる色とりどりの花火。夏祭りの名物ということで、わざわざこれだけを見に来る人も毎年多い。

「やっぱり夏は花火だよなー」

「そ、そおダネ」

 私はぎくしゃくと頷いた。

 発せなかった2文字目の「き」を、口の中で持て余す。

 不運すぎるタイミングに完全に気持ちをくじかれてしまった。もしもこの場に美里がいたら、「そんなことでいちいちヘコんで止まってたら何年かかっても告白なんてできないわよ!」と確実に怒られているだろう。

 だけど、このどうしようもない私のうじうじした気持ちを、どうかわかってほしい。こういうのって非常にデリケートな問題なのだ。勢いつけて「いざ!」と臨んだ一歩がすべってしまうと、再挑戦には前回の倍以上の決心がいる。

 うぅ。この運の悪さって、やっぱり日頃の行いのせいなのかな。もっと普段から素直で可愛げのある女の子だったら神様も味方して、告白が成功した瞬間に華麗な花火を打ち上げて最高のムードにしてくれるのだろうか。

 泣きたい気持ちをこらえる。

「ほんと綺麗だなー。俺、打ち上げ花火見るのも久しぶりかも」

「……うん」

 空を見上げるふりをして、隣をそっと盗み見る。

 花火の光に照らされる七緒の横顔は、とても──私に言わせれば夜空の花火の何倍も──とてもとても綺麗だった。

 正直言って花火よりそっちを凝視していたいくらいだわ、なんて。こんなこと考えているのが知られたら七緒にドン引きされちゃうかな。

 そう思いつつもやっぱり夜空だけには集中できなくて、チラチラと隣をうかがってしまう。

 と、ふいに目が合った七緒が口を開く。

「俺も」

 腰が抜けた。全身が震える。

「七緒……エスパーだったの?」

「は?」

「俺もってことは、そ、それは、そういう意味ってことで、ううう受け取っちゃうけどいいんですかねっ!?」

 ──『花火より七緒の顔を見ていたい』、『俺も』……。

 これはまさかの両思い到来、カップル成立、おめでとう私、ありがとう私、今日が2人の愛の記念日、何年経っても結婚しても熟年夫婦になってもこの日は2人でワイングラスで乾杯したい、そういう夫婦に私はなりたい、あぁ今日って何日だっけ、7月28日だ、ということはゴロ合わせ的にはナツヤ、ナツハ、ナツパ……、

「……菜っぱの日!? なんか足りないッ! ロマンチックさが足りない!」

「何言ってんのマジで」

 七緒が冷ややかな表情になる。

 私は慌てて我に返った。

 少し妄想が過ぎたようだった。

「ゴメン。なんでもない」

「……」

「何が『俺も』なの?」

 しばらく対不審者用の視線を私に投げかけていた七緒だったけど、咳払いをひとつすると、ようやく真面目な顔になってこちらに向き直った。

「実は俺も、今日話したいことがあったんだ」

「あぁ、こないだ何か言いかけてたもんね。何?」

「その前に心都も何かあるんだろ」

「いや、先に言ってよ」

 ずっと気がかりだった(といっても9割方忘れていたけど)、七緒の「話したいこと」だ。早く知りたい。それに一度折れたこの気持ちを立て直すには、また数十分の時間が必要な可能性大だし。


 先程から次々と打ち上げられている花火も、そろそろクライマックスだ。

 スターマインというらしい細かな連続花火が上がる夜空。そこから私に目を移し、七緒は口を開いた。

「まぁ、進路の話なんだけど」

 心臓が少し跳ねる。

 ここ数ヶ月、七緒に具体的な志望校名を聞く機会を逃していた。自分の進路がハッキリしていないというのも大きかったし、自然とそういう話の流れになって彼が言い出すまでは特に聞き出さなくてもいい、という気持ちもあった。

 七緒が口を開く。

「俺、開条高校を目指そうと思って」

 はっきりとした迷いのない声だった。

 彼が口にしたそこは、大学付属ということもあり割と有名な私立高校だ。私も名前は知っている。

「やっぱり高校でも柔道を続けていきたいと思ってるんだ。で、中学に入った頃からちょっと目標っていうか憧れっていうか、いつか絶対指導してもらいたいって思ってる人がいて、その人が開条の顧問でさ」

 七緒の瞳は輝いていた。

「雑誌なんかにもたまに載ってる人なんだけど、そんなに大柄じゃなくても戦える柔道っていうのを提唱してて、その人自身も割と小柄なほうでさ。あと、それ以外でも開条の柔道部って実績とかモットーとか練習法とか戦い方とかすごい魅力的で……まぁ今話すと絶対長くなるからやめとくけど。ずっと憧れてた気持ちが俺にはあって」

 そういえば以前、七緒と山上の柔道雑誌の貸し借りの現場に遭遇したことがあったなぁ、と私は若干場違いなことを思い出した。

「だから俺、開条高校に入って柔道をやりたいって思ってるんだ」

「そうなんだ……」

「……なんか、真剣にこんな宣言みたいなことするとちょっと恥ずかしいな。これ、心都に最初に話したよ」

 七緒が少し照れくさそうに言う。

 そんなことない、恥ずかしいことなんて何もない。目標があるってすごい。やりたいものがそこにはあって、それを目指して進む決意が固まっているなんて私からしたら本当に尊敬できることだ。

 だけど私の心はざわざわと粟立って、「応援するよ!」の言葉が引っかかって出てこなくなってしまっていた。

 なぜなら、その高校は、隣の隣の、そのまた隣の県にある。

「……でもそれって……家からは通えないよね?」

 想像よりずっと冷静な声が出た。

「うん。学校の寮暮らし。……まぁ合格したらの話だけどな」

 そう言って七緒がまた空を見上げた。

 おそらく最後の一発であろう、今までのどれよりもとびきり大きな花火が上がり、ゆっくりと散っていく。

 泣きそうとか、悲しいとかいうのとはちょっと違う。

「なんで私に一番に話してくれたの?」

 胸の奥が冷たい。まるで氷の固まりがつかえたようで、痛いくらいだ。

「なんでだろうな。……なんとなく、心都に最初に聞いてほしいと思ったんだよ」

 少し困ったような笑顔で七緒が言う。



 私たちは15年間幼馴染みで、あまりにも長い時間を一緒に過ごした。

 この関係に今後何かしらの変化が訪れるかもしれないことは想定していたし、それを怖いと思うのと同時に、心のどこかで望んでもいた。

 良い変化を求めて告白したいと思ったことだって紛れもない事実。

 だけど、すぐ近く、いつでも会える心地良い距離に彼がいることだけは、まだしばらく変わらないと思っていたのに。










 ──この幼馴染みは、一体いつからこんな大人の顔で笑うようになったんだろう?











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